ガコンという重い音で開いた視界にまばたきする。昼間だというのにカーテンを締め切られたせいで薄暗い室内を確認する前に、目の前に黒い壁があって驚いた。いやこれ壁じゃなくて棺桶だ! 棺桶の側面だ。うおおこれすごい、棺桶があと数センチ横にずれてたらタイルに乗っかってて開かないところだった。いや床のタイルって本来パカパカ開けたり閉めたりするもんじゃないと思うんだけど。
梯子を上りきって事務所の床に降り立つ。……昇り立つ? どっちでもいいか。目の前に棺桶があったもんだからそれに手をついてよいしょっと勢いつけて足の裏を今上がってきた床につける。こんなに床ガバガバで大丈夫かな。ちょっとした地震で倒壊したりしないだろうな。あっオータム製だし大丈夫か。
どっから戻ればいいかわからなくなりそうだからタイルは外したままにしておいて、その場で立ち上がって辺りを見渡す――前に、見覚えのある籠の中身がモゾモゾ動いているのに気付いて忍び足で近付く。側で手を構えて待ち、可愛らしい頭がひょこっと小さな布団から頭を出したところで。

「シーッ。ジョン、静かにしてね」

ぴゃっと飛び上がってヌー! と一声鳴いたアルマジロに顔をずずいと寄せて唇に人差し指を当てた。素直でかわいいジョンはちょっと固まったあと、声を出さずに身振り手振りで必死に何かを伝えようとしている。うーんやっぱり。いつもなら知り合いだと認知した途端ヌーヌー言いながら二度寝しようとするか起き出して足元によちよち来てくれるかなのに、ドラルクがお城にいたころからの付き合いなこの顔を忘れたかのように騒いでるなんてただ事じゃない。昨日の夜ご主人様をジップロック詰めにしちゃったわけだし怒りの猛抗議かと思いきや、小さいお手手を動かしてドラルクの眠る棺桶を指し、ピーピー泣く真似をしてまた棺桶を、そしてわたしを指差す。あーあのあとご主人様が嘆き悲しんでたっていう抗議の声かな。喧嘩なんか今までも割としてたじゃないジョン。

「うんうん、ちゃんと仲直りするから。ジョン心配しちゃったね。ごめんね」

人差し指でジョンの頭をスリスリ撫でて、努めて優しい声で嘆く小動物をなだめる。しばらくされるがままだったジョンは、ヌーと小さく鳴いて軽やかに籠を降りた。どこに行くのかと思えばやっぱり真っ黒でおどろおどろしい見た目の棺桶のところで、それに手をついてこっちを見上げるジョンに「今は寝てるよ」と言うけれどこのアルマジロは動こうとしない。無視して背中を向けてどっか行こうもんならこの子の鳴き声でご主人が起きてしまうかもしれない。いいやこんなの予想内、もともとそのつもりで来たんだから! 近くにある窓のカーテンの端を掴み、棺桶の蓋に手を伸ばす。…………あ、……うん、届かない。カーテンに触りながら陽の光が当たらないように壁からは離れず、腕を伸ばして蓋を開けるにはちょっとリーチが足りない。しばらく踏ん張った後ジョンの何やってんだこいつという視線に負けてカーテンを手放し普通に両手で開けた。

薄明かりの中で眠るドラルクの全身が露わになる。囚人服みたいなパジャマが可愛い。そっと頬のこけた顔を見て、目の周りに痕がないことを確認してほっとした。いやジョンの泣いてたって表現を信じたわけではないけどね? こいつはムカつく感じの泣き真似する吸血鬼だからね。泣き真似の合間にチラ見してくるからね。……でも泣いてはないみたいで、よかった。そもそもこれは大いなる誤解みたいなもので、まあわたしがポロッと言っちゃわなければこんなことにはならなかったんだけど、……いやそもそもこれもしかしてわたしの一人相撲か? ドラルクもあの後アッサリ持ち直していつも通りゲームやりまくって日の出とともに就寝した? そうだとしたらそれはそれでちょっと悔しいような。ジョンがここまで訴えてくるから、うん、多少は気にしてたんだろうけど。あ、ちょっとチクっとするな。これはわたしの問題でドラルクが悩むような謂れはないし。……でもわたしが人間でいたいって言ったら、百年後にはドラルクはまた、どこかのお城で一人で暮らすことになるのかな。

