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私がまだ幼い頃、「今日は特別だからね」とマーサに着せてもらったのは浴衣。
大人っぽいさわやかな若草色の地に鞠模様の浴衣だった。普段と違う装いがなんだか気恥ずかったのを覚えている。

ドーンという身体に轟く音が響く。シティで打ち上げられた花火が水面に映る。遠い遠いシティが近くにきた気がした。子供の頃みんなで遊んだ手持ち花火も楽しかったけれど、夜空に打ち上げられる花火は大きくてキレイでとても見応えがあった。
数年前、サテライトの塒で京介とみた花火の想い出。暑いのも気にせずに2人でくっついて並んで見た。やっぱり水面に映る花火はキレイで私の心を鮮やかにした。京介と2人でみる花火はロマンティシズムに溢れていて・・・。


「来年も!そのまた次の年もこうやって2人で花火見ような!」


京介の笑顔は花火よりも眩しくて、胸が高鳴ったのを今でも覚えている。










「・・・あつっ!」


どうやら熱した鍋に触れてしまったようだ・・・。

自分は夕飯の支度中に感傷に浸っていたらしい。
流水で指を冷やしているとノックの音がしてドアが開いた。


「満はいるかい?」


マーサの友人で、このガレージの大家でもあるゾラだった。


「いるわよー?どうかした?」


前掛けで手を拭いながらゾラのもとへ行く。下の階で毎度暴れている弟たちの苦情?それとも一人息子の愚痴だろうか?

「うふふ、いいものを持ってきたのよ」
「?」

思わず頭にハテナが浮かぶ。私とは対照的にニコニコと微笑んでいるゾラ。いいものとは何だろうか・・・。

私が本気で考えていると、ゾラは私の背中をバシバシと勢いよく叩いた。不意打ちに私の体は前方によろける。


「もう、あんたって子は鈍いねぇ!明日は花火大会だろう?」
「・・・花火?」


そうだった・・・。明日はシティの花火大会なのだ。私は特に行く予定もなく、自宅で一人でのんびりしようと思っていたから(弟達はみんなで出かけるらしい)別段気にかけてはいなかった。京介は相変わらず忙しそうだし、私の都合でわがままを押し付けても仕方がない・・・。


「そうだけど・・・。私行かないわよ・・・?」
「おや。彼氏と一緒に行くんじゃないのかい?」

予想が外れたというゾラの顔に思わず苦笑がもれた。

「・・・そりゃぁ京介と行けたら嬉しいけど・・・約束もしてないし・・・」
「じゃぁ、やっぱりこれは必要さぁ。私の若い頃のお下がりだけど着ておくれよ」
「・・・え?」


そういって、半ば強引に手渡された風呂敷には浴衣一式が入っていた。幼い頃に着せてもらった浴衣を思い出される古典柄。藍色のそれは見た目にもとても涼しげで、私に変な期待を抱かせた・・・・。

「うん・・・・ゾラありがとう。大切に着るわね・・・」


私から京介に連絡することもなく、もちろん連絡が来るわけでもない。夕食を終え帰宅すると、その日はすぐに寝てしまった。



今日は昼間までのシフト。
カフェ・ラ・ジェーンは花火会場に出張店を設けるらしく、その設営の手伝いだ。夕方からの営業の参加も申し出たが「ちゃんもたまには休むのよ〜」と店長に追い返されてしまった。どうせなら労働で気を紛らせたかったのにとんだ誤算である。

落ち込みながらも真直ぐに帰宅。一目散に部屋の窓を開け放ち涼しい風を取り込む。やはりこの時期は苦手だ・・・。それでも体はエネルギーが枯渇しているらしく、控えめな声で腹の虫が鳴いた。
今日は夏らしく素麺にでもしてみようか。湯を沸かして乾麺を茹で、薬味の生姜をすりおろし、めんつゆを配合する。ガラスの器に盛り付け、仕上げに氷をのせれば見た目にも涼しくなるというもの。
食べながら見ていたテレビ番組がCMに入り、ふと視線を横にそらすと昨日ゾラに貰ったものが目についた。


