小説 | ナノ


久々に中学の同級に会った。
雷門中学からは私くらいしか進学しなかった進学女子校を卒業し、エスカレーター式で大学に入学、それから卒業した。同窓会は逆皆勤賞。成人式にも顔を出さなかった私の近状がひどく気になると言われたので、駅前のカフェでお茶でもしようとまとまった。

「で、どうなの?」

ごぽり、
氷がグラスの中で窮屈そうにひしめいていたのでストローでかき混ぜてやる。

「なにが?」
「風丸とは」

友人が口に出した名前に凍っていたような私の心は、急に解凍されたように熱を持ち、とけだした。
風丸一朗太。
彼のかんばせはとても美しく、それでいてきりりと引き締まっていて、その僅かから感じる男の部分にとても惹かれた。長く伸ばした髪の毛を高く結わえ、前髪はうっとおしそうにも横にながしていた。そのせいで、片目は綺麗な深い青色の髪の毛に隠れてしまうことが多かったが、それが逆に物憂げな美少年を演出させているのだ。高くもなく低すぎもしない、よく通る優しい声が心地よかった。
入学して初めての隣の席が彼だ。私は風丸を見た瞬間、自分はなんて幸福な奴なんだろうと思った。

(こんな美少年が隣の席だなんて!ああ!)

「隣、よろしくな」と差し出された手とにっこりと弧を描く口元は私に向けられていた。こちらこそよろしくおねがいします。それから私は3年間、風丸という男とよろしくしてやったのだ。

「結局のところ風丸とあんたってどういう関係だったのよ」
「さァ。普通の友達だったんじゃあ、ないかしらん?」
「私の思うところによると普通の友達はあんなにスキンシップが激しくなかったと思うのよ。ましてや男女間でね」

目の前の女はぐっさりとケーキを刺した。
そうだ。そうだった。
私は風丸とただの友達では、なかった。
授業中、すっと射しこむ日差しが風丸の髪の毛を演出する。それがとても綺麗だと思って手を伸ばしたのが、私の記憶中にある、そういう関係になったであろう最初だ。
シャープペンシルを持つ手が、ごつごつしていて綺麗だと思って手を伸ばした。お弁当を食むその唇が綺麗だと思って手を伸ばした。体育のあと、ハーフパンツからのびる健康的な脚が綺麗だと思って手を伸ばした。冬、寒いなあと思って手を伸ばした。そのたびに言った文句は「風丸ってば綺麗なんだもん」だったか。叱責されることはあっても、最終的にはなぜか風丸が眉を下げて笑っていたので許された気分になってぐずぐずにほだされていた。きっと、お互い。
特別な友達だったと思う。だからといって手を絡めたわけでもないし唇とを合わせたわけではないしセックスをしたわけではない。あくまでもそれらの行為は私の友達内で行っていいことの範疇をこえたことはなかった。

「友達でなかったのならば私たちはいったい何だったというの」
「それを私が聞いてるの。あ、電話」

テーブルに放られていた携帯電話がピンクに光る。
ごめん、ちょっと出てくると片手をあげて席を立った友達を責める権利は私にはない。

「風丸ってば、綺麗なんだもん」

思えばあれは一種の呪いだった。あの男に私の中学時代は呪われていた。
苦しいと思えば風丸のところに走ったし楽しいことがあれば風丸の所に走った。すべてを共有したかったのかもしれない。それを恐れて女子校に入学したのだ。
もう一回グラスをかき混ぜてからストローに口を付ける。と、同時に私のケータイも振動してみせたが仕事の携帯電話だったので無視することにした。
大学を卒業してみたもののオフィスレディというものはどうやら肌に合わなかったようで1年で辞めてしまった。今はというと週に3回ほど所謂キャバクラに出勤していた。知らない人と話すことは苦ではないしお酒は好きだし、ただ、こうして客とメールだったり同伴だったり、そういうのは少しめんどくさい。
ピンクに光ったケータイを嬉々として掴んだ友人を見て自分と比べると全く何をしてるんだかとほとほとあきれる。
ふ、と息をつくと、懐かしいにおいがすれ違った。じゅん、と胸が熱くなる。
においを辿って振り向けば、深く鮮やかな、房々とした青の髪の毛が揺れている。

ブブブ、

携帯の振動にはッと我に帰る。携帯を掴んでから、今見たものは幻だったのではないか。そう思った。あんな話をしたから。思い出してしまったから。
メールは先ほどまで目の前に居た友人からで「お邪魔みたいだから帰るね」ということだった。なにがだ。どういうことだ。

「名前」

まだ、その声で、私の名前を、呼ぶんだね。

「風丸」

私の名前を呼んだのは幻でも何でもない、まぎれもなく、風丸一朗太。その人だった。



20120818