小説 | ナノ



「名前ちゃん今日もよろしくね」

おばさんは双子の赤ちゃんを私の腕におさめて出ていった。



衝撃的な出来事から一ヶ月経った。一ヶ月という時間の中で私は自分の身に起こったことをゆっくりと整理し、そして理解しようとした。
まず、私は「別の世界」にきてしまったということ。
つぎに、いや、ない。終わり。
「別の世界」に来てしまったこと。それが全てである。
別の世界に来てしまった私が一ヶ月こうしてゆるやかに生活できたのは、この世界の人々が、いや、話を聞くとどうやらこの国、シンドリア王国の国王の人柄もあってのことである。このシンドリア王国は夢の都とも呼ばれているらしく、とても賑やかな活気にあふれている。事件があれば国王、シンドバット王やその部下の八人将と呼ばれる人が速やかに解決してくれるので大事には至らない。ただ、私は国王や八人将をこの目で拝んだことがなかった。

「名前ちゃん、今日は白雪姫がききたい!」

現在、早朝。市場の準備が始まる時間である。私はこの辺一帯の市場の子供を預かっている、保母さんのようなものを仕事にしていた。
始めは私のことを指さし「ヘン」だと言った男の子だった。その子が私の部屋に無理やり上がり込み、居座り始めたのだ。その子がどんどん友達を呼びお菓子をもちこみ始めて、今に至る。最初は不審がっていた子供たちの親も(そりゃそうだろう。この国の人からしたら奇天烈な格好をしている女が急に現れて子供と遊んでばかりいるんだから)今ではお金をもらいながら朝から晩まで、たまに何日か預かったりしている。
子供たちは専ら私の世界の童話を好むので、私は夜に紙芝居を作って読み聞かせたりする。私の乏しい画力とつたない話術で展開される物語に目を光らせる子供たちは可愛い。



もとの世界に未練がないかといえば、未練はない。というのも、日に日に元の世界の記憶が薄れていくのだ。そして上書きされるようにこの世界への愛着が深まる。そこに未練はないのだが、ただ寂しくは感じる。と、同時に恐怖もあった。私はもう両親の顔と名前も思い出せない。前の世界のものと言えば、私の部屋にあるものくらいだった。なので、私はこの世界を愛して生きていこうと、決めたのだった。

「名前ちゃん」

私の名前を呼んでくれる、この子たちと共に、生きていこうと、決めたのだった。


(気持ちを固める日)


20130403