ていうか当初の目的であるドラルクを脅しながらの話し合いができてないまま出てきちゃったじゃないかと気付いたのは事務所を出てしばらく歩いてからだった。アホなのかわたし? 寝ている男のベッド覗き込んでチューだけしていなくなるってわたしはお母さんか。アホなのか?
だからって戻って二回めの侵入を試みる気概ももうなくて、歩いているうちに繁華街まで出てきてしまった。もう帰ったほうがいいのかな。すごい疲れた気がする。真昼間だし眠くはないけど現実逃避のために寝たい……。

「……ん?」

目の前の交差点、車通りの多い横断歩道前で赤信号に足を止めた人たちの中に一際目立つ青い髪。
大きい体をおばあさんみたいに丸めてなにやらブツブツ言いながら立ち止まっているあの人を、知っている。

「ヨモツザカさん。こんにちは」
「……あ? ……ああ。吸血鬼ドラルクのつがいか。なんだ、いい資料でも持ってきたのか」

つがいて。
忘れようにも忘れられない犬の顔型マスクがこっちを向いて、いやないですけどと言うとフンとそっぽを向かれる。生え際近くの髪がまだらにうっすら色が抜けていて体調大丈夫なのかと一瞬心配になるけど。

「じゃあ話しかけるな愚物。俺様は用事を済ませてさっさと戻る。……いや? おい愚物、あそこにドーナツ屋が見えるだろう」
「ああはい。すごい並んでますね」
「フレンチクルーラー。イチゴのを。買ってこい」
「は?」
「俺様にはやるべきことがある、お前はどうせ休日を無為に過ごしているだけだろう。だったら人類の為となる偉大な研究を進められる俺様が昼食の調達なんぞに時間をとられているんだから自ら協力させてくださいと言うべきだろうが愚愚愚愚愚物」

こ……こいつ!! 吸血鬼研究センター所長のヨモツザカさんは本当にすごい人なんだけどこの通り性格がメチャクチャ悪い。悪いっていうか本当にそう思ってるだけなのか、どっちでも腹立つけど。
信号は青になったけどヨモツザカさんは踵を返して反対方向へ歩いていく。あっこれ帰る気だ。本気でわたしに押し付けて帰る気だ! いやいやちょっとちょっとと追いかけて聞きたいことをいろいろぶつけた。お昼ご飯それだけって栄養偏りませんか、他の研究員の人に頼めばいいじゃないですかなんでわたしが、ていうかお金! お金くださいよじゃあ!

「俺様は天才だから偏らない。言うことを素直に聞くやつは放送をかけても来なかった。そして今は手持ちがない」
「ツッコミ所の塊か! 手持ちなくてどうやって買うつもりだったんですかバカか!?」
「やかましいわ愚物が。さっさと買ってこい、代金は研究所員に請求しろ」

ヨモツザカさんならわたしでも勝てた。抵抗の手を押しのけて白衣とズボンのポケットからクロックスまで全部まさぐってもクレジットカードしか出てこなくて、手持ちがないってこういう意味かと納得したし流石にカードを借りるのは怖いから戻しておくけどそれはそれ、なんでわたしが自腹でドーナツ買った上に研究所まで持っていかなきゃいけないんだ。



「は? 所長が?」

……とは思ったものの。誠に遺憾ではあるのだけど。わたしは押されると弱い日本人で。
研究所のインターホンを押して電話口に出た男の人に「ヨモツザカさんに頼まれたものを持ってきました」と言うと怪訝そうな声でこう言われてしまった。説明しといてくださいよ所長ォ! すると男の人の後ろにあるスピーカーから、ちょっと落ちた音質でヨモツザカさんの「俺様の飯だ。通せ」という声がして、男性は慌てた様子で返事をした後「どうぞお入りください」とドアが開いてくれた。

「セキュリティちゃんとしてるんですね」
「お前のパートナーのようなバカが勝手に入り込んでくることもあるから強化しているのだバカめ」
「あ、いやその節はどうも……」

放送で流れるヨモツザカさんの声はわたしの位置を把握しているようで、案内通りに進むと部屋にたどり着き、わたしが手を出す前にプシューと何かの抜けるような音を立てながらドアが開いた。
いかにも研究室! みたいな様相の部屋の中心にヨモツザカさんの腰掛ける椅子があって、そこでわたしに無理やりおつかいをさせた張本人がこっちを振り向きもせず「そこの冷蔵庫に入れとけ」と部屋の壁を指差した。もう腹を立てても仕方ない…………あ、冷蔵庫あった。ちょっと小さいやつだけどドーナツの入った箱はギリギリ入りそうだ。

「スープはあったかいやつですけど入れちゃって大丈夫ですか?」
「は? スープ? 言ってないが」
「ドーナツだけじゃ飽きるかと思って」
「いらん、余計なものを買ってくるな。お前が飲め」
「ヨモツザカさんのために買ってきたのに」
「やかましい。何故言われたものだけ買ってこないんだ愚物が」
「じゃあイチゴのフレンチクルーラーだけ十個とか買ってきてよかったんですか?」
「………………」

面倒になったのか返事が止まった。ちゃんとオールドファッションとかも買ってありますよと冷蔵庫を閉めて、スープは精密機器のそばに置いておくのが怖いからファイルの詰まった低い棚の上に置いておく。じゃあ帰りますからと声をかけて、やっぱり返事はないけど部屋を出て、さっき通ってきた出入り口が見えたところでふと足を止めた。お金もらってない。

「ちょおおおいヨモツザカさーん!? お、お金! お金あのっ!」
「やかましい。適当な所員に払わせろと言っただろう…………あ、おいそこの。止まれ。そこの女に千五百九十四円払え」
「へ? 所長……あ、放送……えっ……な、なんで……」
「いいからさっさと払え」
「え、ええ……わかりました……」
「いやわからなくていいです! 関係ないでしょこの人は! かわいそうでしょ!」
「うるさい。この研究所のものは俺様のものだ」
「ジャイアンもびっくりな職権乱用だよ! もうわかったいいですいいですから!」

えーい仕方ない。結局ヨモツザカさんの思惑通りになっちゃって悔しいけど放送で雑に命令されて言いなりになっている研究所員さんの涙目にはかえられない。こんな無茶苦茶受け入れるなんて普段からなに言われてるんだろう、言い返していいんですよたまには腕力に訴えて。なんならわたしが転ばせてきましょうか。……といってももう警戒して部屋には入れてくれないだろうし、諦めて帰ろう。
…………いや。ここは吸血鬼研究センター、ってことはもちろん吸血鬼がいる……。

「…………あの。じゃあお金はいいので、お願いがあるんですけど」

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -