慣れないスーツを身に纏い、ネクタイをきつく締める。
源田は落ち着かない様子で目の前の扉が開くのを待っていた。
今日は、人生で一度の特別な日。漸く、約束を果たす事ができる。
本当は白無垢を着てもらいたかったのだが。などと考えていると、扉が開いて純白のドレスに身を包んだ照美が顔を出す。
普段下ろしている髪はアップにして纏められ、顔はベールに包まれてよく見えないが控えめに化粧が施されているようだ。上品なフリルがあしらわれたシンプルなドレスは、照美の白い肌によく馴染んでいた。
前言撤回。アジア離れした顔立ちの照美には西洋のドレスが一番似合う。
いつもとは違う照美はとても綺麗で、つい見惚れてしまった。
「変じゃないかな?」
「全然、よく似合ってるぞ」

本来女性が着る物であるにも関わらず、照美はそれを難なく着こなしている。お世辞などではなく、源田の正直な感想だった。
一方照美は、女装を褒められて怒るべきなのか素直に喜ぶべきなのか複雑な心境だった。しかし、やはり源田に褒められるのはどんな事であろうと嬉しい。照美は頬を赤らめる。

「すごく綺麗だ、照美。愛してるよ」

源田は照美の心情を読み取ったかのように笑うと白いウェディンググローブに包まれた花嫁の手を取った。
あの日から更に男らしく成長した源田は非の打ち所が無いくらいに格好良い。家事もこなせて性格もいい、端から見れば完璧な花婿だった。少々欠点もあるようだが、それは照美にしか知る由がない。
照美は源田の手を握り返すとふわりと微笑んだ。

「僕も、愛してるよ…幸次郎」

そのままお互い見つめ合う。源田はつい手が出てしまいそうになったがぐっと堪えた。
遠くでスタッフの呼ぶ声が聞こえる。

「それじゃあ、行こうか」

二人はゆっくりと歩を進めた。































『源田幸次郎さん。あなたは亜風炉照美さんと結婚し、夫となろうとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、常に妻を愛し、敬い、慰め、助け合って…健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しいときも…死が二人を分かつときまで、命の続く限り変わることなく、妻に対して堅く節操を守ることを誓いますか?』
「はい、誓います」
『亜風炉照美さん。あなたは…―――』

神父の言葉に誓いを立てる。今まで色々な事があった。人並みに喧嘩もしたし、時には泣かせてしまう事もあった。しかし二人でいる時はとても幸せで、この時間を永遠に守っていきたいと思った。
子供の頃に叶わなかった夢を、今。

「――…はい、誓います」
『それでは、誓いのキスを』

源田は照美の顔を覆うベールを丁寧に上げる。そのままでも充分なのに化粧までしていると、この世のものとは思えないくらいに美しい。現に両親からは『幸次郎には勿体無いんじゃないか』とまで言われた。
ゆっくりと顔を近付ける。キスなど数え切れない程してきたのに、この時ばかりは緊張で手が震えた。
唇が重なるまで、あと数センチ。































背後で祝福の鐘が鳴り響く。
二人の薬指にはお揃いの指輪が、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
とうとう結ばれたのだ。

「幸次郎…僕、今とても幸せだよ」
「俺もだ、照美。お前と出逢えてよかった」

源田は照美を持ち上げる。ふわりと舞ったドレスのフリルが源田の首元をくすぐった。
二人はどちらからとも無く口付けを交わす。その表情は、この世で一番幸せそうに見えた。

次の、誰かの幸せを願って。
照美は持っていたブーケを空高く投げた。










Fin.

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