(やっぱり貰うんじゃなかったかしら・・・・)


見せる相手も居ないんだし・・・・。藍色の浴衣はやっぱり期待を抱かせるだけ、だった。
この歳になって、そんな夢みたいなこと・・・起きるわけがないのに。
ぼぅ、としながら私は素麺をすすった。私もすっかり夢のない大人になってしまったものだ。








――遡ること一週間前



「今日、チームサティスファクションのおまえたちに集まってもらったのはだな・・・」
「・・・チームは解散したんじゃないのか・・・」
「鬼柳、仕事はどうしたんだ!」
「お前がそれをいうのか、ジャック・・・」


鬼柳の召集のもと、一刻も早く黒歴史をデリートしたい遊星、相変わらず口の減らないロイヤルニートのジャック、そして財布の紐は固いしっかり者のクロウがシティ某所に集まっていた。


「オホン・・・それでだな、」

鬼柳がわざとらしく咳をする。

「どーせまた、満ねぇちゃん絡みのことなんだろう?」


鬼柳が俺らを呼び出すなんてそれくらいしかないだろ!と、さすがはお気遣いのクロウ。勘が鋭い。


「しばらく会っていないんだろう?流石の満も最近は元気がないぞ」


遊星の発言に隣でウンウンとクロウが頷く。なんだかんだ言っても弟達は姉のことをよく見ているようだ。


「そうか?オレには普段通りの暴力姉にしかみえないが」


・・・・違った。見ていない奴もいたようだ。

ほら、コレを見ろ、とジャックは実はちゃっかり同席していたみんな大好きブルーノちゃんを指差した。

「もう全身傷だらけだよー。ていうか満さんが凹むことなんてあるのかい?」
「・・・お前、ホンット失礼なヤツだな」

クロウの呆れ顔は最早恒例だ。


「とりあえず、が元気ないことはわかった、」

ここで鬼柳がようやく口を挟んだ。

「そこでお前らに頼みがあるんだ!」


全員が小首を傾げる。

鬼柳の話はこうだ。来週のシティの花火大会の日に満と2人っきりになりたいから、その為の根回しをして欲しいとのこと。
サプライズ作戦である。

「、というわけなんだ!頼む!!」

鬼柳は両手を顔の前で合わせて4人を拝んだ。









時間が経つのは早いもので、外は夕暮れで赤と橙のグラデーションを作り始めていた。掃除と洗濯ぐらいしかすることがなかったは、いま乾燥機から取り出したばかりの洗濯物を畳みながらベランダの窓からぼんやりとその風景を眺めていた。

(一体何をヘコんでいるんだろうか・・・私は)

お祭り好きの鬼柳がこの花火大会の日を把握していないはずがない。心のどこかではやはり期待してる。こんな気持ちになるんだったら弟達ご一行に混ざった方がよかったか・・・いや、それは隣にいない体温を余計に思い出させるだけだ。でも・・でも・・・と何回も同じ問答を繰り返す。すると部屋の電話が着信を知らせる音楽を響かせた。


(・・・誰だろう・・・)


淡い期待を抱きつつも受話器を持ち上げ耳に当てる。


「もしもし・・・」
『もしもし?満ねぇちゃん?』





電話の相手はクロウだった。受話器の遠くで「ねぇちゃん、やっぱ家にいたぜー!」と誰かに報告している声が続く。

「どうかしたの?」

なるべくいつもの調子で答える。


『ねぇちゃん、今から花火大会来ないか?仕事休みもらってんだろ?』
「それはそうだけど・・・家でゆっくりしてるつもりだったし・・・」
『まま、そんなこと言わずにさぁ!ゾラから浴衣貰ったんだろ!』
「そうだけど・・・」

