「おっ久しぶりだなネーチャン! どうしたの面会なんて、もしかして俺に……あ、そういうんじゃない? はい。…………ウン? 吸血鬼? 恋人? カーッ彼氏のことで悩んでんの!? ウワッそういうの見せつけられるの悔しい! 純粋に腹たつ! ……ま、知らねー仲でもなし。相談なら乗ってやってもいいぜ。野球拳の後になァ!!」

「何やら先ほどの同胞が片頬腫らして戻ってきたが……ム。久しぶりだな。どうしたのだわざわざ面会など。なに、砂の同胞について? ……違う? しかし吸血鬼の恋人といったら……。吸血鬼になろうか悩んでいる? ではこの種を渡しておこう。首筋噛まれるとか痛くない? といった不安もこれ一つで解消、ゴクンと一息で我が同胞になれるぞ。え? そういうのじゃない? まあまあとりあえず一口だけでも。持っていくだけでも、ほら」


「はっはっは、それで二度のチェンジの末私にお鉢が回ってきたと」
「ええ。言っときますけど押したら研究所に知らせが入るボタンを握ってますからねわたし」
「つれないな。折角のデートなんだ、気楽にいこうじゃないか。ほらそんなに車道に寄ると危ないよ」

ドーナツの代金がわりに、今研究所にいる吸血鬼さんたちと話をさせてほしいとお願いしたら予想よりもすんなり通った。というかすんなりすぎて今わたしの隣を上機嫌で歩いているY談おじさんに至っては「他の人に聞かれると恥ずかしいんですけど……」という希望を「じゃあそいつ外連れてけ」とこの研究所大丈夫か? レベルのゆるさで叶えられてびっくりした。こんな爆弾誰かに押し付けられるならそうしたいという気持ちもあるんだろう。最初はほっとしたけどよく考えなくてもこの状況怖すぎる。ろくでもないことばっかりしてきた悪趣味吸血鬼にこんなこと相談していいんだろうか。弱み握られてドラルクどころじゃなくなったり……しそう、すごくしそう。でも今更後には引けない。野球拳さん、ゼンラさんとわちゃわちゃしている間に陽は沈んで、お店の明かりや街灯が茶色いスーツを着込んだダンディな(見た目だけは)Y談さんと歩く道を照らしている。まだまだ人の多く行き交う時間、堂々とした佇まいの彼の横をおっかなびっくり歩いていたわたしの肩をY談さんが引き寄せて、わたしが何か言う前に場所を交代して車道側を歩いてくれる。そうだ、ドラルクも毎度こうしてくれて、たまに何かの拍子で道路に出ちゃって轢かれたこと、あった。わたしが車道側にいたらそんなことなかったんだからって言っても頑なに場所は譲らなかったなあ、すぐ死ぬくせに。

「……あ、ありがとうございます」
「なに、レディを守るのは紳士の務めだとも。夜は冷えるよ。羽織っておきなさい」
「は、え……」

……Y談さんが、肩にかけていたコートを、わたしにかけてくれた。確かにちょっと肌寒い。すみません、と言おうとしてはっと顔をそらす。いやいやいや絶対怪しい。絶対罠! こうやってわたしを油断させてなんか恥ずかしいふうにさせようとしてるんだそうに違いない。大丈夫ですから! と突っ返すとおじさんは肩をすくめて、でもニヤニヤ笑いのまま「話があるんだろう。あそこのカフェでどうかな」とお洒落なお店を指差す。そういえばお腹空いたな……。ハッ、いやダメダメ。

「大丈夫です、すぐ済むんで、そこのベンチで」
「そんなに警戒しなくっても、他意はないよ?」
「いえ! あんまり付き合わせるのも悪いんで!」

覚えているぞその前科。一緒にご飯なんか食べて(Y談さんは飲み物だけだろうけど)気が緩んだところにY談派かけられて突然の裏切りに驚いたわたしがペラペラ猥談しちゃうのを見て大笑いする気だ。公園のベンチを指して強硬にあそこがいいと主張し、ふたりで並んで座る。いつでも逃げ出せるように浅く座って、脱出ルートを目で確認して、じっとり汗ばむ手の中にスイッチをしっかり握りこんで。

