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(※夢小説/名前変換なし/flat)


彼との接点はまるでなかったが、平介たちが後輩だとか1年だとか呼んでいたので私からしても彼は後輩くんなのだ。だから呼ぶことはないだろうが後輩くんと呼ぶ。後輩くんは我らが2年教室の前でよく嘆いていたり泣いていたり怒鳴っていたりする。もっぱらその相手は平介で、鈴木と佐藤はいたりいなかったりだがいたところで介入したりするわけでもなく、平介があの調子なので後輩くんはひとりで戦っている。

「わからなくもないのよ」

はあ、と平介は私の言葉にぼんやりと相槌を打ちながら私の雑誌をぺらりとめくった。駅地下の新作スイーツを眺める目はいつものとおり死んでいる。てんで私に興味なんかなさそうに。

「平介がそんなんだから私も平介に嫌気がさす時があるけど、」

嫌気という単語にびくりと肩を震わせ、ようよう雑誌から視線を外す。それ、私の雑誌なわけよ、平介くん。ひょいと取り上げ鞄に仕舞う。嫌気。私の言葉を反復するように平介はもごもごと口を動かした。

「たまにね。たまに。あの後輩くんは常になんだろうねえ。平介のいい加減さとか真摯に向き合ってくれないところに、もやもやする。わかるよ」

「あんたはさあ、俺に向き合って欲しいわけ、なのですか、」

「気持ち悪いこと言ってんじゃねえ」

がつんと平介の頭をぶん殴ったところで、じじ先生のところにでも行っていたである鈴木と佐藤が戻ってきたので私は退散するとする。別に鈴木と佐藤とは仲が悪いわけではない。良いわけでもないけれど。平介とは、なんていうか、そう、こいつがこんなやつだからだ。こんな関係だ。
するりと教室を抜けるとちょうどよくも後輩くんが階段を下りてきた。しかし私は彼とは知り合いでも何でもないので声をかけるわけでもなく、ああ、後輩くんだと心の中でほくほくとするだけだった。切れ長の目を最近はさらに鋭くとがらせて、これは平介のせいなんだろうなあと思う、颯爽と歩く。

「先輩」

不意に掛けられた声に振り向くが、その先輩とはまさしく私のことではなかろうか。一応廊下を見渡してみるが私と彼以外の人影はなく、教室に入れば平介と鈴木と佐藤がいるんだろうけれども生憎そこまで響くような声ではなく、きっと後輩くんは私を呼んだ。

「あの人とよく居ますよね。鈴木先輩と佐藤先輩のいないときは」

彼の言う「あの人」が平介をさすことは安易に分かった。だから、鈴木と佐藤とは別に仲が良いわけじゃあ、ないんだってば、と言ったとしても彼はだからの意味を理解できずに首をかしげるのだろう、な。そうだねえ、いるねえ、とだけ答えれば後輩くんは不満そうに眉を寄せた。

「鈴木先輩と佐藤先輩はわかるんですけど、」

「なんで平介かって。だってそれは平介だから」

「僕にはそれが理解できません」

「後輩くんのお母さんはなんで後輩くんのお母さんなの。お母さんって何。後輩くんを産んだから。違うな。育てたから。違うな。お母さんだからお母さんなんだよ。後輩くんは後輩くんでそれ以外の何者でもなくてね、平介も平介以外の何者でもないんだ。これ、持論だから気にしないでいいんだけど。むしろ気にして欲しくない」

「ちょっと、難しくて」

後輩くんはううんと唸って2年教室に向かおうとしたので制止をかけた。どうせ平介に会ってもまたいらいらして頭を痛くするだけなのだから。

「ねえ。これ、食べにいかない」

さっきまで後輩くんの忌々しい敵である平介の手に収まっていた雑誌を差し出す。ぺらりと駅地下の新作スイーツのページをめくる。下にはクーポン券が付いている。

「奢らないけどね。割勘でよかったら」

「やっぱり、僕は、鈴木先輩も佐藤先輩も、あなたも、あの人のそばに居ることが分かりません」

後輩くんは悔しそうに俯いた。そして私は結局「後輩くん」とすら呼べなかった。



20110818
たいとるおかりしました