月隠れの晩に 1/2


※平安時代設定


「ここが噂の姫君がいるところ?」

「はい。今都で最も美しい姫君がいる寝殿です。」


時は平安、貴族が最も栄えた時代。夜空に星が散らばり、雲が月を隠している。
薄暗い寝殿の小柴垣に、一つの松明の灯りが灯る。



「で?今からその姫君のとこに行ってこいって?」

「はい。沖田さんが気に入れば文を出し結婚と…」

「はぁ〜あのさぁ山崎君。君も知ってるよね僕は結婚なんか興味ないって。近藤さんの側に生涯いられればそれでいいって」

「沖田さん。世の中には世間体というものがあります。あなたもいい歳なんだし元服だってとっくに済んでいるんです。近藤さんだって沖田さんが妻をもち子供を授かり幸せになってくれた方がよっぽど喜びます。」

「だからってよく知りもしない娘となんかイヤだよ。それに僕女の子あんま興味ないし」

「沖田さんは今貴族の女君で知らないものはいないとされている『都の五星』の一人なんですよ?他の方達はあんな良い歳して結婚もせず仕事ばかりしてる人や、女遊びしてる人や、剣のことばかり考えてる人や、毎日蹴鞠で遊んでばっかりいる人や、とにかくひねくれ者で腹黒いあなたですが一人でも家庭に入ってほしいというのが私の願いです。」

じゃないと私の苦労が絶えないんです…


「みんな結婚してないんだしいいじゃない…僕もしない。」

「ダメです。」


都の五星…

今貴族の女君で噂を知らないものはいないとされている都で最も輝くばかりに美しい五人の皇子。

辰星(水星)の斉藤 一大納言
太白(金星)の藤堂 平助中納言
螢惑(火星)の原田 左之助参議
歳星(木星)の土方 歳三右大臣
鎮星(土星)の沖田 総司内大臣


夜空に輝く星のように美しいことからそう言われるようになった。しかし、まわりと比べ容姿はズバ抜けているが、それぞれ性格に難があり身内の者は皆心配していた。

沖田もその一人…


「じゃあヤルことやって帰ってくるね。たまってるし」

「沖田さんっ!!!」

広い寝殿の庭園に山崎の声が響き渡る。

「ちょっと山崎君シー!聞こえちゃうでしょ?垣間見の意味なくなっちゃうじゃない」

「すみません…」
『じゃあ大きい声出させるような発言しないでくださいよ…』

「はーっ…気が進まないけど前に近藤さんにも言われたし、しょうがないから行くしかないよね。」

「え?行くんですか?」

「行くんですか?って君が行かせてるんじゃない」

「いえ…やけに素直だなと思って…」

「近藤さんのためだよ…」



結婚したとしても気持ちの込められていない政略結婚のようなものだ…
すべては近藤さんのためだから…







『暗いなぁ…』

植え込みをかき分け、手探りで寝殿に近寄る。
松明を持てば灯りが見えてしまうから控えたが、生憎今夜は雲が月を隠しているため月明かりに頼ることが出来ない。完全に真っ暗闇だ。


「あっここだ。居るかな?」

西庇(にしびさし)から蔀(格子)の向こうを除くと灯台の灯りで几帳に人影が映っていた。




「姫様もうお休みの時刻です。」

「はい。でも今夜はお月さまが出ていないから真っ暗闇で怖くて…虫の音も風の音も聞こえないの」

「お月さまだって毎晩でるものではありませんわ。今夜は月の精がお休みしているのかもしれません」

「月の精もお休みするのですか?」

「みんな休息はします。だから姫君も…ね?」

「はい」

「明日は月の精が起きているといいけど」

几帳越しにいた姫君が立ち上がり、簀子に来て月を見上げた。『あっ』


今まで見えなかった姫君を見て沖田は、はっと息をのんだ…

月明かりはないが肌全体が雪のように白く、暗闇にその存在を示している。唇の真っ赤な紅が白い肌によく映え、大きな琥珀色の目とクリッとした長い睫毛、ゆったりと流れる黒い髪の毛。可愛らしいまだ幼さを残した少女だがどこか儚げだ…



「綺麗だ…」

思わずそう呟いてしまった。

「きゃっ」

沖田の声に姫君が気づいてしまった。慌てて袖で顔を隠し、几帳の裏に逃げる。



「どど、どなたですか?」

いきなり人が現れ驚いて困惑している姫君に対し沖田は申し訳ない気持ちと可笑しさに笑ってしまう。

「くっ…ごめんごめん。ははっいきなり現れて驚いたよね。出てきてよ。僕は月の精。お休みを貰ったから都に遊びに来たんだ」

「月の…精ですか?」

几帳越しに姫君がたずねる。

「うん。さっき着いたんだけど道に迷っちゃってね。そしたら羽衣を忘れた天女に出逢っちゃって」

「天女?」

「君だよ」

姫君の顔に熱が灯り真っ赤になる。

「あ…えと…」

「姫様?どうかなさったのですか?」

姫君の女御がおかしく思い中から声をかける。

「あっ…ううんなんでもないのっ」

そそくさと逃げるように壁代の中へ入ってしまう。

「待って!名前聞いてもいいかな?」


「ち、千鶴です…」

「千鶴ちゃんか…また来てもいい?」

「…つっ、次来るときは月が出てる日にしてください。じゃないと月の精さんのお顔が見えません…」

「そっか、そうだねじゃあ月の綺麗な夜にまた来るね。」

そう言って沖田は行ってしまった


「月の精…」

顔も見えなかった。だが、たった数分の先ほどの会話だけで胸が熱くこんなにも次の夜が待ちどうしいまだ感じた事のない感情に戸惑う、千鶴姫の恋の芽生えの夜だった。








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