「折角会えたんだからもっと色々話したいが、まァ君が急いでいるなら仕方ない。相談とは?」
「……あ、ハイ。あの、ええと……Y談さんは、人間の恋人がいたとしたら……その人に吸血鬼になってほしいですか?」

あ、直球すぎたかもしれない。おじさんはますますニヤニヤを深めて「砂の彼かね」と聞いてきた。確信してるなら聞かないでくださいよ趣味悪いな! とはいえこんな言い方じゃそりゃバレる。そもそも隠し事しながら相談しようってのが無理があった。こっちはそれより恥ずかしい性癖知られてるんだ、グイグイ聞いてさっさと終わらせよう。

「まさか。まず私に人間の恋人ができるなんて前提がありえない。君たちは私の趣味だよ、可愛い子」
「そういうのいいんで、もしもです、もしも! 一緒にいるために、自分と同じになってほしいと……思いますか」
「ふうむ、そうだなァ。まず人間と交わろうなんて考え、面白いとは思えどそうしてみようかとはしないだろうが」

組んだ脚の上で指を組んで、おじさんが少し空を見上げる。わたしもつられて顔を上げると、街の明かりにも負けない輝きの星がいくつか見えた。

「────どちらでも。共に在りたいと願って同族になっても、想いを胸に先立っていっても、君が選んだ道ならば愛しく思えるだろうさ」
「……Y談さんはそれでいいんですか? 寂しくないんですか?」
「さあね。だが、愛したものが良い生涯だった≠ニ思える終わり方であればそれが一番だ。無理矢理夜に紛れる必要も、泣きながら置いていくこともないのなら」

Y談さんの目がわたしを見る。上がった口角、唇から牙の先が覗いた。

「まァ、一番は彼と話し合うことだ。一人で悩みたがる人間は多いが全くもって不毛だね」
「…………はい。あの、ありがとうございます」

……なんか、思ったよりまともな話をされて、戸惑っている。失礼かもしれないけど。そっか、わたしがドラルクの気持ちに添いたいと思ってるみたいに、ドラルクもわたしの好きにしてほしいと……思ってなかったな。吸血鬼にしようとしてたもんなあのアホ。あーそう考えたらバカらしくなってきた。なんでわたしがあいつのためにこんなに悩まなきゃならんのだ。どうせゲームとジョンがいたら楽しく暮らしていける吸血鬼だ、わたしなんかいなくったってふらふら気ままに生きていく。

でも、もう少し一緒にいたいな、とは思う、けど。

「おっと。ゴミがついているよ」
「え? どこ……」
「じっとして」

すい、とおじさんの手がわたしの肩に伸びる。あ、糸くずかなんかついてたかな。手を下ろして大人しくとってもらうのを待つと、おじさんは肩に手を置いたまま顔をぐっと近付けてきた。うお、と仰け反るとその分距離を詰められる。鼻が、触りそうになって、おじさんの胸を押して引っぺが……

「────!」
「フフ。ああ、沈んだ顔よりそっちの方がいい」

離れた体同士の空間にスイッと現れたのは、Y談さんのあの杖。認識した時にはもう遅かった。叫び声も罵倒もわたしの首を絞めることになると判断してとっさに口を塞いだだけ褒めてほしい。しまった油断した、こいつ、こいつ!

「ハハハ、キスくらいでそんなに照れることないじゃないか……おや!? そこにいるのはもしかしてドラウスの息子くん!?」

──は?
振り向くと、こっちに近づこうとしていたのか片足を出したまま棒立ちしているドラルクがいた。いやいやいや嘘嘘なんでこのタイミング? というかこのおじさんドラルクがこっち来てるの見ててこんな小芝居してんの? あっあそこから見たらさっきのキスしてるようにも見えたのか!? えっ? おじさん他人に性癖暴露させる以外の趣味もあるの? アベックにくみ?

