ホイミを唱えた

ホイミを唱えた | ナノ
スパルタ美形兄×ゲーマー馬鹿

非・ヤンデレ
―で、ってゆう…


◆ ◆ ◆


「だからさ、これが意外とゲームというのもなかなか勉強になるわけよ。けっこー馬鹿に出来ないもんだよ、お兄様」

 俺は努めて明るく返した。能弁に、言い訳をつらつらと重ねる。いつもの事。
 しかしてその心の内は、どうしようもなく恐怖で竦んでいた。これも、いつもの事。

「そう、例えばさ、英単語の勉強になるんさ。これ1番。ちょうど今やってたゲームで覚えたのを披露するよ。ファイア・ブリザド・サンダー。あ、ブリザドは正式名称ブリザードだっけ?」

 あの世界の呪文ってだいたい4文字なんだよな。なんてゆーか、色々短縮し過ぎ。気をつけないとこういうときボロが出るから、その辺のところ製作会社さんには是非考えていただきたいものだ。…今度ハガキでも出そうか。
 まぁ、今のは自分で気付けたからとりあえず良しとしよう。 
 「ブリザード」の正確な訳はよくわかんないけど、たぶん氷系の言葉だ。氷的な、なにかだ。それが雪なのか吹雪なのか雪崩なのか霰なのか雹なのか、はたまたそのまま氷なのかは無学で不勉強な俺にはわからないけど。あ、ついでに覚えも悪かった。三重苦だな。

 って、あれ。美しい我がお兄様の美しい眉間に皺が! その険しく寄った皺でさえ美しい! つーかアンタ本当に俺の兄貴か。かなり疑わしい事実である。
 お兄様は斜めな機嫌を隠しもしない低いお声で「そんなものは5秒で覚えられるだろう」とのたまった。ご尤もでございます。けど5秒は言い過ぎじゃね?

「――いやそれよりもまず、それは英単語ではない。外来語だ。日本全土に染み渡っている言葉だ。本来なら今更覚える必要など皆無な」

「ま、待って! 今のは序章。他にもあるし」

 慌てて兄貴の言葉を遮る。身振り手振りも必死に駆使してだ。
 危ない危ない。まだまだ本領発揮もしないままに説教ルートへ逸れるところだった。
 兄貴の説教はしつこいし恐いから嫌だ。なんとか間を繋がなくては。

「んと、コメット・メテオ・クエイク・グラビテ」

 とりあえず頭に浮かんだ順に英単語(呪文)を落としていく。
 うーん、連想ゲームみたいだ。さっきから同じような単語しか出てこなくて、これは詰まるのも早いかもしれない。いやいや、頑張ろう。

「ケアル・リカバディ・リカバー・リザレクション・キュア・ファーストエイド・ナース・ナイチンゲール」

 お兄様の顔が更に曇った。 

「え、なんか変? ちょっと待って。聞き逃したことにして!」

 な、なんでだ。俺これ白魔導士になれんじゃね?
と軽く錯覚してしまうくらいの怒涛の回復呪文の羅列は感心を誘うどころか状況を悪くしただけのようだ。ジャンルの壁も越えたのに、何故。
 ちなみに俺は魔導士とか絶対無理だと思う。馬鹿だから。派手な魔法は格好良いと思うけどね。就職はやっぱ剣士だな。メタル斬りとかするんだ。高校卒業したら神殿行かなきゃ。

「わかった、RPGの話はこれでお終い。次、これを見てよ。クイズのゲームなの。ちゃんと真面目なやつだよ。地理とか歴史とか生物とか古文とか、ジャンルいっぱい!
うわ、ちょうお勉強になるね」

 これ以上英単語で攻めるのは厳しいと判断した俺は話題を切り替えることにした。
 いかにゲームは勉強になるか、ためになるか、この頭の固い兄貴にどうにかわかってもらないと…。ないと…。

「……あの、マジすいませんでした。許してください。だからその、今にもリセットボタン押そうとしてる不穏な御指を離して下さい。とりあえず、話し合いはそれからにしましょう。ね?」

 俺は平身低頭、そう言った。
 負けを認め、非を認め、慈悲に縋る方向へと即座に転換だ。

 ――だって、兄貴の眼が凍えるくらいに冷たいんだもん。不肖とはいえ実の可愛い弟に、そんな眼するか普通。まるで生ゴミを見るような眼だったよ、ガクガク。
 なんとなくだけど、こういうのがブリザードなのかなあと思った。
 身体がどうしようもなく震えるのは、寒さが原因じゃないけどさ。


