なぐさめ方 1/1
「千鶴ちゃんあとでいい?」
「あっ、はい…」
ある日の夕餉の後、屯所の廊下で沖田さんとすれ違いざま言われた。
これは¨後で部屋に来て¨という『合い言葉』。
「沖田さん…いらっしゃいますか?」
私は沖田さんの部屋の襖を開ける。
「うん。居るよ」
「すみませんっ、思ったより縫い物に時間かかっちゃって…」
「大丈夫そんなに待ってないから。それより僕も手伝えば良かったね」
夜の沖田さんの自室に私と沖田さんの二人きり。灯りは一つのろうだけ。
「じゃあ千鶴ちゃん…いい?」
「はい…」
私は立ったまま、座っている沖田さんの頭を抱きしめ撫でる。そして沖田さんもすがってくるように私の背に手を回し胸に身体を押し付ける。
まるで幼い子供をあやすように沖田さんの頭を撫でて、温もりを与える。
私達は恋仲なわけではない。
彼はこうする事によって死からの現実逃避をするのだ。
今生きている証、
人の温もり
胸の鼓動
身体全てで他人との感触を確認する。沖田さんの病気の事を知ってからこの出来事は始まった。今は習慣になっているくらいだ。彼の病気を知っているのは私しかいない、それと沖田さん曰わく、「男と抱き合うなんて気色悪い」との事で私がお願いされた。
ことの始まりは二ヶ月前の晩、沖田さんの部屋の前を通ったら咳き込むのが聞こえた…
*************
「ゴホッ…ゴホッ!」
「沖田さん…雪村です…あの」
「!!…なんだ千鶴ちゃんか…」
「お身体の方は…」
「千鶴ちゃん。そこじゃあ寒いでしょ?中においで」
「失礼します…」
中に入り私は襖を閉める。
「聞かれちゃったなぁ。まぁ君で良かったけどもね」
「沖田さん、どこか苦しい所は…?お水を持って来ましょうか?」
「ん?お水はいいよ。それより千鶴ちゃん少し話相手になってよ。眠れなくて困ってたんだ」
「眠れないんですか…?」
「ん〜なんか色々考えちゃってね。目が冴えちゃった」
「いろいろ…?」
「うん…」
沖田さんはどこか悲しそうな顔をして何かを思いつめていた。でも彼は私には話さないだろうな、この人は自分の考えや弱音を他人に語るような人じゃないから…
そしてこの悲しい顔の理由はきっと近藤さんの事なんだろうな…
「沖田さん、今日の夕餉に出たぶり大根。お味の方はいかがでしたか?」
「ん?あぁ、魚臭くなくて美味しかったよ。千鶴ちゃんが作ったの?」
「はい!今日はとっても上手く出来たと自分でも思っていて、お口に合って良かったです。明日も私がお料理当番なんです。何か御希望はありますか?何でも好きな物お作り致しますよ!」
「千鶴ちゃん…なんか気付かれちゃたみたいだね。僕が元気ないと思ったんでしょ」
「え!えと…」
「明日の料理当番平助と新八さんだし、まぁ…とんでもない物作りそうだから君が作ってくれた方が安心だけど」
バレてた…
「勘違いでしたらすみません…」
「いいよ。気遣ってくれてありがとう。ついでに言うと明日は揚げ出し豆腐が食べたいな。」
「はい!腕によりをかけて作りますね!!」
「………千鶴ちゃんもう一つだけお願いしてもいい?」
「…?はい」
突然私は彼に手首を引かれ、沖田さんの覆い被さってしまった。
「ひゃ!…ごめんなさ…あのっ」
「千鶴ちゃん……ごめん。ちょっとだけこうさせて…」
沖田さんの顔が私の胸に埋もり、こもった声で弱々しくお願いされた。これは、彼なりの甘え方なんだと思う。
「はい…」
私は男の人と密着しているというよりも胸の中の沖田さんが母親にすがりつく子供のようでいたたまれなく、そっと彼の背に腕をまわした。
私の背に回された沖田さんの手は力強く、少しだけ震えていた―――――…‥
***************
そんな事があってか、今はそれが当たり前のように三日に一回のペースで沖田さんからお願いされるようになった。
背中をさすって、頭をなでて、私の鼓動、温もりや匂いを沖田さんは感じとる。
まるで゛精神安定剤゛のように沖田さんの不安を溶かして、包み込む。
「千鶴ちゃんっ…」
ぎゅ…
(病気なんて…消えちゃえばいいのに…)
叶わない願い事を願いながら、いつかこの腕の中の温もりは消えてしまうのか私は怖くてなんだか泣きそうになりました。
泣いたら沖田さんに気付かれてしまう…
自分の弱さを見せれない沖田さん。甘える事が出来ない沖田さんが私を必要としている。
あなたに一時でも病気の事を忘れさせてあげたい…
それが私の与えられた役割なんだ
この二人だけの秘密の時間だけは遠い未来の幸せを信じて
私はあなたを抱きしめる
END
あとがき
沖田さんも不安なんではないかと…
千鶴ちゃんにだけ弱さを見せられたらいいですよね。
ちなみに千鶴ちゃんの胸に顔埋めるシチュエーションは私が大好きなんで…
や…絶対安心するよお母さん以上に!
《 前 ‖ 次 》