──帰っちゃうのかね。もう少しいればいいのに。

「…………」

触ったら起こしてしまう。瞼が動かないことを確認するために顔を近付けた。
あの広いお城にいた頃ドラルクはジョンと二人きりで、わたしと会ったあとは二人ときどき三人になって、わたしがいない時もドラルクはジョンと毎日ワチャワチャ楽しそうに過ごしていたし、もしジョンがいなくってもゲームしながら夜に生きていたんじゃないかなと考えたことがある。お城のろうそくに火をつけてまわるところから始まるあの時間はきっと今のドラルクにとって悪い思い出ではなかったのだろうけど、どっちのドラルクがはしゃいでるかと言われると、人と関わることの多い今のほうが……。
……何を考えたいんだわたしは。毎回お城の門扉まで見送りにきてくれるドラルクに何度も振り返って手を振りながら、だんだん離れて小さくなっていく姿を思い出す。家まで送ってくれることもあったけど肉壁にもならないドラルクにジョンのほうが頼りになるって言ったら拗ねちゃって。ドラルクの方が無事に帰れるのか心配で眠れないでいたら、メッセージで河原のカエルの写真コレクションを送ってきたりして心配してた自分のことがアホらしくなったりもした。
でも共通して、わたしがずっと一緒にいて隣でバカやったり、対戦ゲームで多大なハンデをもらっておきながらぼろ負けしたり、料理が上手いせいで肉がついたわたしを見て私が育てたと自慢げなV字頭をシバいたり、そんなことがずっとできたらいいのになあ、と思っていた。ドラルクは吸血鬼でわたしは人間だから活動時間が違うし、まず生きるために食べるものとかできることも全然違う。何にも同じところなんかないのにドラルクが面白くて、安全で、気がつくと好きになってしまっていた。

「ハァ…………」

ところどころ窪んだ青白い顔面にわたしの前髪が触れる。鎖骨の下に棺桶の縁が食い込んで痛い。耳元で何か囁いたら、それが夢に出たりしないかな。ドラルク、と言いかけて感じた視線に首を動かすと、見ていたのはもちろんジョンで、目があうと短い腕で自分の目を隠して見てませんよアピールを始めた。いや遅いから! 口笛吹いてごまかそうとして吹けてないから! 可愛いなァお前はもう!
確かにキスしそうな位置ではあった。恥ずかしくて棺桶の蓋を閉めようとすると、ジョンが慌ててわたしの脚に縋りヌーッと高く鳴いた。小さな体を抱き上げて籠に戻し、掛け布団を引き上げてお母さんが子供にするようにポンポン優しく叩いてあげる。大丈夫大丈夫、ジョンが心配するようなことはないからね。

「わたしは、ドラルクといたいと思ってるからね」

この一言で、ジョンがゆっくり布団に埋まる。「ねぇジョンはさ、もし恋人が吸血鬼で……」やめた。せっかくうとうとしている可愛い子をいらない質問で起こしてしまうことはない。でもせっかくだからジョンを裏返してお腹に顔を埋めて左右に振る。フカフカで……ちょっと湿ったような匂いがして……ハァーかわいい。ここに住む。
嫌がってるのか頭を撫でてくれようとしているのか、短いお手手がワヤワヤ動いてるのがわかる。住みたい……。でもいつロナルドが帰ってくるかもわからないしさっさと出て行った方がいいな。
ドラルクのそばに戻って、吸って吐いての寝息を三回聞いて、思い切っておでこにキスして即座に棺桶の蓋を閉めた。遅いでたからちょっと雑な閉め方になっちゃったけどすごい恥ずかしい。自分でやったことなんだけど!
わたしのいた痕跡(髪の毛とか)が落ちてないか確認して、また床下に潜り込んでタイルを引き寄せしっかり穴を塞いでから息をつく。この部屋なんだかいい匂いがする気がする。ヒナイチちゃんのにおいかな……いや変態じゃないです……。

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