:) 2012/10/03
<君のとなりに>
今日は私とシャイたんが初めて会った日。だから、高級なお肉を買って、料理が上手なサランダ姉さんにコツを聞いて、いつもよりずっと頑張って、シャイたんが好きって言ってくれたハートのハンバーグを作ったのに…
なのに…
「ねぇ、シャイたん、今日のハンバーグ、どうだった?」
「イツモ通リ、トテモ美味シカッタゾ、ライラ。」
「いつも、通り…?」
「アァ、ライラノ料理ハ、イツモ美味シイカラナ!」
シャイたんの笑顔が見れたのはうれしいけど、言われた言葉は「いつも通り」。
せっかく、頑張ったのにな…。
「ライラ、ドウカシタノカ?」
「ねぇ、シャイたん、今日は何の日か知ってる?」
「世界デ一番可愛イライラノ誕生日…ジャナイナ。何カアッタッケ…」
「しゃ、シャイたん?冗談、でしょう?」
「? ライラ?一体何ガ…」
「っシャイたんの、バカァッ!!」
シャイたんが忘れてた、なんて、思いもしなかった。初めは冗談かと思ったけど、違う。あれは冗談なんて言ってる表情じゃない。
シャイたんにとって、私との出会いはどうでもいいことだったのかな…?なんかもう、自分だけが浮かれててバカみたい。
「てことがあったんだけど、どうしたらいいかな?私…」
「うわ、シャイたんそんなこと言ったの!?ホント、ひどいね。」
「ううん、違うの、エーニャ。私が勝手に浮かれてただけ…」
勝手に1人で浮かれて、期待して、勝手に落ち込んで、本当、もう、馬鹿…
「まあまあ、ライラ、そんなに落ち込まないの。」
「だってぇ…、うぅ、シャイたんの馬鹿ぁ…」
これはしばらくダメね、と呟くトゥリーン姉さん。頭を一撫でしてそっとしていてくれたのがとてもありがたかった。
「じゃあさ、私がシャイたん貰っちゃおうかな?」
「な、え、エーニャ!?何言って…」
「え?だって、あんな鈍感シャイたん、嫌なんでしょ?」
「そんなことッ…!!」
「ライラさっきも言ってたじゃん。シャイたんの馬鹿ーって。」
「言ったけど…ッ、でも、シャイたん大好きだもん!!確かにすっごい鈍いけど、嫌いになんてならないよ!!」
「じゃ、そんな落ち込まないの!!大丈夫、シャイたんは取らないから。シャイたんが鈍感なのだってわかってるんでしょ?」
…え?シャイたん、取らない?はっとして上を見ると、ほんの少し人の悪い笑みを浮かべながら、それでも晴れやかに笑っているエーニャがいた。
「エーニャ、もしかして…」
「ちょっとは反省してるんでしょ?ほら、早くいってシャイたんと仲直りしてきなよ!!」
「うん!!ありがとう!!」
そうか、エーニャは私のためにシャイたんを取る、とか言ったんだ。良い友達がいて、ほんと、幸せ者だな、私。そんなことを思いながら、シャイたんの元へと走っていった。
「ライラ、行った?」
「そうみたいね。ありがとう、エーニャ。」
「ま、荒治療だったけどね。全く、世話が焼けるんだから…」
―――一方その頃…
「で、何で私が君みたいな暑苦しい奴の話を聞いてやらなきゃいけないんだい。」
「…スマナイ。ダガ…、ライラ ガ…。」
先刻から無駄に暑苦しい悪魔が訪ねてきている。そして、心優しい私は話を聞いてやっている訳だが…
「というか、なんでわざわざ私のところに来たんだ?」
「ア、ソレハ…」
なにやらもじもじとしている姿はとても悪魔とは思えない。さっさと言ってしまえばいいものを。
「何だい?口ごもってないで早く良い給えよ。」
「エット、ソノ、…エーレンベルク ガ、知人ノナカデ、一番女性経験ガ豊富ソウダッタカラ…。」
「ハァ、イドと呼び給えと何度言ったら分かるんだい、この低能が。まぁいい。その判断は誉めてやろう。で、君のところのライラ嬢がどうしたんだい?」
「ライラ ガ、イキナリ出テイッテシマッタンダ…」
「で、理由が分からないと?」
前にこの悪魔のところのつるぺた娘が、今日はシャイたんとの記念日だ、とか言ってたから、てっきりにゃんny…仲睦まじくしていると思ったのに、一体何が起こったのか…
「イキナリ、シャイタンノ馬鹿ァッテ…」
「…君は一体あの娘に何をしたんだい?」
「ソレハ…」
曰く、今日のハンバーグの味について聞かれたんで、いつも通り美味しい、と言ったら気分を害された、と…
馬鹿じゃないのか?普通、味を聞いてくるということは必ずと言っていいほど何かあるものだ。そんなことも分からないなんて、低能にも程がある。
