小説 | ナノ


私は月島蛍という男が嫌いです。
彼は外見こそその乳白色のような名前の通りに生まれてきたものの、お腹の中は真っ黒で、それを気にも留めず周りの人を傷つけます。私は、彼がそんな人だと知ってからは月島くんに近づくことを極端に避けるようになりました。しかし最近どうもそうはいかなくなってしまったのです。
事の発端は、彼。私の嫌いな月島くんです。…いえ、私かもしれません。
私は山口くんが好きです。下の名前は知りません。ただ、月島くんが彼を「山口」と呼んでいたので、私は彼をかろうじて山口くんなのだと認識するに当たりました。
山口くんはとても可愛い人です。月島くんにいやなこと(私だったら憤慨して月島君の眼鏡のレンズを抜いたりするかもしれない)を言われても「ツッキー」と呼んで彼を慕っています。可愛いでしょう。ツッキーって、きっと山口くんが考えたニックネームなんですよ。私も山口くんにニックネームを付けてもらいたいのです。あわよくば月島くんみたいに彼を罵ってみたいのです。それでも後ろを付けてくる山口くんをペロペロしたいのです。
山口くんを観察していると月島くんと目があった。なんで。
もとは、月島くんを避けるために月島くんの動向を観察していました。月島くんが購買に行ったら私は先に自販機に寄ってから購買に行く、そんな感じです。すこしの接触もしようとは思わなかったのですが、そんな観察をしているうちに私はみるみると山口くんの虜になっていったのです。大きな乳白色の男の周りをうろうろちょろちょろと付け回す従順な犬みたいなそばかすが可愛く散っている、山口くん。かわいい。いじめたい。
月島くんを見るということは山口くんを見ることに通じており、それはまた逆もしかり。私はそれを意識したとたんにどちらを観察しているのか、近寄ればいいのか遠ざかればいいのかわからなくなってしまいます。

「そうだ。苗字もファミレス、一緒に行く?」

悪魔のような囁きは心地よいテノール。月島蛍のものでした。も。ということは山口くんも、ということでしょう。この男はわかっている。私が月島くんが嫌いで山口くんが好きだということを。わかっている。嫌な男。それでこそ、この男は月島蛍なのである。ほぅら、意地の悪い笑顔を、浮かべている。
なにはともあれ、私のライバルは月島蛍という男です。

20120714