好きになった人が吸血鬼で、自分は人間で、相手もわたしを好きでいてくれてるけど寿命が全然違うから一生一緒にはいられなくて、だったらわたしも吸血鬼にしてもらえばいいのかな、と思いついたまま呟いてみたら予想以上に驚かれて、ああその通りだ! 思い立ったが吉日今なろうすぐなろう吸血鬼楽しいぞ吸血鬼ィ! とにじり寄られたので驚きと焦りのあまり殴り殺してロナルド事務所を出てきて丸一日。いや殴り殺したって言ってもドラルクは顔面の前で拳をピタッと止めても軽く死ぬし、横っ面一発叩けば砂になってバサッと落ちる。ものすごく動揺していたので思わず砂を細かく分けてジップロック複数個に詰めそれぞれ違う部屋のジョンも手が届かないところに置いてくるという仕打ちをしてしまったけど全部ドラルクが悪い。大丈夫死なない死なない。死んでるけど。

「ハーッ……」

とはいえ!
一晩寝て冷静になったわたしは頭を抱えた。鼻息荒く吸血鬼の男に詰め寄られてどうしようもなかったとはいえ、流石にちょっと悪い事したかな……したかもな……勿論悪いのはあいつだしわたしのこれは正当防衛だけど、ジップロックに詰めるのはかわいそうだったかも……。うだうだ考えながら外に出て自然とロナルドの事務所に足が向かっているのに気付いて歩みを止めた。癖で行ってどうすんだわたし。いざ対面してノリノリのドラルクに迫られたら今度こそ逃げられないかもしれない。だって喜んでる顔かわいかったし。わたしもドラルクのこと好きではあるのだし。いやバカップルやめろ! そんなんじゃないっていうか元々ドラルクがお城に住んでた頃から考えてたことだし、そりゃ今すぐ結論出さなきゃいけないことではないんだけれどもわたしの軽率な発言によりドラルクは期待してしまっているしでもじゃあ今すぐ吸血鬼になれるかって言えばそれはちょっとまだって言いますかァ!!

「ターちゃァん! ターちゃんだったらどうするゥ!?」
「奴が人間じゃないからておまえが付き合う必要ないね。先に死んでやれ」
「すっごいばっさりいくじゃん!」

吸血鬼退治人ギルド、バーとしても経営しているお店に突撃して手近にいた知り合いに泣きつけば一言で終わらせられた。もーターちゃんひとごとだからって適当言ってるでしょ! というわけじゃないのはとっくにわかってる。ターちゃんなら人間としてドラルクと付き合うんだろうなあ。

「俺なら美人の吸血鬼に同族になってくれって頼まれたらなっちまうかもな」
「ショット……いざという時は俺が討伐してやるからな」
「あっ悪さする前提なんだ」
「そういうマリアさんは? 恋人の吸血鬼のために自分も吸血鬼になるか……」
「ならないな」
「えっこっちもすごいばっさり……」
「人間の俺を好きになった奴とは人間として側にいたいからなあ」
「え、あ、ああ……」

そういう、そういう考え方が……。マスターに頼んだジュースがテーブルに配膳された。ストローに口をつけて、オレンジの酸味に目の覚める気分だ。素敵だ。かっこいい。でもそう言われるとその逆の考え方にも傾いてしまう日本人。敗者に肩入れしてしまうとかいうアレ。ちょっと違うかもしれないけど。

「逆に考えてみろよ。お前がドラルクだったらどう思う?」
「え?」
「吸血鬼として一緒にいてほしいか、人間でいてほしいか」

……うーんむむ、また悩む選択を。気付けばわたしの座る丸卓をぐるりと囲むように見知った顔が並んで、揃ってわたしの顔を覗き込んでいた。そんなに待たれてもすぐに答えを出せないわたしは視線を泳がせて、うろつかせて、サテツさんは、と聞いてみる。

「え、俺? ああ……そりゃ、一緒にいたいとは思うけど……うーん……それだけじゃないと思うよ。吸血鬼になるってことは、日中外に出られないとかの弱点が増えるしね」
「心臓に鉄杭打たれたら死ぬとかですね!」
「心臓に杭打たれたら誰でも死ぬ」
「ところでシーニャさんは?」
「アイツなら出てるぞ。あー話聞ければよかったなあ」
「夜には来ると言ってましたよ」
「あ。マスターは? マスターだったらどうします?」
「私ですか。私は、そうですね。なるかもしれませんね吸血鬼。娘の成長、孫の成長、ひ孫の成長と、全て見られたら幸せです」
「ああー……」

そっちか。子供のことも考えてるのかあ。もしわたしが人間のままドラルクと子供を作ったらその子はダンピールってことになるのか。あれ、いたよなダンピール。知り合いに……えっなんで思い出せないんだ薄情かわたし。ちがう名前が思い出せないだけ。ここまできてるんだよもうすぐ出そうだから……。
カランコロンとギルドのドアが開く音がして、シーニャさんかと思って振り向くとロナルドがそこにいた。わたしを見て「おっ」といつもと違う反応をしたロナルドに思わず椅子から腰を浮かしかけるけど、今は昼間なんだからドラルクが外に出るはずがない。