また受話器の遠くで「せっかくだから満も着ればいいじゃないか」という遊星の声が聞えた。

『な?みんなもそういってるし、今から着替えて集合な!』
「え、あ、ちょっと、クロウ!?」

ラ・ジェーンの出店の前な!とガチャン、とそのまま通話が切られた。


(家で鬱屈としてるのも性に合わないし、ここは浴衣に着替えてパーっと遊んでこようかな)

私は着ていた洋服を脱ぎ着替え始めた。肌襦袢をまきつけ腰紐をしめ、手馴れた手つきで浴衣をまとい帯をしめた。

「うん、我ながらなかなかの出来栄え・・・」

全身鏡で前後左右の乱れがないかチェックしながら、同時にいつもは下ろしている髪を上へとまとめあげ、藍色の玉簪で止めた。もう一度鏡を全体をチェックして一人ごちる。

「なんなら適当な男の一人や二人、捕まえてやろうかしら・・・」

まぁ、あてつけに見せ付ける相手もいないが・・・。
これまたゾラに貰った巾着を手にし、玄関で景気づけにカコンっと下駄を鳴らした。


満が集合場所に到着すると既に辺りは人で溢れかえっていた。

(わぁ〜 まさに人がゴミのようね)

店の仲間に一通り挨拶を済ませて呑気にそんなことを考えていると、聞きなれた声がした。

「おーい!!ねぇちゃーん!」
「、早かったな」
「フンッ、それがゾラのお下がりの浴衣か」

それぞれ浴衣を着た弟達ご一行の登場だ。
クロウは黒地にシルバーの翼の描かれた浴衣。遊星は白と青の縞柄の浴衣。ジャックは・・・・・・・・・・・触れないでおこう。



「なによ、あんたたちが呼び出したんでしょ、まぁ暇だからいいけどー?」

すこし嫌味っぽく言う。クロウがご機嫌取りに言葉を続ける。

「まぁまぁ、そういうなって。今日はなんでも奢るからさ。遊星が!」
「あらホントー?」
「なっ、そんな話聞いてないぞ」
「ならば俺をおしるこぬーど「ジャックはお喋りが過ぎる」


いつもの空気に自然と心が和む。


そして連れ立って先に席を取っていてくれたらしい場所へ行く。周りよりも少し小高くなっていて花火が見やすそうだ。奥から、クロウ、アキ、双子、ブルーノ、遊星、私の順に座る。
・・・・ジャックは先ほど朝霧女史、カーリー、そしてステファニーの3人に発見され追いかけられどこかに行ってしまった。ステファニー・・・・あなた・・・まだ仕事中よね・・・。私は少し出張店の方が少し心配になったが、まぁ、店長が居れば大丈夫だろう。


花火が始まるまであと15分ぐらいだろうか。
少し咽が渇いた。


「遊星、私咽が渇いたからお茶でも買ってくるね、自販機なら少しは空いてるだろうし。」

立ち上がって隣に座っている遊星に言う。

「あぁ、わかった。気をつけてな」
「ん、ありがとう」

私は半ば逃げるように自販機のあるほうへ歩を進めた。


さっき遊星が一瞬クロウとアイコンタクトをとっていた気がした。まぁ、別段気にすることでもないだろう・・・。

自販機は思いのほか遠く、しかも人の列が出来ていた。これでは戻るのがギリギリになってしまいそうだ。最悪ココで最初の花火を見ることも考えられる。

結局私がお茶を手に出来た時に最初に一発目が上がってしまった。寂しさが胸を占めた。


多人数で見に来たのに、なんとも味気のないスタートをきってしまった。花火が打ち上がる河の対岸をぼんやり眺めながら、とぼとぼとお茶のボトルを抱えて道を戻る。何をするにしても結局自分は京介が居なければ全て味気も色味もないことを思い知らせれた。思わずその場で立ち止まる。河の水面に映る花火が古い、だが鮮明な記憶を呼び覚ました。


『やっぱり1人で見るより2人のがいいな』

(わたし、いま一人よ)