「アト、他ニモ…」
「なんだ、まだあるのか。」
仕方なく話を聞くと、今日が何の日かと聞かれ、分からない、と答えたとかなんとか。で、そうしたら顔を真っ赤にして逃げ出していったらしい。
…どれほど低能なら気が済むんだコイツは。もう怒りを通り越して呆れて物も言えない。
「? ドウシタ?エーレンベルク?」
「…が…」
「ハ?何テ…」
「この、ド低能がッ…!!」
「…エ?」
「ド低能がと言っているんだ!!何でそんなことが分からないんだ!?君はどれほど鈍感で低能なら気が済むんだい!?このTNG!!よくそれで付き合ってなんかいられたな!!」
あぁ、柄にもなく大声を出してしまった。疲れた。滅多なことはするものじゃないな。だが、仕方がない。こんな低能目の前にしたら大声だって出したくなると言うものだ。
「エ、エーレンベルク…?」
「貴様のような低能鈍感男がよく女性と付き合えたな、と言っているんだ!というか、あんなつるぺた娘のどこがいいんだ!?」
「ッ…!!エーレンベルク、貴様ッ…!!」
あ、勢い余ってマズいこと言ったような…。まあいい。言ってしまったものは仕方ない。
「ライラ ハ、優シクテ、明ルクテ、トテモ魅力的ナ女性ダ!!確カニ、胸ハ…、小サメカモシレナイガ、ソンナコト関係ナイ!!貴様ニライラ ノ何ガワカル!?」
「おや、先程彼女のことが分からない、と泣きついてきたのはどこの誰だったかな?」
「貴様ニハ分カル、トデモ言ウノカ?」
「Ja、と言ったら?」
「…仕方ナイ、聞コウ。」
やっと大人しくなったか。全く、これだから低能は…。さて、これからどうしよう。この低能に教えてやるべきだろうか。まぁ、またこんなことになっても面倒だからな。仕方ない。私がこんなに親切であったことに感謝して欲しいものだ。
「先日、ライラ嬢が他のフロイラインたちに何か言い回ってるのを耳にしてね。」
「ライラ ガ?一体何テ…」
「おや、本当に分からないのかい?そうだな…、確か、今日はとても大切な日だ、とか。」
「大切ナ、日…?」
「あぁ。何でも、命の恩人と初めて会った日だとか何とか…」
「命ノ恩人?ソウダッタノカ…!ナラ我モソノ者ニ礼ヲ言ワナケレバ…!!」
…こいつはどれだけ鈍ければ気が済むのだろうか。ここまで来るとわざとなんじゃないか、とか思えてくる。
「デ、命ノ恩人トハ、一体誰ノコトナンダ?」
「おや、本当に分からないのかい?全く、君の鈍感加減には殺したくなるほど呆れるな。いいか、命の恩人だぞ。貴様のことに決まっているだろう。」
「ワ、我…?ソレハ、本当ナノカ?」
「当たり前だ。嘘をついてどうする、この低能が。でだ、その大切な人のために、いつもより良い材料を使って好物を作る、とか言っていたなぁ。」
「ア…、ハートノハンバーグ…」
「この世に無いほど鈍感な貴様にも、もう分かっただろう?ほら、もう行き給えよ。私だって暇では無いんだ。」
「…恩ニキル、エーレンベルク。」
「もちろん、後で見返りは頂くがな。フロイラインを泣かせるなど、男ではないぞ、この低能が。」
「アリガトウ。ジャア、行ッテクル…!!」
全く、世話の焼ける。本当、よくあれで付き合ってられるよな。さて、面倒事も去ったし、熟れた桃の収穫でも行ってこようか。
「シャイたーん!!どこー!?」
「ライラ!?ライラ、ココダ!!」
「シャイたん!!よかったぁ…」
彼の姿を見た瞬間ほっとした。と同時に走る緊張と罪悪感。私、シャイたんに嫌われてないかなぁ…
「しゃ、シャイたん、あのね、さっきは…「ライラ、本当ニスマナカッタ!!」 …ふぇっ!?」
「我ハ、ソノ、初メテ会ッタ日、トカ、ソウイウモノハ気ニシテイナカッタカラ…」
「え…?シャイたん、それって…」
本当に私はシャイたんにとって唯の契約者でしかなかったのか、な…
「ア、違、違ウンダ、エット…、我ニトッテライラ ト過ゴス日々ガ、トテモ楽シクテ、幸セデ…、ソノ、ソウイウコトヲ疎カニシテイタ。本当ニ、謝ッテモ謝リキレナイ。」
「じゃ、じゃあ、私を嫌いになった訳じゃ…」
「当タリ前ダ!!我ハ、例エドンナコトガアッテモ、ライラ ヲ嫌イニナルコトハナイ!!絶対ダ!!」
「ほ、本当?」
「本当ダ!!我ハ嘘ハ吐カナイ!!」
よかったぁ。私、シャイたんに嫌われた訳じゃなかったんだ!!