「おーナマエ、ドラ公が探してたぞ」
「えっ……へえー! そうなんだ〜なんだろうねぇ!」
「ジップロックがウンタラと……何か、破局の危機だとかむしろ破局したとか。お前アイツ振ったのか?」
「ウワアアアー二人の問題を他人にペラペラァァー!!」
「おまえも私たちに言てたろが」
「まあそっちのがいいだろ、あんな奴すぐ死ぬしムカつくしすぐ死ぬし……あとすぐ死ぬし」
「ロナルドの少ない語彙では表現できてなっイタッ! えー女の子殴りましたよこいつ!」

厚い手のひらで拳を作って、その拳の骨の出っ張ったところをゴチンと頭に当てられる。それだけでも痛いぞこの筋肉ゴリラ。ちょっと顔と声がいいからって……クソッ本当にイケメンだなこいつ……逆に腹たってきた……。

「声に出てるぞ」
「ホアーッ!!」
「はっ、ハハなんだお前やっと気付いた……っていうか……え? まじで?」
「なんだよ、ロナルドに乗り換えるためにドラルク振ったのか?」
「違うバカドレッド野郎握り殺すぞ!」
「大胆すぎるぞナマエ〜!」
「違うっつってんだろ握り殺す!!」
「今のはマリア! 今のはマリアだってア゛ー!!」

ああ……もう! まだ昼間だし全員素面なのになんだこのイジリ空間は! ショットの手首の腕と手の繋ぎ目のところを握力一本で外してやろうとしても当然外せない。え? 何やってんだわたし……。叫ぶショットから手を離して周りを見ても、さっきまでわたしをニヤニヤ見ていた人たちは依然ニヤニヤしたまま顔を覗き込んできている。ショットも若干楽しそうなのが腹立つ。本当に外してやろうかお前。

「で? え? やっぱりロナルドよりドラルクのほうが好きかい? それともちょっと揺らいでる?」
「いや違……なんでその二人限定なんですか」
「他に男がいたか……残念ロナルド、おまえも振られたね」
「えっ? あ、俺……振られ……」
「おーいそこショック受けるな! 振る振らない以前の問題だから! もともと眼中になかったから!」
「トドメ刺してどうする」
「なんでこれがトドメになるんだアー!! お前もわたしなんか見るな! 大丈夫イケメンなんだからすぐいい人見つかるって!!」
「顔だけで生きてこられたらここまで童貞貫いてないよ」
「最初吸血鬼拾ったと思ったら可愛い女の子まで付いてきて嫉妬に燃えてたもんな」
「ちょっと皆さん!? わたしのフォロー無駄にするのやめてもらえますかね!」
「ていうかイケメンだと思ってるんならやっぱりロナルドのことが」
「無限ループやめろアアアアアー!」

ナマエはドラルク様のことが大好きなんだからそんなことないもん! 一生一緒にいたいから悩んでるんだもん! とか言ってみろものすごい酒の肴にされしまう。だからってその通りですわたくしナマエはクソザコ即死吸血鬼に愛想を尽かしてイケメン吸血鬼ハンターロナルド様とお付き合いさせていただきたくみたいな大嘘こいてまで話を逸らすのもなんか違う……ていうかここの人たちに本気の心配をさせてしまいそうで心苦しい。サテツさんとかサテツさんとか。

「あっ。急用を思い出した。それでは」
「ま〜待て待て待て。奢ってやるからさぁ」
「いや待たなっ……ウワーッ純粋に力が強い! やめてマリアさん!」
「我ら女子だし恋バナとか興味あるね。女子だし」
「じょっ女子の力じゃイタタタ! ターちゃんまで! いや掴まなくてもとっくのとうに逃げられないから!!」
「まあまあお二人とも」

両側から腕を引っ張られて大岡裁きみたいになっていたわたしを解放してくれたのはマスターだった。マリアさんとターちゃんをなだめて優しく腕を剥がしてくれる。
お礼をしようとしたところで、話を聞いていたらしいコユキちゃんがニコニコしながらトレイにさっきわたしが頼んだのとは違うジュースの注がれたグラスを持ってきて、わたしの前に置いた。「あ、違います頼んでない……」全部言い切る前にマスターがわたしに顔を寄せて口元に人差し指を立ててくる。

「早く仲直りができるといいですね」

まぶたがひくつく。上唇と下唇両方をゆっくり噛んだ後、はい、と答えたつもりの声が「うい」になってしまった。
これはそんな大ごとなんだろうか。そんな大ごとにしてしまったのがわたしなのか。明確な返事もできないままジュースを舐めた。

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