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白い天井、白い壁。目を覚ましたら病院にいた。隣にはチームメイトで幼馴染みの佐久間が寝ている。携帯の日付を見ると試合から随分経っており、今日はフットボールフロンティア決勝戦の日だった。ずっと眠っていたのだろうか。
ぼんやりとそんな事を考えていたら、世宇子との試合の記憶が蘇ってきた。
「てるみ…」
「お前、こんな目に遭ってもまだあいつの事好きでいるのか?」
「佐久間…起きてたのか」
佐久間はゆっくりと起き上がる。足の怪我が大分酷いようだ。
「あれは…てるみじゃない。あいつは、こんな事をする奴じゃない」
「でも…」
「失礼する」
病室の扉を開けて鬼道が入って来た。起き上がって佐久間と話していた様子の源田を見て鬼道は安堵の表情を浮かべた。
「源田、目を覚ましたか」
「あぁ。それより鬼道、どうしたんだ?」
「たった今、フットボールフロンティアの決勝戦があったんだが…」
「鬼道さんも雷門に入って戦ったんですよね。とうでしたか?」
「試合には雷門が勝った。しかし…世宇子中には、影山が関係していたんだ」
「なっ…影山が…!?」
「あの野郎…!」
「世宇子の選手は全員影山の指示でドーピングをしていたらしい。…特にキャプテンのアフロディは相当強いものを飲まされていたみたいだ」
「…!!」
源田の表情が変わる。鬼道は気にせず続けた。
「そのせいか、アフロディは試合終了と同時に倒れてしまった。手配はしてある、もうすぐここの病室に来るだろう。目を覚ましたら彼に全て聞くといい」
鬼道は扉へと向かった。ノブに手を掛けたまま振り返らずに言う。
「しかし…忘れないでほしい。俺達も雷門に同じような事をしたんだ。…あまり責めないでやってくれ」
それだけ言い残すと鬼道は出て行ってしまった。それから間もなくして、鬼道の言った通り向かいのベッドに照美が運ばれてきた。医者が出ていく際にカーテンを閉めてしまったので中の様子は分からないが微かに寝息が聞こえる。時々唸っているようだった。
「てるみ、大丈夫かな…」
「…お前は自分の心配しろよ」
二人ともまだ歩き回れるまでには回復していない為、照美が起きるまでの間は暇だった。源田と佐久間は他愛の無い会話をしたり溜まっていたメールを返したりして時間を潰した。
照美が病室に来てから2時間程経った頃。照美の寝ているベッドから物音が聞こえた。
「てるみ…?起きたのか?」
「えっ…!?」
カーテンがそろりと開く。驚いた様子の照美に源田は優しく声を掛けた。
「鬼道から大体話は聞いたぞ」
「…ごめんなさい、えっと…その怪我は、僕たちのせいなんだよね…?」
「はぁ?寝惚けてんのか?」
「おい佐久間…」
「ごめんね…僕、試合中の記憶が無いんだ…」
「…ドーピングの副作用か?」
照美はドーピングという単語にびくりと反応する。
「そう、だと思う…僕も神のアクアについては詳しく知らないんだ」
「てるみ…それなら、影山について教えてくれないか?どうしてお前は影山を師事していたんだ?」
「…総帥は、……影山は…僕の恩人なんだ。両親のいない僕を、育ててくれた」
「何故だ…てるみは母親と一緒に遠くへ行ったんじゃ…」
「…うん、君と別れてから母と韓国へ移住したんだ。でも、それからすぐ母は愛人と駆け落ちしてしまって…僕は一人ぼっちになった」
「っ……」
源田と佐久間は真剣に照美の話を聞いている。照美は二人の目を見ることが出来ず、俯きながら喋る。
「行く宛も無く見知らぬ街を彷徨っていたら、偶然影山に出会ったんだ。サッカーで頂点に立つ気はないかと言われてね…」
「それで、影山に着いて行ったのか?」
「…サッカーで有名になれば、君にまた会えると思ったんだ。…でも日本に戻って来た時、既に君が有名になっていて驚いたよ」
「雷門には負けたけどな」
「佐久間…」
佐久間はつまらなそうにボソリと呟く。照美は続ける。
「君の所属している帝国学園の監督が影山だという噂を聞いた時はこれで確実に君に会えると思った。…でも雷門中との試合で相当影山は怒ってたから、僕が君と会うのは危険だと考えた」
「待ってくれ、てるみは世宇子と俺達が戦うのを知っていたのか?」
「…うん。影山は復讐をすると言っていたからきっと君たちにも雷門と同じような事をするんだと思っていた。…だから、偵察と称して君の元を訪れ試合を棄権するよう頼んだんだ」
「はぁ!?お、おい源田、そんな話聞いてねーぞ!」
「すまない…混乱させてしまうと思って…」
佐久間は驚いてつい声を張り上げる。源田は部員には照美と会った事を秘密にしていたのだ。
「でもまさか自分達が復讐の材料に使われるなんて思っても見なかったよ…」
照美は自嘲気味に笑う。彼も影山に『利用』された身なのだ。それに、自分達とは違って彼には身寄りが居ない。とても責める事など出来なかった。
「…てるみは、これからどうするんだ?」
「…………」
「…もし行く宛が無いなら、俺の家に来ないか?」
「えっ……!?」
「養子じゃなくて居候って形でさ」
「でも…僕、君に…君たちに、酷い事したんだよ…?それに、もう約束も…」
「俺は忘れるつもり無いぜ、あの約束」
「っ……」
「照美だって俺の事想ってくれてたんだろ?」
「そう、だけど…僕はっ…」
「男でも好きだ、てるみ。お前がいい。お前じゃなきゃ駄目なんだ。…この状況で言うのはなんだか格好が付かないが…高校生になったら一緒に暮らそう。同じ高校に入って一緒にサッカーして…そして、高校卒業したら…」
源田は照美の手を取るとその甲にそっと口付ける。照れているのか頬が上気しておりとても色っぽい。
真っ直ぐに照美の目を見つめると、源田は子供のように笑ってみせた。
「結婚しよう、照美」
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