小説 | ナノ


※学パロ/高校生くらい


「黒木くんに叱られたい」

私の発言に団蔵は眉をしかめた。
私は日直の仕事をするべく、放課後だというのに喜三太やしんべヱとのカラオケを断って教室に残っている。もうひとりの日直は団蔵だ。最悪だ。こいつはデカいばかりで黒板の高いところを拭く程度のことしかできない。字が専ら下手だ。壊滅的に下手だ。日直の仕事なんて日誌を書くのが主な仕事だと思っている私としてはこいつは日直のペアとしては相当のハズレだ。勿論のことであるが日誌は私が全て書かせていただく。書き直しなんてまっぴらごめんなさいだ。現に書き直しの刑が実刑されたのは火曜日のことである。その時まで私は団蔵のことを加藤くんと呼んでいた。加藤くんなんて団蔵で充分だと思ったのはその火曜日の朝だった。土井先生に「昨日の日直ちょっと来い」と朝のHRで呼ばれ「なんだこの字は」と叱責され「今日も日直よろしくな」と言われた。土井先生のおたんこなす!「日誌は私が書くから」と言った火曜日。「おう!」なんて溌剌とした頼もしい返事が返ってきて「じゃあ俺が土井先生に提出しとくから苗字は先帰れよ。俺、金吾とモンハンしてから帰るから」と言われたので、お言葉に甘えて帰宅した。それが間違いだったと気付いたのが今日の朝である。今日の朝もHRのあと土井先生に呼び出され「日誌が届いてないんだが」と叱責され「今日はちゃんとやれよ」と言われた。先生、ちがうの違うんです私じゃないの、とは思っても言えないし、私に非があった。もうそう思うしかない。なんで団蔵が日誌を提出し忘れるという選択肢をつくらなかったんだろうああもう自分の馬鹿。と思って今日をやり過ごせばいいのだ。ただ、一度この男に文句を言うくらいは、神様も許してくれるだろう。そんなことを思っていた矢先に団蔵への注意が投げつけられた。

「おいこら団蔵!あんまり苗字さんを困らすなよ」

声の主は学級委員長の黒木くんだった。
黒木くんはこんな(団蔵みたいなのがごったがえしている)ちゃらんぽらんなクラスで異彩を放つしっかりさんである。勉強はできる。とてもできるので学期末試験の順位が張り出されたときは常にトップにその名前があり、それを見た我がクラスのとくに勉強ができないヒエラルキー最下層のアホたちがまるで自分のことのように自慢して、嬉しそうに話す。ちなみにそのヒエラルキー最下層のアホに団蔵が入る。勉強だけじゃない。運動もできる。走れるし飛べるし泳げるし、まあ立派なもんだ。兄弟も多いみたいで長男だから弟たちの面倒もよく見る。だからこんなあほみたいなクラスをまとめることもできるのだろう。長々と説明してしまったが、要は黒木くんは非の打ちどころのない、とてもすばらしい男なのである。
冒頭に戻る。
私は団蔵とふたりで綺麗な夕暮れの見える教室に取り残されていた。私が日誌を書いている間に団蔵は飽きてしまったようで机に突っ伏して寝ていた。涎が垂れている。あとは団蔵の「日直の感想」を書けば終わりなのだ。勿論私が書くが、これは本人になんて書いたらいいのか聞くべきだろう。すぐに帰れるように黒板は消した。よし。窓は締めた。よし。めだかに餌はやった。よし。ゴミはおちてない。よし。電器は、かえるときに。

「団蔵、起きて。団蔵」

ううん、むにゃむにゃ。そう言ったきり団蔵は起きない。漫画か。シバき倒すぞてめえ。その無防備な顔面に私の右手が唸るぞ。拳を作ったところで、はっと我に返る。いかんいかん。そんな、日直を3日連続でやらされたくらいでそんなカリカリしちゃだめよ名前。はあ、悪いことばかり考えちゃうなあ。もういっそ、

「黒木くんに叱られたい」

そう零せば、いままで眠っていた団蔵ががばりと上半身を起こして「なにいってんの」と言った。眉間にしわが寄っている。

「寝ている団蔵を見て、悪いことを考えてしまった。いっそ叱られたい」
「やっだー名前ってばエッチ!」
「あー違う違う。3日も連続で日直なんかさせられたのはこいつのせいなんだなあと思いながら今日も日直の仕事をサボりつつ寝ているテメーの顔をみていたら思わず殴りたくなるような衝動にかられていやでもそこまでしたら可哀想だろうただでさえかわいそうな脳みそなのにやめておきなさい名前っていうことを考えてしまったから叱られたくなってしまったのね。私はなんて悪い子なんだろうって」
「俺、生きててよかった」
「そうね」
「いやでもなんで庄ちゃん」
「いつも怒っているイメージがある。笑ってるとこも見るけど」
「ふぅーん」
「日誌、あとここだけだから」

なんて書いて欲しい?と尋ねれば「苗字さんが庄ちゃんに叱ってほしいといっていて驚いたけど成程そういう性癖の女の子なんだと思いました」と言った。そうか、お前は私をそういうふうに解釈するんだな。

「書くわけねーだろ」
「なんでも書くって言ったじゃん!」
「言ってねーよ」
「じゃあなんならいいんだよ!」
「日誌に書けるようなことならなんでもいいよ!お前月曜の日誌になんて書いたんだよ読めねーよ!」
「……もういっそさあ」

私が怒り狂っていると団蔵はふうとひと呼吸おいて、いい顔で話し始めた。なんか、なんか気に触るな…。怒り狂っている女と冷静な男がいたら、はたから見ればそれはきっと女が特有のヒステリックを起こして「あーあ、あの男ってば可哀想に」の図にしか見えない。違います。私は悪くないんです。

「庄ちゃんに叱られてきなよ」
「な、なな、なんでそうなったの」
「名前はちょっとピリピリしすぎだからこうプッツンしてもらってきた方がいいと思う」
「意味がわからないよ国語が万年ドベの加藤くんんんん」
「ちょっとそれどういう意味」
「まんまの意味なんですけど流石に国語万年ドベの加藤くんには難しかったですかさいですか」

それから私と団蔵は軽く口喧嘩をして、語彙の少ない団蔵が「待って口喧嘩じゃ俺勝てないじゃん」とか当たり前のことをあほみたいに言ったのでなぜかドンじゃんけんぽんをすることになった。
ドンジャンケンポン。ご存じだろうか。ウィキペディアによると以下のように説明されている。
ドンジャンケンポンとは、じゃんけんから派生した遊び。大人数で行うもので、主に屋外で遊ばれる。地域による異称はデンジャンケンポンなど。ルール。参加人数は10人程度が望ましい。1.参加者を2グループに分ける。その後、全長20メートル程度のコースを作る(具体的には線を引く。線はぐにゃぐにゃと曲がったものにすると面白い)。線の先端がそれぞれのグループの陣地となる。2.グループ内で出陣する順番を決め、合図とともに互いのグループの一番手の人が陣地からスタートし、コースに沿って相手の陣地を目指す。3.コース上で相手グループの人と鉢合わせとなったら、じゃんけんをする。負けた人はコースから離脱し、順番の最後に回る。陣地からは次の順番の人がスタートする。勝った人はそのまま先に進める。4.先に相手の陣地に到達できたほうが勝ちである。屋内等でやる場合、コースに平均台を使うことがある。コース離脱の要因に「バランスを崩して平均台から落ちる」が加わるため面白みが増す。
今回の場合、机を平均台の代わりとして代用する。きゃーなつかしいー!と、もはや楽しんでいる私がいる。机を繋げ上履きを脱ぎ机の上に立つとなんだかいつもの教室とは違う。違くて、興奮する。

「団蔵、すごい!高い!団蔵も早く乗りなよ」
「名前パンツ見えてる」
「おっまえはだからそういうことばっかしてっから!」
「ピンクより黒の方が似合うと思う」
「くっそてめえのパンツも見せろおいこら」

私が机の上に立ち団蔵のもとへ向かいながら暴言を吐いている最中、ガラリとドアが開いた。無造作に並ぶ机。机の上に立つクラスメート(♀)。怯える団蔵。いつもとは違う教室の風景に少年は目をまぁるくして驚いた様子である。そうだね、そうだろうね、びっくりするよねごめんねごめんなさい黒木くん!!!

「・・・苗字さん、あの、机は乗るものじゃ、ないからね」
「ち!違うの!違くて!団蔵がっ!」
「庄ちゃん名前ってば庄ちゃんに叱られたいって言ってた」
「団蔵!」
「…へえ。それでこんなことを?」
「ち、ちが、ちがうの、ほんと、ちがくて、ちがくてぇええ」
「ちなみに名前の今日のパンツはピンクのレース!」
「団蔵てめえ本当に懲りねえなああああ」
「僕はピンクのレース、いいと思うよ」

ちがうんだよおおおおおおおおおおお……



20120718