嫁入り 2/3


「歳、失礼のないようにな。」

「あのな、近藤さん。何度も言うようだが俺ぁ結婚は…」

「亡くなった父上の遺言だろう。親同士が決めた結婚だが娘さんは町では評判のとても可愛らしいお嬢さんだそうだ。」

「それとこれとはな…」


ここは町医者の家、雪村家。

今日は土方家の一人息子土方歳三と、雪村家の一人娘雪村千鶴のお見合いだ。

見合いの場である雪村家に夫となる土方歳三と、仲人の近藤勇はあまり気が進まない土方に対して背を押す。

近藤は両家の親とは昔から面識があり、また今回の結婚相手を両家の親に紹介したのも近藤である。

土方家の父はニ年前に他界した。土方家は武家であり、土方家を継ぐ一人息子としては独身というわけにはいかず、そこで昔からの知り合いの土方の父に頼まれ、近藤は当時そろそろ婚期を向かえる知り合いの町医者の雪村綱道の娘、千鶴を紹介した。
お互いの父親に相手の子息を話すと気に入り、千鶴が14歳になったら婚約させようと決まったのである。

それが二年前の話。

そして今日、千鶴が先月約束の年齢になったため雪村家でお見合いをする事になった。悲しい事に土方の父隼人は、二年前に結核で他界してしまい、席には土方家の両親はいないが昔からの顔馴染みで土方にとっては兄貴分的な存在の近藤が同席した。


「こちらのお部屋でお待ち下さい只今お茶をお持ちいたします」

雪村家の女中が部屋まで案内し、二人は腰掛ける。


「いいか歳。見合いというのは相手の女性が持ってくる茶菓を男が飲むか、持って帰ったら結婚の意思表示だからな?」

「わーってるよ!親父の遺言だし相手さんの父親ももうその気でいるしな。断れるか。」



「失礼致します。」

部屋の襖が開き入ってきたのは雪村綱道とその娘千鶴。

「土方君。よく来てくれたね。会うのは君のお父上の葬式以来かな。」

「お久しぶりです。」

土方が深々と挨拶する。

「近藤くん。今日の為に世話をかけたね」

「ははっ、なぁにかわいい弟分がようやく結婚するのだからな嬉しいよ」

「千鶴。土方くんにお茶を」

「はっはい!あの…ひつ…失礼致します…」

おずおずと綱道の後ろからあらわれたのは娘の千鶴。
見合いのためいつもより高価な綺麗な着物を着て、全員分のお茶と茶菓子を置いていく。


「それでは見合いを始めよう。本日は御日柄もよく、まずは仲人である俺から、近藤勇です。千鶴くんは会うのは初めてだね。」

「はい。はじめまして近藤さん」

「えーこちらは土方歳三。年は二十八で武家の息子だ。仕事熱心で行動力があって剣術の腕前もなかなかのものだ。ちなみに趣味は俳句だったか?」

「それは言うな…」

「そして此方は雪村千鶴くんだ。先月めでたく14歳になったな。千鶴くんは普段から料理が趣味でよく作っているとか。時々父親の仕事を手伝っているんだってね」


「はい。簡単なお仕事ばかりですが、おかげで怪我をした時の対処法なんかも身に付きますし、患者さんと触れ合うのが自分の知らない事を学べるのでとても勉強になります。」

「よくできた娘さんだなぁ」


「料理…得意なのか」

土方が千鶴に訪ねる。

「はっ、はい!あのっ…漬け物とかつくるの大好きで…たまに近所の方にすそっ、おすそ分けするんですっっ、すごっ、すごく喜んで下さって…」

カミカミな千鶴の返答に土方は苦笑いする。

きっと一人娘だから大事にされてきたんだろう。近藤に聞いたがあまり男と面識はないらしく、患者さんと接すると言っても若い男はいないらしい。
つまり千鶴は初なおなごで、世間知らずのお嬢様なのだ。

加えて年齢だ。

ついこの間14になったばかり。千鶴も母親は産まれてすぐに亡くなったらしい。夫婦がどういう事をするのかなんて教えるものは居なく、男女のことなんてまだわかってないだろう。
きっと赤子はコウノトリが運んでくると思っているに違いない…
いくら両家の親が決めたこととはいえこの年齢差は……


倍の年齢差の二人の行き先を考えると土方は複雑だった。


近藤や綱道のフォローもあり見合いの場も和んでいく。


「そろそろいい頃合いだし近藤さん。ここは土方くんと娘を二人きりにしてみてはどうだろう?」

「そうだな。私達がいたら気を使う。部屋を出るか」

「あ、いやそんなに気を使わなくても…」

土方が二人を引き止めようとするが。

「歳!」

ビクッ

近藤が親指を立てウインクする。どうやら頑張れ!との事らしい。


パタンと襖が閉まり二人きりの部屋は静まり返る。


土方は倍も歳が離れている少女と何を話そうか考える。


声をかけたのは千鶴。

「あの!」

「おぉ?」

「わたひっ、まだあなたの事を名前でお呼びしていなくてっ!よろしければ!下のっ…下の名前でお呼びしても、よろしいでしょうか!!!」

言い切った!という顔で顔から蒸気が出るんじゃないかというくらい真っ赤になりながら、千鶴は俯く。

「あ、あぁ。そうだったな。俺もまだあんたの名前呼んでなかったし…千鶴、だったな?」

優しく確かめるように千鶴の名を呼んだ。確かにあの二人に間に入ってもらってたからまともに会話もしてなかった。

千鶴は土方が自分の名を呼ぶなり、顔だけではなく、耳や首もとまで、着物から覗く肌全体が赤くなっていた。

「はひ!」

返事のつもりなのかまた千鶴は噛んだ。

「下のお名前呼んでも…よろしいですか?」

「あぁ」

軽く千鶴は深呼吸し、体制を整える。そして千鶴はさっきの余韻で涙目になりながら儚げに顔を上げ呼んだ。


「と、歳三さん…」



どきゅん


『あ?なんだ?』

土方の中で何か撃たれるような音が鳴ったが本人は正体はわからない。


「私…今日すごく楽しみにしてたんです…近藤さんから父様伝いに歳三さんの事聞いてて…歳三さんは町の娘達から凄く人気があるって聞いてたから…私となんか結婚してくれないんじゃないかって…」

「いや…現にこうして見合いしてるし決まったも同然…」

「それでですね!結婚が決まった時私、こっそり歳三さんが通う剣道場を覗きに行ったんですっ…!当時私は12歳でっ…剣術の事も解りませんがっ歳三さんがお稽古してる姿を見てすっ、すごくすてっ、すてっき!素敵だなと思ったんです!!それ以来あの人のお嫁さんになるために…花嫁修行しようと…歳三さんはっ、漬け物で特に沢庵が好物だと聞いたので、いっぱい練習したんです!家中漬け物臭いと父様に呆れられましたが。おいしい漬け物食べてほしくて…」


そう、千鶴はこの二年間土方のために家事をこなせるよう徹底的に花嫁修行を頑張った。
掃除、洗濯、料理。元々早くに母親を失っていた千鶴だから日常的にそれら全てを行っていたが雪村家は女中を一人雇っていて父、綱道も仕事でなかなか忙しく半分はその女中がしていたのだ。「お嫁さんになるんだから完璧にならないと」!と決心した千鶴はその女中(千鶴が産まれる前から雇われているおばあちゃん的存在)に指導してもらった。
家事全般をマスターした千鶴はお嫁に行くのは準備万端だった。








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