小説 | ナノ


(※パロディ/高校生くらい)


黒か白か、バッグの色で悩んでいる苗字の横顔を見る。その後ろでカップルとおぼしき男女が、苗字が選んでいるバッグと同じブランドものの財布を眺めている。

「決めた。黒にする」

黒の方が高級そうでしょ、と笑う苗字は赤いルージュが似合いそうな、高級そうな女の笑みを見せた。レジに行く彼女を見送って、暫くひとりで店内を見歩くと、先ほどのカップルが未だ財布を見ながらあれこれ言っていた。女の腕は男の腕にきつく絡められていて一目でカップルなのだと分かる格好だった。

「これ、このピンクの財布可愛くなぁい?」

女は男の顔を見ながら卑しい笑みとあまったるく高い声で強請る。買って欲しいと言わないあたり、また卑しい。女は畳み掛けるように「そんなに高くないし」と言って「あ、でもあたし今日持ち合わせないやぁ」とため息をついた。男はそれくらい買ってやると言ってレジに足を進めた。馬鹿な男だ。いや、確かに好きな女に可愛く強請られれば、それくらいと思うのが男というものではあるが、苗字はそういう関係を酷く嫌がるし、学生の身分である俺にとってもそれは都合がよかった。その分、お金がかからないことならばなんでもしてやろうとは思うのだが、いかんせん部活部活でそれもうまくいかない。彼女に頭が上がらいのが現状だ。

「豪炎寺、どう、これ」

苗字は、袋に入れてもらわかなかったのか、新品の黒のバッグを肩に引っ掛けて戻ってきた。

「制服には、どうも似合わないな」

口に出してからしまったと思った。ここは可愛いというのが正解だっただろう。

「まあ、ね。でも早く使いたいじゃない。」

そこを咎めないのも、また彼女の良さだ。
最初こそ部活優先の俺に苛立ちをぶつけていたが、俺の部活の時間に合わせてファストフード店でアルバイトを始めた苗字と、今はこうしてうまくやっている。アルバイト代で買う自分へのご褒美は街で見かけるOLがこぞって身につけている、女子高生にはすこし値の張るブランドものの財布やバッグだった。たまのオフはこうして彼女に付き合って、ブランドショップデートが定番になっていた。

「さっきのカップル見てたでしょ」

店を出て人混みが激しい大通りで苗字は口を開く。

「あの財布、べつに安いものじゃなかったのに」
「欲しかったのか?」
「・・・豪炎寺ってたまに的外れなこと言うよね」

苗字が何を言いたいのか掴みあぐねていると下から「あの女がずるいって話!」と声が飛んできた。

「甘えたいなら甘えればいいだろう。あとは男がそれを叶えるかどうするか決めるんだから」
「・・・豪炎寺って」

苗字はため息をついて、途中で言葉を濁した。ここ最近の彼女の口癖は「豪炎寺って」だとすら思う。

「じゃあ甘えるけど」
「任せろ」
「手、繋いでいいですか」

なんで敬語。いや、いいけど、苗字お前、顔まっ赤だぞ。それどころか差し出してきた手もまっ赤で、ブランドショップに制服でどうどうと乗りこむ俺の彼女は手を繋ぐほどのことでこんなに緊張させているんだと思うと、それは嬉しい。

「な、なに笑ってんの」
「いや。ほら、手」
「ああああああと!」
「どうした。追加注文か」

「・・・名前で呼んで」

可愛い彼女が望むものはすべてかなえてやりたいのが男というものである。



20120927