小説 | ナノ



「久しぶりだね、虎丸くん」

そう言えば、虎丸くんは曖昧に笑う。

ホーリーロード。ふゆっぺが運転する車に拾われて、円堂くんの教え子である神童くんと私と3人で決勝戦の会場に駆け付けた。足を負傷している神童くんを支えながら、観客席の一番前で見たものは、彼。虎丸くんだった。
雷門中の勝利で決勝戦は幕をおろし、私は胸をなでおろした。フィフスセクターの時代にピリオドが打たれたのだ。

「虎丸くんがまさかフィクスセクターだったなんてねぇ・・・」
「賢い貴方のことだ。本当は知っていたんでしょう?」
「・・・ッ、あのねぇ、」

・・・やめた。

決勝戦後、私は聖帝もとい豪炎寺くんのもとを訪れた。目的は豪炎寺くんの隣の虎丸くんだった。
虎丸くん。
私の、彼氏。と、言ってもフィフスセクターが発足される少し前から彼との連絡は途絶えてしまった。虎丸くんとの付き合いはイナズマジャパン時代からだったが、こんなに連絡が取れないのはこれが初めてだった。人のことを翻弄するのが好きだったちょっと小生意気な虎丸くんのことだから、これもちょっとした意地悪で、もしかしたらその先に何かサプライズでもあるのかもしれないと期待した。そんな私はまったくもってバカヤロウであった、と、気付いたのは連絡を貰わずして1年が経過した時だった。なんてめでたいやつだろう。
自身がバカヤロウだと気付いたのと同時に、ブラウン管の中に面白メッシュに赤スーツの豪炎寺くんを見て「あァ、こいつはきっと私の可愛い可愛い虎丸くんを取ったんだろうな」と理解した。瞬間的に理解した。こういうところの早さで、私はこれでも女なんだなと噛み締める。
そしてこうしていざ豪炎寺くんを前にすると「おつかれさま」という言葉がするっと私の喉からこぼれたのでビックリしている。取られた、という当初のメラメラと燃えてひりつくような嫉妬心は微塵もなく、本当に、心の底から「おつかれさま」と思った。
その対象で、いざ虎丸くんを目の前にすると、なんで連絡をくれなかったのだとかケータイまで変えてとかそんなにかっこよくスーツを着こなして世の女にいい顔してどうするのとか、とにかく不満と嫉妬心とが渦巻いて、ようやくこらえて出てくる言葉も皮肉めいた、それはそれは可愛いものではなかった。「あのねえ」私がその後の言葉を紡がなかったので沈黙が訪れ、それを打ち破ったのは虎丸くんだった。

「・・・すみません」

虎丸くんは謝罪をし、私の頭を撫でる。いつのまにか私の背を超え、男の身体になった虎丸くん。私に触れる手にはなんとなくえっちに見える皮のグローブがはめられていた。それがなんだか気に食わなくて乱暴に振り払うと奥の豪炎寺くんはおかしそうに笑った。

「なによぅ」
「いや、すまない。虎丸は夕香をなだめるときもよくそうするんだ」

ねえ、豪炎寺くん。それは今こうして言わなくてもいいんじゃなぁい?夕香ちゃんね。見ました。見ましたよ。かわいいなあ女子高生。へえ、虎丸くんも、そっか、そうだよね、夕香ちゃん可愛いし若いしそれに引き換え私は虎丸くんよりおばさんで活力のなさそうなくたびれたOLで夕香ちゃんみたいに小さくて細くもないし、か、わいい、夕香ちゃんの方が、だって、なんで、私はずっと、待ってたのに。

「虎丸、大丈夫だ。どうやら苗字も、嫉妬するくらいにはまだお前のことが好きらしい」

豪炎寺くんは自体をひっかきまわすだけまわして、さっき、虎丸くんがしてくれたように私の頭を撫で、それからカツンカツンとヒールを鳴らして消えていった。廊下に残された私と虎丸くんの間には再び沈黙が訪れる。豪炎寺くんの足音が完全に消え去ってから2拍。虎丸くんの腕がこちらに伸びてきて、それから私をつかまえる。ぎゅうと抱きしめられると、虎丸くんと離れていた時間が突きつけられるように降り注ぐ。虎丸くん、ふふ、大きくなったなあ。

「名前さん、小さくなりましたか」
「・・・胸が?」
「・・・いや、そっちは、おおきく、なりましたか」
「・・・確かめてみますか」
「それは是非、あ、いや、そじゃなくて、」

虎丸くんは私を抱きしめたまま、ごほんと咳払いをして本当は顔を見ていいたいんですけど離したくないんですとかかっこいいんだかかわいいんだかわからないことを言った。

「このままで、すみません。色々あったんです。名前さんを巻きこみたくなかった。すみませんでした」

腕をまわした身体は、私を包んでしまうほど大きかった背中が、きゅうにしゅんと小さくなった気がした。すみません。ごめん。ごめんなさい、と謝罪の言葉が降り注ぐ。

「それでも、俺を許してくれるなら、もう一回やり直させてください」

虎丸くんの真摯な言葉にぐらりと揺れる。そんなの私の答えなんか決まっているのにだって考えてもみてよ嫌いだったら本当に嫌いだったらこんなところまでわざわざ来ないでしょうずるいずるいずるいこの男は本当にずるい私の心を知ってこうやって、こうやって。

「名前さん、すき」

ばか。わたしもだよ。
背中にまわした腕を、私はいっそう強くした。もう、置いて行かれないように、しっかりとこの男について行こうと、決意した。



20130412