それに、シャイたんが謝ってくれて、私といるのが幸せだって言ってくれて、すごく嬉しかったし、なんだかあったかくなった。だから、今度は私の番。もちろん緊張するし、何となく気まずい。でも、ちゃんと言わなくちゃ…!!
「シャイたん…」
「…ドウシタ?ライラ。」
「あの…、えと…、さっきは飛び出しちゃってごめんなさい!!シャイたん、初めて会った日を忘れてたから、シャイたんにとって、私、なんて、ど、でも、いいのかな、て…」
話してるうちにポロポロと涙が出てきた。泣きたい訳じゃないのに、ポロリ、ポロリ、次から次へと零れてきて止まってくれない。
「ラ、ライラ!?ドウシテ泣イテイル!?ドコカ痛イノカ!?ソレトモ何カアッタノカ!?モシカシテ、我ガ悪イノカ!?」
「ううん。何でもないの。どこか痛い訳でも、つらい訳でもないわ。そうね…、ホッとしたのかしら。シャイたんに嫌われてないって分かって。」
「ライラ…」
「シャイたん、ありがとう。私と出会って、私のことを救ってくれて。私といて幸せだって言ってくれて。…ただ、ちょっとはこの日のこと、覚えていてほしい、かな。」
「分カッタ。絶対、忘レナイ。…時ニ、ライラ、本当ニ後悔シテナイノカ?我ハ、残酷ナ永遠トイウ苦イ毒ヲ、ライラ ニ与エテシマッタ…。ライラ ニ、人トシテノ生ヲ、放棄サセテシマッタ…」
シャイたんが今さらなことを聞いてくる。私は、とっくに覚悟を決めているというのに。
「馬鹿シャイたん。そんなことないわ。だって、シャイたんは私とずっと一緒にいてくれるんでしょう?私だってシャイたんが一人になっちゃうのは嫌だし。」
「本当、カ…?」
「うん。当たり前じゃない。私、シャイたんのこと、手放したくないもの。」
「ライラ…」
「大好きだよ、シャイたん。優しいところも、強いところも、暖かいところも、広い背中も、あと、ちょっと、いや、とってもかな?鈍いところも、全部、全部好き。」
シャイたんに抱きついてみる。やっぱり、あったかい。確かに、シャイたんは悪魔だし、普通の人からすると怖いかもしれない。でも、すごく優しいし、優しいから、あったかい。
「ラ、ライラ…!?何シテ…!?」
「なんかね、シャイたん、あったかいな、って。シャイたんは私にとっての"ひかり"なのかもね。」
「ヒカリ…?」
「うん。ひかりってね、あったかいんだって。誰に聞いたのか忘れちゃったけどね。」
少し苦笑すると、シャイたんも笑ってくれて、柔らかく頭を撫でてくれた。それがとても気持ち良くて、目を閉じて体を預けた。
…ら、急にシャイたんが固まってしまった。
「シャイたん?どうしたの?」
「ライラ…、ソノ、胸ガ…。」
「胸?」
「胸ガ…、当タッテ…。」
胸?胸、が、当たって…。あ、成る程。
「シャイたん…、気になる?」
「ハ!?イヤ、ナントイウカ、ソノ…」
「ぷっ、ははっ、シャイたん顔真っ赤!!キスした仲なのに、気になるんだ?」
「ナッ…!!キ、キス、テ…ッ!!」
「ははっ、シャイたんってすごいウブなんだねっ!!可愛いっ!!」
ちょっとからかっただけで、シャイたんは真っ白だった顔を真っ赤にして、魚みたいに口をパクパクさせている。
世の中にこんなに可愛い悪魔は彼以外いないんじゃないかしら?
にしても可愛い。ヤバい、笑いすぎてお腹痛い。
「ライラ、カラカウノハ止メテクレ。アト、笑ウノモ止メテ…恥ズカシイ…」
「あ、ごめんごめん。じゃ、改めて、これからもよろしくね、シャイたん!!」
「アア。絶対ニ、ライラ ヲ一人ニシタリシナイ…!!」
「うふふ、ありがと!!」
家に帰ったら、今日の仕切り直しをしよう。シャイたん、喜んでくれるといいな!
おまけ
「今、どんな感じ?」
「えと…、仲直り出来たみたい。よかったね、ライラ。」
「本当、最初はどうなるかと思ったわ。」
「ふむ…、低能の割にはそこそこじゃないか?」
「あ、あなたは…?」
「私の名は、イドルフリート=エーレンベルク!イド、と呼んでくれ給え!!ところで、お嬢さん方、これからお暇かな?良かったら私とお茶でも…」
「「「だが断る。」」」