どうにかカオスから逃げ出して一時間弱。別に予定もないのでなんとなくブラブラして、ようやっと名前を思い出したダンピールの彼(ごめんね半田くん)に会えないかなーと思いながら歩き疲れた正午。吸対の本部まで行くのはなんか怖いしわざわざ呼び出してまで聞くようなことじゃない。お父さんとお母さんのことどう思ってるとか、ダンピールに産まれて不便はないかとか、イヤこれ軽率に聞いていいもんじゃないな。家族同士でもちょっと躊躇う話題だぞこれ。
考えながら道を知っている方へ歩いて行くと、またロナルドの事務所に来てしまった。ドラルクが活動するのは夜の間だけ、つまり昼間はあの怖い雰囲気の棺桶で寝ているし日光を浴びたら問答無用で灰になってしまうのだから彼はこの中にいる。
――叩き起こして寝ぼけているところに、カーテンから手を離さずになら交渉できるかもしれない。わたしを茶化す・からかう・笑うなどした場合は即座に日光に晒す。
勝てばよろしいのです。なんなら記憶の飛ぶほど死なせればよいのです。意を決して扉の前に立ち、勘付かれないようそっとドアノブを回す。

鍵がかかってた。

「………………フフッ」

そりゃそうよ。このご時世外出するのに家の鍵かけないおバカさんがどこにいるっての。ただでさえ新横浜、家の中にいてもオッサンアシダチョウの襲撃を受ける修羅の街だというのに。どうしようピンポン連打してジョンに開けてもらう? いやあの小ささじゃ鍵まで手が届かない……あとジョンはアポなし突撃のインターホンには出ないという高等教育を施されたスーパーアルマジロなのでまず玄関まで出てこない。クソッ賢い! かわいい!
それにあんまり大きい音出して大本命に起きられちゃ困る。起き抜けの油断している時に襲いかかりたいのだ。それを達成するにはロナルドから事務所兼自室の鍵を預かってまた戻ってこなきゃいけないんだけど……言えるかそんなこと……知り合いとはいえ他人にウチの鍵かして〜デュフフ〜って言われて貸すようなアホだったら怒ってるよ。ただでさえ爆弾(ドラルク)抱えてるんだから防犯しっかりしなさいって。その爆弾はわたしのボーイフレンドなんだけど。フフッ、ボーイフレンド。あのガリガリがボーイフレンド。海外の映画とか見てるとラグビーとかやってるムキムキの男の子がチアガールの女の子と付き合ってるイメージだけどドラルクは正反対だ。まああの骨の浮き出た体も人間離れした青い顔も全然嫌いじゃないんだけど……。

「ナマエ。何をしているんだ」
「オアッホッワッオギャー!!」

自分で思い返すのも恥ずかしいアホアホ惚気話を脳内でしながら事務所の周りをウロウロしていたところに声をかけられて踵が浮いた。違います不審者じゃなくて散歩ですただの! 言い訳しながら振り向くと吸対の制服を着たヒナイチちゃんが、事務所裏の地面に備え付けられたマンホールから顔を出していた。えっ怖……いような怖くないような。頭にマンホールの蓋を乗せてこっちを見上げてくるヒナイチちゃんが可愛くて不気味さが中和されてしまっている。はたから見たら絶対ヒナイチちゃんのほうが不審者なのに。

「お……重くない? それ……」
「そうでもないぞ。ところでさっきから行ったり来たりしているようだが」
「見てたのぉ!?」
「い、いやすまない、見えてしまって」
「ヒナイチちゃんこそ何してるのこんなところで!」
「私はいつも通り吸血鬼ドラルクの監視だ。たまに抜き打ちで昼間にも来ている」
「ひえぇやっぱ怖……え? 事務所入れたの?」
「いや、顔を出しただけだが」

チ……チャンスでは!? ロナルドがいない時でも中入ってるんかいそれって不法侵入じゃないんかいというツッコミは置いといて、いつも床下に潜んでるヒナイチちゃんなら潜入ルートを知っているんだ! しめた!