◆ ◆ ◆


 悔しさと怒りと理不尽さで泣きそう。

「俺は馬鹿が嫌いだ」

 必死の懇願も虚しく、経験値とその経験値を得るために使った時間は一瞬でパーになった。まさに神の一手。核爆弾のスイッチ。なんでリセットボタンなんてものがこの世にあるんだ、俺は認めないぞ。
 そんな、今まさに俺が腹に抱えている負の感情をなんとせず、兄貴が発した第一声がこれだ。ちょっと、あんまりじゃね?
 眼に薄く膜が張るのが自分でわかった。

「なんだよそれ、俺が嫌いだって言いたいのかよ…」

 さっきまでの明るさも能弁さも、今の俺にはない。
 きつく俺を睥睨してくる兄貴が怒っているのは瞭然だけど、でも俺だって相当怒ってるんだ。それをわかって欲しくて、逆撫で覚悟でつっけんどんな態度を取る。

「そうは言ってないだろう」

「――言ってるじゃんか! 俺が嫌いならもう構わないで、放っておいてくれよ!」

 つい感情的になって怒鳴ってしまった。兄貴にこんな暴言吐いたのは、なんだかんだで初の試みかもしれない。そう冷静に自分を分析してみるものの、一方で視界はすっかりぼやけていた。

「…本当に馬鹿だなお前は」

「―っ」

 嫌われた、と瞬間的に感じる。
 極めて利発な兄貴は極めて馬鹿な弟の俺を始めから快く思っていなかっただろうが、こうも直接的に言われれば流石に応えた。やっぱり俺が嫌いなんじゃん。

「おい、秋流(あきる)!?」

 いよいよ本格的に零れてきた涙を見せたくなくて、俺は部屋を飛び出した。
 そのとき俺は既にゲームのことなんか頭になくて、ただただ兄貴に言われた言葉がずっと心に引っかかっていた。

 あー、もう。どこに行こう。


◆ ◆ ◆


 俺の兄貴は夏樹(なつき)という。
 女みたいな名前だけど、ちゃんと男らしくて格好良い。家族の欲目とか抜きにして。
 俺と2つしか違わないくせに、やたらと高圧的でムカつく兄貴ではあるが、面倒見は良いし頼りにはなるんだ。だから兄貴にああしろこうしろと指図されるのは、実はそんなに嫌ではない。あの頭の良い兄貴が言うんだから、きっとそうするのが正しいんだろう。
 俺、考えるの苦手だし嫌いだから。むしろ助かってると言うべきか…。
 
 だけど趣味について口出されるのは面白くなかった。

 今朝方の争いでは、特に兄貴が強く出て来たのだ。
 これまでなら「そんなことをしている暇があったら勉強しろ」とか「いつまで子供の遊びを続ける気なんだ」とか、そんな小言だけだったのに。(ちなみに俺はまだ高1だ。ゲームで遊んでも許される年頃だと思う)
 それが今朝はいきなりの強硬手段。ビックリだ。
 そしていかにゲームという玩具を正当化しようか、考えに考えた俺の脳味噌はオーバーヒートでも起こしていたんだろう。兄貴相手に激昂してしまった。
 今でこそ公園のベンチで自販機の珈琲片手に落ち着いているが、帰り難い。

「…兄貴に嫌いとか言われたの、初めてだな」

 文句を言いつつも世話を焼いてくる兄貴は、所謂『馬鹿な子ほど可愛い』というやつを心情に俺を構ってくるもんだと思っていた。でも、嫌われていたのか。そう思うと胸に穴が空いたような気になった。

「ちっとは勉強、すっかな?」

 ほんの少しだけ、頭の悪い自分を叱咤してやりたい気分に陥る。
 そしてポンと出たのがこの発想だ。

 今日からちょっとずつ遊ぶ時間を減らして勉強してみよう。

 決意というにはあまりに軽く、公言などとても出来ない(特に兄貴には)緩い試みではあるが、やる気のあるうちにやれることをやっておこうと俺は帰路に着くことにした。


◆ ◆ ◆


「え、ナニコレ。嘘でしょ?」

 ゲームが、ない。

 俺の部屋に有るはずの、有ったはずの、ありとあらゆるゲームが消え失せているのだ。
 PS2やWiiなどの据え置き型ハードもない。
 DSやPSPなどの携帯型も見当たらない。
 極めつけにソフトもごっそり無くなっていた。棚がやけにガランとしている。

「あ、あ、あ、あ……兄貴ぃぃぃーー!??」

 絶対アイツだ。犯人は夏樹という名の実兄に他ならない。
 俺はドタドタと足音を立てこの状況を問い詰めようと、兄貴の部屋へと乗り込む。

「兄貴!!」
 
 案の定、兄貴はいた。
 あれだけのことをしておいて、シレッと悠然に茶を啜っていた。いったいどんな神経をしてるんだ。しかもティーカップで紅茶とか、なかなか優雅で様になっている。
 俺は少々覇気を抜かれながらも、俺の部屋の状況について詰問する。すると一言、「ああ、売った」とのこと。軽っ。

 ……なに、売った、だと!?