『来年も!そのまた次の年もこうやって2人で花火見ような!』

(うそつき・・・)

『今度は満が浴衣着てるところ見せてくれよ』

(浴衣着たのに、貴方いないじゃない)


虚しい温もりに視界が歪む。瞳はいまにも決壊しそうなほどに涙を溜めている。耐え切れず手で顔を覆い隠す。
目頭が熱い。熱い。熱い。


「・・ふ・・うッ・・・・京・・介・・・ッ」


「お一人ですか、お嬢さん?」
「ッ!?」

行き成り声を掛けられ驚いて涙声で言葉を漏らした瞬間、突然背中に温もりを感じた。

だれ、後ろに居るのは誰?こんな強い力で私を抱きしめているのはだれ?想定外の出来事に頭が処理しきれていない。
知ってる、でも知ってる。私はこの体温を知っている。この匂いを知っている。そぉっと指の隙間から、前に回されているであろう腕を見た。
薄暗闇のなか、街灯に照らされて浮かんだ白い肌の両腕を認識する。


「・・・京介・・・?」


名前を呼ぶと私を抱きしめる腕の力はさらに強くなった。


「満、元気にしてたか・・・?」


京介は私の肩に顔を埋めながら言葉を紡いだ。その声に涙のダムもとうとう耐え切れなくなり、涙が溢れた。


「・・・ぅ・っ・・なんで、素直に、来ないのよ・・・ばかぁっ」
「うん、俺バカだわ、」


体を反転させられ、京介の腕の中に預ける。背中に回された腕の熱さが心地いい。


「来るなら来るっていいな、さいよ・・・」
「ごめんな・・・お前を驚かせようと思ってさ」
「ッ、別、に、私は普通に、ッ・・・」


嗚咽で言葉が続かない私に京介の唇が涙を吸い取り目元を掠める。


「満の涙、しょっぱいな」


なんて、目を細めて私に優しく笑いかけた。そして今しがた涙を拭った唇が私のそれと引き合う。私は静かに目を閉じた・・・・。横で一際大きい花火が勢いよく打ちあがり、夜空に大輪の花を咲かせる。ドーーンと体に響き渡るような音を轟かせた。
それから私は京介に手を引かれ、さっき居た場所よりも高い丘に来ていた。

「ここはちょっとした穴場なんだぜ?」

石造りのベンチに腰を下ろすと、京介が言った。

そういわれて辺りを見渡すと、自分達以外は人っこ一人いないようだ。私たちが来た方向からはきちんと花火が見えていた。そちらをぼんやり見ていると、肩を抱き寄せられた。自然と頭を京介の肩に預ける。


「俺・・・いつもお前を泣かせてばっかだな」
「・・・・うん、」
「サプライズで現れてビックリさせてやろうと思ったんだけどさぁ・・・」


服を掴んで京介の二の腕に顔をうずめる。


「・・・今日はてっきり来ないんだと思ってた・・・」
「お前泣かすぐらいだったら、ちゃんと言っておけばよかったな・・・」
「ううん、私も京介は忙しくて帰って来ないと思って電話しなかったから・・・・でも、」
「・・・?」

「でも、最初から、来るつもりだったなんて聞いたら・・・私、許さない」
「・・っ・・・・」
「私のこと、めいっぱい抱きしめて甘やかして慰めてご機嫌取らないと許さないからね」

じっと京介のトパーズの瞳を睨み付けた。きっといま私の顏は涙でぐちゃぐちゃだろうから全然怖くはないんだろうな。


「・・バーカ、そんな無理難題なんてお安い御用だぜ」


京介が目を細めて微笑み、肩に回っていた手がいつのまにか私の頤を捉えて、目が合うと同時に唇が重なった。


「満を・・・もうこれ以上イヤってぐらい足させてやるよ」


京介が歯を見せて不敵に笑った。


花火

あとがき

おまけぬるめの裏あり→地下墓地に移動しました(2022/02/22)



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