「……ひ、ヒナイチちゃ〜ん。わたしもちょっと、中に入りたいんだけどなぁ〜」
「む? 構わないが……家主の許可は取っているのか」
「いや取ってないでしょヒナイチちゃんも! いいの!? ろっ、ロナルドに言うよ!?」
「私のは捜査だから大丈夫なのだ」
「ウワーンあとでドーナツ買ってあげるからァー!」

最初っから素直にこうやって頼めばよかった。確かにもはやロナルドたちも諦めて半ば公認みたいな空気はある……今わたしが騒いでもしょうがないのかもしれない。見事ドーナツに食いついたヒナイチちゃんは、わたしの忘れ物をしたという言い訳を食い気味で信じて案内してくれた。マンホールだから下水道でも一回通るのかと思いきや、狭くて冷たい土をちょっと木の板で補強したような短い通路の先が見たことのない扉に繋がっていた。これは? と聞くとヒナイチちゃんのお部屋だという。部屋……いつも床下から飛び出てくるときにいる部屋……? いや地下に潜って上階に出るとか明らかおかしい気がするんだけど、聞いてみたらオータムの名前が出たのでそこで聞くのをやめた。この隠れ通路もう使わないようにしよ……。

「ええと、ここが私の待機スペースだ。少し恥ずかしいな……」
「はーなにその恥じらい可愛ッ! じゃなくてだいぶ立派だなんだここ!」
「そ、そうか? 照れるな……この上が事務所の床だ」

待機部屋という名目で完全ヒナイチちゃんの自室と化している、女の子らしい部屋だ。事務所の下にこれだけの居住スペースができるって、……いや多分オータム書店だ。聞かないようにしとこう。

「それで、忘れ物はどこに?」
「あ、ああうん。えーっと、ドラルクの棺桶の近く……かな」
「わかった。それならこの上だ」
「どこがどこに繋がってるかわかるの?」
「真下にいるからな、上の間取りはもう頭に入っている。気まぐれに模様替えをしたならそこもすぐ覚える」
「すごい! 能力の無駄遣い!」

これを使えと梯子を渡されて、お礼を言って立てかけて一段、二段と上っていく。天井のタイル、つまりいつもヒナイチちゃんが飛び出してくる床のタイルに手のひらを当てて、少し考えて下からわたしを見上げているヒナイチちゃんに顔を向けた。

「あの、ヒナイチちゃんは……好きな人が吸血鬼だったら、一緒にいたいから自分も吸血鬼になりたいなって思う?」
「へ? 好きな人……好き!? そ、そんな、ちん……」
「あー待ってごめん! そんなの考えないよねごめん違う! エッチな子みたいになっちゃうからそれだと!」
「…………あ、ああ、ドラルクか。吸血鬼になろうと考えているのか?」
「ウオアーちっ! ちが!」
「いや、私は……わからないな。すまない」

本当にすまなそうな顔で、言ったあとも口元に手を当てて考え込んでしまったから、ちょっと笑顔になれた。こんなに真剣に悩んでくれる子ならきっと素敵な恋人ができるから、ヒナイチちゃんはそんな心配しなくていい。虚弱ですぐやっつけられる癖に享楽主義で気付くとわたしまで巻き込んで死にそうになってる、変な吸血鬼のことなんか考えなくったって。

「ありがとうヒナイチちゃん!」
「あ……ああ。また来た道を引き返せばあそこに出られるが、待っていようか」
「大丈夫。手間かけさせてゴメンね」
「うん。あー……なんだ……」

なにか考えながらゆっくり部屋の扉に手をかけたヒナイチちゃんは口をもごもごさせながらわたしの目を見た。

「ええと。あんまり悩むな……よ」
「へっ、えっあ、う、うん」

顔が真剣すぎて、可愛いのにときめいてしまった。危ない恋に落ちるところだった……。そのままドラルクのことなんて忘れちゃえば楽だったのかもしれない。いやー泣くなドラルク……わたしも泣くな……いやわたしが泣いてどうすんだ……。
今度の休みにカフェでドーナツを奢るということでヒナイチちゃんは出て行った。一人になるとちょっと緊張してきたけど、いいやここでやめてどうするナマエ。女なら一に愛嬌二に度胸、三四が鉄分五が胆力。ええいままよ!

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