プリンセス症候群

プリンセス症候群 | ナノ
勘違い王子×痛い平凡

非・ファンタジー
症候群でシンドロームと読ませる


◆ ◆ ◆


 女の子は、誰しもお姫さまに憧れるものだ。

 TVや絵本、子供を囲むあらゆるメディアが姫を肯定し、さぞ素晴らしい存在のような風潮をつくる。
 裕福な生活、可愛らしい容姿、無条件で愛され、ハンサムな王子と恋に落ち大団円。なるほど、人生ちょろ過ぎる。これでは憧れるなという方が無理だ。
 けれど年を重ねるごとに、段々とその願望は薄れていくもの。
 ―薄れていくというか、夢から覚めるのだと思う。大人になると、嫌でも現実を見なければいけないから。

「王子さまなんていない」

 そう、落胆するのだ。
 自分を迎えに来る王子などいない、と。

 王子の存在を否定する前に、まず自分が姫じゃないって箇所に気付くべきだと思うが、しかし。
 いつまでも少女の心を忘れずに持ち続ける女性も、世の中にはいるわけだ。
 王子さまが迎えに来てくれると信じて、いつ訪れるかわからない『いつか』を待ち続ける、そんな敬虔な王子さま信者が。―いるには、いる。稀なので、大衆から『痛い子』と後ろ指を指されること必至な運命だが。とにかく、いる。
 さて、そういった『大きな女の子』の存在を念頭に置いたうえで、話を進めよう。

 俺、姫城(ひめじろ)ハルカはまさにそれの逆をいく。
 王子さまに憧れる男の子だ。


◆ ◆ ◆


「ひめ〜」

「だああ! もうっ! その呼び方やめろって言ってんだろ」

「だって、ひめでしょ?」

 王子さま願望を秘めていながら、名前に『姫』の字が入っているという大矛盾に僅かながらのコンプレックスを抱く俺をいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも、揶揄して『ひめ』呼びするこの男は、若王子(わかおうじ)アキラ。名前に『王子』が入った、対極ともいうべき俺の敵。幼馴染だ。

「ひ・め・じ・ろ・! 城が抜けてんだよ、城が」

 少なくとも1000回は繰り返した、慣れたやり取り。また、不毛なやり取りでもある。
 けれど俺から折れるわけにはいかない。王子さまに憧れてるのに、よりにもよって姫呼ばわりとは許容の範疇外だ。
 仕返しにこちらも『王子』と呼んでやろうかと考えたこともあるが、癪過ぎるのでやめた。
 ―家は金持ち、語学堪能で容姿良好。何分の一だったか、外国の血も混ざっているアキラは色素が薄く「きゃ、神秘的!」と女子に好評の超モテ男。『王子』と呼んだところで、そんなの褒め言葉にしかならない…。

「え〜、いいじゃん。姫城って、なんか濁点とか可愛くないし…」

 え、なにそれ。別に可愛さ求めてないんですけど。だって俺、王子さまだから。

「なら姫城(ひめしろ)でいいから。そこまで言うなら濁点いらないから」

「やだやだ〜。苗字そのままとか他人行儀っぽくてイヤ〜」

 全身を駆使して拒否の姿勢を示すアキラ。
 外国の血には、身振りが大きくなる遺伝子でも含まれているんだろうか。空寒い。
 というかコイツ、アキラは容姿だけなら(癪だけども)王子さまそのものだが、中身はとても残念だ。…なんともいえなく軽い。だるい。のろい。掛け離れている。なにからとは言わない。
 これで、紳士だったり物腰柔らかかったりしたら完璧に王子さまなのにな。―まあ、それはそれでまた癪なわけで。俺は更に憎しみというか、ジェラシーが積もると思う。だから残念なままでいい。

「…もう、お前の相手すんの疲れる。つーか、普通にハルカって呼べばいいじゃん」

 俺たちは幼馴染だ。少なくとも、幼稚園の時点で既に一緒にいた記憶がある。
 苗字呼びか名前呼びかで絆を計れるとは思わないが、十数年も共に過ごしておいて未だ名前を呼んでもらえないのは少し寂しいものがあった。ちなみに、俺は『ひめ』をあだ名と認めてはいないので親しさの証明にはならない。

「んー、それも捨て難いんだけどぉ。やっぱり…、ね?」

 なにが「ね?」なのだろうか。
 コイツの思考はよくわからない。何割かは外人なのだから、純日本人の俺にそれを推し測れる筋もない。なので、今回も深くは追求しなかった。

「…? あ、ところでお前、本当に誕生会来ないわけ?」

「あ〜、うん。ちょっと大事な用事があるんだよー。ごめんねっ」

 なんて幼馴染甲斐のない奴。
 アキラは、俺の16歳を祝う会に参加してくれないらしい。なんとなく不満だ。

 …誕生会だとか。この歳になって痛い気もするが、要は大人が理由をつけて騒ぎたいだけの会食だ。
 「バーベキューが出来る庭を作るんだ」と父が奮発して買ったマイホーム。デリバリーのご馳走やら無駄にでかいケーキやらを庭に並べて友人と飲み明かす。…友人って俺の友人じゃない、父の友人だ。俺の誕生日だってのにさ。
 だからか、形ばかりの挨拶が終わったあとは完全放置である。
 母の料理ではないご馳走が食せるのは嬉しいが、周りが父と同じ年代のおじさんばかりなので居心地悪い。しかも酔っ払い。自分ん家なのにアウェーだ。
 なのでアキラだけでも同席してもらえると大変助かるのだが、なんと今年は用事があるという。

「…そんな悲しそうな顔しないで〜。プレゼントは用意してあるんだから」

「え。いや別に気にしてないし」

 言われるほど残念という感情を顔に出したつもりはなかった。
 鏡を見たわけではないがしかし、俺なんかよりずっとアキラの方が悲しそうな表情をしているように思えた。


◆ ◆ ◆


 さて、王子さまに憧憬を抱いている俺だが、なにも一国一城のお姫さまを相手に求めているのではない。
 最悪、『お姫さまみたいな』女の子なら良いのだ。
 そりゃ、本物のお姫さまがいるのなら断然その方がいいが、日本という国にいて姫君に会い見える機会などないといっていい。俺だって、なにもそこまで夢見る男の子ではないさ。
 そもそも、俺は王子さまではないのだから姫にばかりオリジナルを要求するのも間違っている。身近なところから探していこう。

「でもなー、なかなかいないよなぁ」

 葡萄ジュースの入ったグラスを意味なく揺らしながら本音を呟いた。
 俺が手の届く世界での『身近』というとやはり学校内になる。
 巻き毛の可愛いクラスメイト、金髪碧眼の留学生、姫系ファッションのギャル、清楚な深層の令嬢。姫要素を持った女子は枚挙に苦労しないが、どうにも俺の姫センサーは反応を見せない。

「高望みってわけじゃ、ないと思うんだけど…」

 はやく自分の好みに副うお姫さまを迎えに行きたいものだ。
 ちょうど、こんなベランダ(1階だけど)で意に反した婚約話に憂鬱としながら夜空を眺めているところを「姫、迎えに参りました」とか言って登場するのが理想。イメージはロミジュリ。
 …まあ、ついて来てくれるかは別問題だとしてもさ。

「?」

 がさっ、と近くで音がした。
 親とおっさんたちは俺への祝いもそこそこにパーティー(という名の宴会)を始めたから、草が鬱蒼と茂るこちら側に用はないはずだ。今年はアキラもいないことだし、多少の地鶏とジュースを持って俺は早々に非難してきたというわけだった。だって、酔っ払いの相手なんか好き好んでしないだろう。

「…だれ? 宴会は反対側だけど?」

 俺は遅れてきた宴会参加者と踏んで声をかけた。先ほどの音は、確実に草を踏み締める音だったからだ。誰かいる。
 けれどなかなか姿を現さないその人物に焦れて、ベランダを越え庭へと出た。母は宴会をする方の庭しか手入れしないから、伸び切った草がチクチクと素足に触れて不快感を覚えた。サンダルなのも悪かったが、これでは長靴でも履かない限り防御できないだろうな。
 人影を探す。暗いことも手伝って、見回しただけではよくわからなかったので左方に移動した。
 見つからなかったら右の方へいけばいい、そう軽く考えて左へ向かったが、直後背後に感じた気配に心底後悔する破目となった。

「んんっー!?」

 布のようなもので塞がれた鼻と口。嗅覚を刺激する強烈な臭い。
 抵抗らしい抵抗もできないまま、俺はそのまま意識を落とした。


◆ ◆ ◆


 目を開けると上質そうなシーツが柔らかい感触と共に俺の体重を受け止めていた。

「………?」

 つまるところベッドに横たわっていたわけで、俺は夢でも見てたのかと安堵したが、そうでないらしいことはすぐにわかった。バッと飛び起きる。
 
「なんだ。この部屋…」

 まるで異国にでも飛んできたような気分だった。
 家具は全て白を基調としていて、金具などからも高価なことが窺がえるがなんで猫足。曲線の装飾をあしらったそれは所謂ロココ調と呼ばれるもの。よくわからないけど、たぶん中世のヨーロッパあたりでよく貴族に好まれた意匠だ。
 女の子とか、好きなんだよな。お姫さまみたいだからって。
 ……じゃあ此処は女性の部屋ってことか?

「あ、起きたんだ〜」

 部屋中に置かれた家具とは違い、至って普通の作りの扉を開いて見せたのはアキラだった。予想外。
 
「は? なんでお前…。もしかして此処、アキラの部屋?」

 だとしたらかなり引く。王子なくせに少女趣味ってどういうことよ。

「…え。や、やだなー。やめてよ、違う違う。俺の部屋じゃなくって〜、ひめの部屋だよー?」

「……んん??」

 アキラは本気で心外そうな顔をした後、衝撃的な発言をした。
 まさか一夜のうちに俺の部屋が模様替えされてしまったのか。いやいや、そんなハズがない。そもそも部屋の広さからいっても俺の自室どころか自宅ですらないことが瞭然だ。
 素直に異を唱えようとしたとき、アキラが俺の前に跪いた。まだベッドの上で状態を起こしたままの俺からすると、過剰なくらい恭しく頭を下げているように見える。
 なんなんだ。なにがはじまるんだ。

「姫、迎えに参りました」

 普段とは違った、間延びしない凛とした声に、一瞬目の前の人物が誰だかわからなくなった。

「待たせてしまい、申し訳ありません。けれど、これからはずっと一緒です。私に、貴方を守らせてください。…一生」

 学芸会にしてはいやにクオリティの高い王子さまが、目の前にいた。
 てゆーか、もうここまでされたら本物でいい。
 その容姿でそんなセリフ吐かれたら、誰も敵わない。もちろん俺なんて論外だ。
 他にも「命を懸けて守ります」とか「絶対幸せにします」とか、誰に向かってかわからない告白(?)を続けたアキラは呆然としていた俺の上体を押し倒した。ぼすっと身体がベッドに沈む。本当に沈んでいく感覚だった。

「ひめ、好き…」

 俺に圧し掛かってきたアキラはそう解釈に困窮する内容を呟いて顔を近づけてきた。
 ちょっと、ちょっとなにする気!?
 思わず眼を瞑ったのが幸いして、なにをされたのか目視せずに済んだ。唇にむにゅっとしたものが当たったけど、きっと指だ。断じてアキラの唇なんかじゃない。絶対に指だったって証明は出来ないが、同時に唇だという証拠もない。だって、見ていないんだから。
 とにかく、俺は指か若しくは唇以外の別のものだと信じているから「なにすんだよ!?」とは言わなかった。指が当たったからって怒るようなことではない。それよりだ。

「えと。なに、お前マジでなにがしたいの?」

 此処が俺の部屋だとか、姫だとか、好きだとか、意味がわからない。
 むしろ今更だが庭で俺を襲ったのお前? そういったことを聞きたかった。

「俺はひめが好き。でもひめは王子さまが好きなんでしょう?
だから王子さまみたいに告白してかどわかしてきたの。ひめは姫だから、お姫さまみたいな部屋に住みたいよね? だからそれっぽいの集めたの。誕生日プレゼント」

 事務的に淡々とアキラは言ってのけた。

「はぁ!? いや、色々と突っ込みたいけど王子さまが好きってなに? 俺はお姫さまが…」

「王子さまに憧れてるって、昔から言ってたじゃん。憧れって、好きってことでしょー? お姫さまになりたいんだよね? あと、突っ込むのはひめじゃなくて俺だから〜」

 頭が痛い。アキラの言うことの半分近くが理解不能だ。
 確かに言っていた。思春期を迎えてからは気恥くて口に出さなかったが、アキラは俺の王子さま願望を知っていた。だけども、重大な思い違いをしている。

「お姫さまに憧れている」
「王子さまに憧れている」

 このふたつはある意味、同意語なんだと今更気付いた。
 女子がどちらを言ったとして、不思議も不自然もない。
 お姫さまになりたいんだね、王子さまを待ってるんだね、そのようにしか解釈しない。
 …つまり、そういうことだ。
 普通はしない勘違いだが、俺の「王子さまに憧れている」発言は「お姫さまになりたい」というふうに解釈されてしまったらしい。ああもう、日本語って難しいな。
 そして、盛大な勘違いをしたアキラは間違った形で愛を伝えてきたわけだ。
 ―アキラが俺を好きだというなら、そこは疑わない。さっき唇になんか当たったし(いや指だけど)、それならしきりに俺を『姫』呼びしてくるのも理解できる。
 ……にしたって、こんな部屋まで用意するか普通。ドレッサーまであるぞ。用途不明だ。
 俺に目利きの能力はないが、いいモノなら総額数百って世界だろう。ベッドだけで大学行けそうな気がする。

「ひめは、今日からずっと此処にいてねー?
帰りたくなっても帰さない。この部屋防音だし、地下だから窓ないし、外から鍵かかるから逃げられないんだー。ねぇ、すごいでしょ?」

 褒めて褒めてと言わんばかりの顔だ。心なしか耳と尻尾が見えるような…見えないような。
 極めて嬉しそうなアキラとは対照的に、俺は俺のお姫さまを迎えに行けないことを悔やんだ。

 出られないのならせめて、せめてアキラにこの気持ちだけは伝えよう。


 





































「俺、姫は姫でもアラブ系のお姫さまが好きなんだ」

「え。」




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