「んんどうした? 早く事情を説明しないと彼に誤解されてしまうぞ!? どうして口を塞いでいるのかね!?」
「ン゛ン゛ー!!」

お前絶対許さんからなァァ!! という負け惜しみすら言葉にできない。せめて説明していけと袖を掴むけどその手を優しく掴まれ肩を抱かれそうになって思わず突き飛ばした。それをものともせずにかわしたおじさんは高笑いしながら多分わたしでは追いつけないであろう速さで走って行ってしまった。
いや、もうそっちはどうでもいい。しっかり握った研究所に異常を知らせるボタンを連打して、ベンチに置いて立ち上がる。やばい、まともな弁解ができない。無意識で頬に詰まっていた空気をブハッと吐いてドラルクによたよた歩み寄りながら手と首を左右に振る。

「いや、彼の変な演技だってことは分かってるんだが」
「ンンンー!!」

天に向けて拳を突き上げた。さっすがドラちゃんあらゆるゲームやってるだけあって考察力はピカイチ、いや考察力ってそういう能力じゃない? なんでもいい!
ウンウン頷いてドラルクの手を取りぶんぶん振った。分かってくれると思ってたよドラちゃん。わたしだったら完璧誤解して平手打ちかまして怒って走っていくと思うけどさすがウン百年生きてるだけあるわ。年の功? のわりには精神年齢低いけど。ううんウソウソそんなこと思ってませんってドラルクサイコー!

「や、やっと会えて嬉しいよナマエ。あー、あのー、こんな所でする話ではないかもしれないが、ジョンから聞いたんだ」
「ん!」
「私は一緒にいたいと思っていると言ったそうだが」
「ンウ」
「私は、というのは正しくない。君だけじゃないさ、私も君と──」

女の子の扱いになれているいつものキザったらしい表情じゃなくて、酔っ払ったわたしが無遠慮に抱きついたときみたいな嫌そうな怒ったような顔をしたなと思うと、スイっと手をドラルクの胸元に寄せられて距離が詰まり、息も詰まる。私も君と。一緒にいたいから吸血鬼になってくれと言われたらどうしよう。ジョンがいてもゲームの最新作があっても君がいてくれないと、寂しい、悲しい、置いていかないでくれなんて目の前で言われたら。
どうしようってなんだ。それは嫌だなんて酷いんじゃないか。いいや酷くてもなんでもまだ決められない、まだじゃない、きっともっとたくさん時間をあけても決められない、なのに。

「骨ばった大きい手と長い指!」
「エッ!?」
「キッチリした服装の袖から見える手首! ゆ、指を突っ込みたい!」
「ンオアァ!? なに!?」

言葉を遮らなくてはと強く思って。わめきながら手を振りほどいた。まともに気持ちを伝えられないこの状況でどうすればいいのかわからない。いいや、ちゃんと喋れるようになっても言葉なんて見つからない。いいとも嫌だとも言えない半端なわたしをドラルクがどう思うか、そんなところまで怖い。
回れ右して走り出したわたしを追おうとドラルクも走──ろうとしたところで自分で自分の脚にひっかかって転びかける。まだ届く距離だったせいで、ついとっさに腕を出して受け止めてしまった。男の人にしては軽い体、ロナルドの半分くらいしかないんじゃないかという薄い背中を支えて立たせて、わたしの肩につかまったままのドラルクが顔を覗き込もうとしているのが視界の端に見えて、それもまた振り払う。

「ナマエ」

ただただ驚いている声が耳を突く。嫌だ。嫌われるようなこと、傷つけるようなことを言いたくない。だからって自分に嘘をついて本意じゃないことを言いたくもない。

「ダメ……!」

見開かれたふたつの目から逃げるため背中を向けた際にようやっと猥談でないものが出せた。もう少し、まだダメだ。ごめん。ごめんなさい。

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