小説 | ナノ


昼休み。進路指導室から戻れば、騒がしいはずの教室はがらんとしていた。太陽はさんさんと輝いているが、ちょうど真上に存在している時間なので教室は暗い。電気が付いていない。そういえば、廊下もやけに静かな気がして、見渡せば、誰もいなかった。まるで自分ひとりこの世界に取り残されたみたいだ。疎開?いや、ないだろう。エヴァみたいだなあと漠然と思った。

ガタリ、

椅子を引き摺る音が聞こえて、思わず震えあがった。
教室の中を、よぅく見てみると白い女生徒がひとり、机にふせっていた。昼寝?もぞもぞと身じろぎ、それから、頭がクリアになってきたようで、ぬぼうと上半身を起こす。ぎょろり。彼女の眼球が、意識が俺を捕える。

「すがわらくん」

見た目からのイメージとは違い、あまい声が、俺の名前を呼ぶ。

「すがわらくんは、体育、でないの?」
「ああ、次、移動だっけ」
「みんなとっくに行っちゃったよ」

みんなとっくに行っちゃったのに、なんでお前は残っているんだよ苗字。彼女は、俺がそう思ったのを感じ取ったように「午後の体育ってダルくて、どうも」と言った。

「すがわらくんは?」
「俺は今まで進路室」
「うわあ、ふへへ、おつかれさま」

苗字はまだ夢心地なのか、へにゃりへにゃりと笑いながらふにゃふにゃと喋る。

「すがわらくんはいい大学に行っていい会社に入っていい女の人と結婚していい家庭を築きそうだよね」
「はは、いきなりどうしたの」
「進路。悩まなくてもどうにかなるでしょって」
「苗字は青春中?」
「ちがうよ」

ただ、ひとりでぐずぐずに腐っていくのと、ふたりでぐずぐずに腐っていくのはどっちが幸せな未来なんだろうなあって。
彼女の目は、電気の点いていない教室のせいか死んだように淀んでいた。
そりゃあ、結局ぐずぐずに腐っていくのなら、ふたりの方がましなのかもしれない。

「本当に?そう思う?他人を腐らせた自分を責める日はこない?」
「それは、来るけど、ああ、じゃあふたりで、腐らないでぐずぐずになればいいんじゃないかなあ」

ぐずぐずになればいい。綺麗に、ぐずぐずに。ゾンビではなく、ジャムみたいに、ぐずぐずに。そう、思いを込めて、苗字の唇を貪る。ふにゅ、とやわっこいくちびると自分のをくっつけて、体温を分かち合って、ぬるりと唾液でびちゃびちゃに湿った舌先で彼女の唇を割り歯列をなぞり、隙を見て彼女の熱い舌を吸い上げて。そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。始業のベルが鳴り、彼女は俺のことを引きはがす。
彼女は言った。


求めているわけじゃなくて


俺は頬を赤くして答える。

「知ってるよ」



20120721
たいとるおかりしました