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今日は弟たちも決闘しに行くでもなく、休息日らしく塒内で各々好きな時間を過ごしている。
それは私も同じだが。

2階の食堂のある共有スペースのテーブルで鉛筆片手に電卓とにらめっこしていると、ジャックが話しかけてきた。


「満、いまいいか?」

ジャックが手にもったハサミ、櫛、手鏡そしてブルーシートを見せてくる。
あぁ、そういうことね。

「OKよ。もうそんなに経ったっけ?」
「あぁ、ちょうどうっとおしくなってきたんだ」
「じゃあ、私椅子持っていくから。アンタ先上に行ってて」
「わかった」


会話もそこそこに私が立ち上がると、実はテーブルの反対側で自分のカードをいじっていた鬼柳がこっちに気付いた。


「ん?満たちどっかいくのか?」
「うん。ちょっと屋上に」
「?」

自分が座っていた椅子をそのまま抱えて、ジャックの後を追って屋上に向った。
足音がして後ろを振り返れば鬼柳が付いてきていた。カルガモの親子連想する。

「付いてっていいか?」
「え?別に楽しくないと思うけど?」
「・・・それでもいい」
「まぁいいけど・・・」

ついでに、と他の階にいた、クロウと遊星にも声をかけていく。


「あんたたちー、いまから屋上でやるけどどうする?」
「え?マジか。オレもやってもらおうかな」
「分かった。遊星は?」
「オレも頼む」
「わかったわ」


じゃあ、先行ってるわよ〜と二人を置いて、屋上へ続く階段を上がっていく。


「で、上で何するんだ?」


喧嘩か?なんて鬼柳が言うものだから思わず吹き出してしまった。
私がいきなり笑うものだから鬼柳は眉毛をきゅっと寄せていた。

「もっ、やだ、言ってなかったっけ?髪の毛を切るのよ」
「髪・・・?」
「そうよ?」

拍子抜けというようなきょとんとした表情またに笑ってしまった。悪気はないのよ?
そうか、弟たちと喋っていると主語やら動詞やらなんやらをすっ飛ばしてしまうので、またそれをやってしまったのだろう。

「そんなに笑わなくてもいいだろう・・・」
「あはは、ごめんね?」

なんか俺だけ仲間外れみたいだろが、なんて言うからまた吹き出しそうになってしまった。
これ以上笑うと本当に不貞腐れてしまいそうなのでちょっと我慢した。

屋上に到着すると、ジャックがテキパキと準備をしてくれていた。
首からブルーシートを巻き付けた姿は青いテルテル坊主みたいだ。


「はい、椅子座って〜鏡持って〜」
「軽くして、ちょっと短めにしてくれ」
「はいはい、キングの仰せのままに」


軽口を合図に櫛で梳かした箇所をダッカールを使って分ける。
しょきしょきしょき、とリズムよくハサミを滑らせていく。

「手馴れたもんだな・・・」
「でしょう?」

ジャックが終る頃にはタイミングよく、クロウが顔を出し、クロウが終れば遊星が顔を出した。


「遊星は髪が太目めしっかりさんよね〜」


しょきしょき、しょきん。
髪に指を差しこんで、残った毛を振り払えば青空美容室も閉店の時間だ。

「よし、いいわよ」
「満、ありがとう」

ブルーシートを遊星の首から外すしてバサバサと振りさばいて切った細かい毛を落としていく。
カットが終れば遊星もすぐ戻っていった。
終わりか?なんて後から声を掛けられる。

「え?もしかしてそこでずっと見てたの?」
「うん」

集中していて気付かなかったが、鬼柳はあれからずっと私の斜め後ろにいたようだ。

「満・・・あのな?」
「もしかして、アンタもやってほしいの?」
「おう!」


ストレートな彼にしては歯切れが悪いな、と思ってたら彼も切ってもらいたかったようだ。
鬼柳に手鏡を持たせ椅子に座らせて畳みかけていたブルーシートを首に巻きつける。
お客様今日はどうされます?なんておどけて言ってみる。

「短くしてくれ!」
「短く、ね」

丸刈りにでもしちゃおうかしら、なんて髪質を確かめるついでに頭を撫でれば、鏡越しに見えた鬼柳が撫でられた猫みたいに気持ちよさそうに目を細めるから、心臓がどくんとした。
やだ、不整脈かしら。


「鬼柳の髪は細くてさらさらなのねぇ」
「そうかぁ?」
「きっと伸ばしてもさらさらよ」


心臓を無理矢理黙らせて、勿忘草色を櫛で梳かしていく。
しょき、しょき、しょき、ざく。
ハサミが肉を滑る感触。

「いたっ」
「ん!?どうした?」
「ちょっと指を切っちゃっただけ」
「大丈夫か!?見せてみろ!」

何時の間にか鬼柳に捕まった左手の人差し指はすっぱと切れ込みがあった。
傷口からはじわじわと血がにじんできていた。
え、なんでそんなにまじまじ見つめてるの?

「下で洗ってくるから!手、放して!」

なんか嫌な予感がして、手を放してもらおうと腕を引こうとしたら、ぱくり、と鬼柳に人差し指を食べられた。

「え、え、な、なに!!!?」

な、何を考えてるのこの男はー!?!?
手を引き抜こうにも気付けば間接の痛いところを握られていて手は動かない。

「あ、ぁ、なにを、」

最初はきつく吸っていたかと思えば、傷口を探るように舌先で舐られた。
舌で触れられた傷口がじんじん痛む。彼が何考えているのかわからず、表情から探ろうと顔をみた。
熱のこもった瞳でこちらを見ている鬼柳と目がかちあうと口端を持ち上げてニィと笑った。
まるで私に見せつけるみたいにちゅ、ちゅ、と音たてて吸われれば、更に顔に熱が集中した。もう今なら火も吹けるかもしれない。


「い、や!、はな、して!」

もういい加減恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだ。
意を決して、間接の痛みもこの際無視して力任せに腕を引き抜いた。


「も、な、なんてことすんの!?」
「・・・だって美味そうだったから」
「私の指は食べ物じゃない!!」
「美味しかったぜ?」


さっきの意地悪めいた笑みはどこへやら、カラっとした顔の鬼柳。
もう、もう、もう!ホントなんなの!この男は!!


「もういい!洗ってくる!!アンタは道具片付けといて!」


鬼柳を精一杯睨みつけて、私は階段を駆け下りた。
敵前逃亡じゃないのよ!これは戦略的撤退なの!

ちょっとふやけた傷口を見てしまったら、また顔が熱くなった。




「あーあ、顔真っ赤にしちゃって可愛かったなぁ・・・」



青空美容室

鬼柳の独り言なんて、私は知るはずもない。



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