「は、は、ハァァアア!??」

「あれは邪魔だ。お前にも俺にも必要ない。だから処分した。しかし、どうせなら金になった方がいいだろうと下取り店に売った。その金で参考書をいくつか買った。ほら、お前のだ」

「はぁぁぁぁぁぁあ!?」

 ドサッ―と眼下に次々と積まれる分厚い本。
 よくこれだけ買えたな、と一瞬感心したがゲーム機本体も売りに出せば結構な額になるかと思い至る。話の信憑性が増した。参考書(俺には辞書にしか見えない)の量がリアルだ。つまりホラの可能性は低い――のか。

 俺は目の前が真っ白になった。

「な、なんでこんな、非道な……」

 ショックのあまりぷるぷると震える。声も震える。
 しかしやはりというべきか、兄貴は平然としていた。表情ひとつ崩さないとは、人間じゃない。しかめっ面でもいいからしろよ。

「俺は、馬鹿は嫌いだがお前は嫌いじゃない」

「……え」

 ビックリしてメガテン。いや、目が点。
 そして更にビックリは続く。

「勉強になるというならまだいいが、様子を見る限りそういうわけでもないようだ。なのに何十時間もお前の時間を奪うあれが、気に食わない。嫌いだ。邪魔だ。だから処分した」

 憎憎しげにそう言った。しかめっ面の兄貴が。わお、テレパシー?
 え、てゆーか「ゲームは勉強になる」っていう俺の言い訳、真に受けてた時期もあったんだ。それに驚きだよ。兄貴、ゲームしないからなあ。ピンと来なかったのかも。

「お前は馬鹿なところが可愛いが、度を過ぎるのは流石にな…。それに秋流は俺と同じ大学に進むんだから、今から勉強しておいた方がいいだろう。実りのない時間は省くべきだ」

「え、え、はい?」

 なに、やっぱり馬鹿なほど可愛いっていうあれだったの??
 ――てか同じ大学ってなに。まさか既に推薦の決まってるあの有名私立大のことか。そんなの無理に決まってるだろ。偏差値どんだけだと思ってんだ。

「ちょ、ちょっと! えーと、色々突っ込みたいとこあんだけど、とりあえず兄貴と同じ大学とかってナニ。無理に決まってんじゃん。俺の成績知ってるだろ!」

 あまりに馬鹿過ぎて「進学は諦めた方がいいのかしらねー」と母親が夜中こっそり父親と相談してるくらいなんだぞ。

「安心しろ、あと2年もある。これから俺が付きっ切りで教えるんだからな。それだけ猶予があればいくらお前でも受かるさ」

 そう自信満々に呟く兄貴の眼は慈愛に満ちてるようだった。滅多に見ることのない、優しい笑顔。とてもじゃないが俺のゲームを捨てた(正しくは売っただけど)人物とは思えない。

「安心できねえよ!!」

 力強く主張する。精一杯。
 しかしなんのその、そんな俺をがっちり捕まえて真新しい参考書と向かい合わせようとする。いつになく楽しそうだな、兄貴。

 ――俺には悪魔の微笑みにしか見えないけど。

 今この瞬間から、まるまる2年もこうして兄貴に無理矢理勉強させられるのかと思うと酷く憂鬱でストレスを感じた。だっていつもはゲームしてた時間さえも奪われて全部全部勉強に費やされるんだろう。酷い。
 そして俺のゲーム……くっ。

 これからの生活に不安を覚えながらも方程式を解いていく。
 兄貴の教え方は解りやすい。スパルタだけど。
 いつの間にやら胸の違和感は消えていたようだが、目の前のことにいっぱいいっぱいな俺はあと2年は気付かないだろう。怒涛の2年になりそうだ。

 ――それにしても、なんで兄貴は俺を同じ大学に行かせたがるんだ?

 その答えが解るのは、無事大学に受かって兄貴との2人暮らしが始まってからのこと。





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