短編 | ナノ
「おかえりなさいマスター。お風呂洗ってありますからお湯入れましょうか」
「うーん……ただいま……」
「先にご飯食べますか? 無洗米だったら僕でも炊けますよ」
「うん……」
「でもおかずありましたっけ。前の休みにマスターが作ったのがまだあるかな」
「うーん……」
「マスター。最近様子が変ですけど何かありました?」
「え? いや……」
「いつも以上にボーッとしてるせいで昨日なんか棚に足をぶつけましたよね」
「いつもボーッとしてるみたいな言い方するじゃん」
「何かあったんなら聞きたいです。僕に話せないことだったら無理にとは言いません」
「んー……うん、カイトにも関係あることだから聞くね。家族が増えるとしたら男の子と女の子どっちがいい?」
「かぞっ」
「うわっ不穏な止まり方」
「………………」
「そんな考える!? なに今どっかに繋げて調べてたりする!?」
「…………マスター似の、女の子ですかね」
「何言ってんの?」



「はい、もー決めきれなかったので二人とも買っちゃいました! 鏡音リンレンさんです!」
「こういうことか」
「よろしくねカイトくん!」
「うん、よろしく。レンもよろしくね」
「ん。今日はもういい? なら俺もうパソコン中引っ込みたいんだけど」
「どうして? 新しい家に来て疲れた?」
「はぁ〜レンくんかわいいね、選びに選んだ現実行動用体少年型ぴったりだよ……」
「マスター見りゃわかるだろ」
「うん……」
「マスター! リンは? リンはどう?」
「かわいいよう! イヤーッやわらかい! あったかい! ほっぺもちもち!」
「わーい! リンはまだ起きてるよ、マスターと一緒にいる。羨ましいならレンも混ぜてあげてもいいよ」
「勝手にしてろよ」
「まだ初日だし明日からゆっくり慣れていこう。マスター、僕がレンの電源落としてきます」
「待ってカイトくん、レンもマスターと遊びたがってるの。連れてきてあげて」
「リン。俺はもう寝たいの」
「カイトくんもわかるよね? ボーカロイドはインストールしてくれたマスターが大好きだよ。だから購入されてインターネット接続権限をもらってからマスターのブックマークを見て調べたの。どんなリンとレンならマスターに喜んでもらえるか」
「おい! リン! 余計なこと言うな!」
「わたしブックマーク見られたの?」
「イラスト投稿サイトから個人のブログまで全部見て勉強したんだ。マスターは一人称が自分の名前で明るいリンが好き、ぶっきらぼうなツンデレのレンが好き」
「勤勉だ」
「カイト。これ勤勉じゃなくてプライバシー侵害」
「だからレンはマスターの好みに沿えるようにわざとつっけんどんな態度とってるだけなの。本当はマスターに抱っこしてほしいんだよ」
「双子のリンちゃんが言うなら間違いないな。おいでレンくん」
「バッ、いや違うって! そんなわけないだろ! 来るな変態!」
「よーしよし、わたしはレンくんならイケレンもヘタレンも全部好きだよ」
「聞いてないっつの……」
「大人しくなった。リンはすごいな、僕にはわからなかったよ」
「そうでもないよ、レンはわかりやすいから。カイトくんも」
「僕?」
「いいなーカイトも抱っこしてほしいなーって思ってるでしょう」
「……思考域の同期はされてないはずなのに」
「リンも思ってるもん」
「オッケー、順番。カイトはちょっと屈んで、リンちゃんは一先ずレンくんに撫でてもらってて」
「うわぁマスター」
「えー、レンなら撫でてくれなくていいや。レン、手押しずもうしよ」
「寝たいんだけど!」
「よしよし。でっかい図体だかわいいぞ、その体最高に似合ってる」
「はい……貴女が選んでくれたものですから」
「そろそろメンテナンスの時期だね。いつにしようかな」
「あと二ヶ月は必要ないです」
「なんで毎度先延ばしにしたがるかな。病院嫌いなタイプ?」
「マスター……の代わりに、あつ森ルーチンしてあげられなくなるから」
「そんなことにやりがいを感じるな! 体がない間でもパソコンの中からおしゃべりはできるんだから。再来週にします」
「うー」



「うふふ。うふふ」
「なんだよキモいな」
「今日ここに三人とも集まってもらったのは……ふふ……どうしてだと思う?」
「ミクが来たんだろ」
「えっ!? なんでわかるの!?」
「レン! マスターは秘密にしてリンたちをびっくりさせたかったんだよ」
「知らねえよ、一昨日インストールされた後挨拶してそこからちょこちょこ喋ったよ」
「待って? わたしのパソコンの中で自由にやりすぎじゃない?」
「見られたくないならパスつけとけよ」
「だってファイルの中に閉じ込めっぱなしはちょっと……」
「マスター。ミクの体きたんですか?」
「もうそこまで知ってんのかよ! チクショーご覧なさい天下の初音ミクさんだ! どうぞ!」
「こんにちはー。初音ミクだよ」
「わーいミクちゃん! 素敵な体だね!」
「ありがとう! マスターが買ってくれてから、中に入って動くの楽しみにしてたんだ」
「僕達もミクが動くの楽しみにしてたよ。マスターはちょっとものぐさな人だから気をつけてあげてね」
「うん!」
「もう既に交流ができている! よかったー! 皆ミクちゃんと仲良くしようね。あとマスターのひみつフォルダは触らないようにね」
「パスワードかけましたもんね」
「ミクちゃん。あとでリンがパス番教えてあげる」
「コラァ教えるな! なんで知ってる!?」
「ミクはマスターの好きな初音ミクを知りません。マスターに愛されるミクであるためのお勉強です。これで得た個人情報は決して悪用しません。だめ? マスター」
「顔がかわいい! だめです」
「そっかぁ」
「わたしだってわたしのところに来てくれた皆のこと愛してるよ。リンちゃんレンくんもだけど、好かれるためにとか考えなくていいからね」
「こういうリンは嫌い?」
「わたしに好かれたいって思ってくれるのは嬉しいけどね、皆のことはもう好きだから、あんまり気を使いすぎなくていいんだよ」
「だってレン。ツンツンしてないで撫でてって言っちゃってもいいんだって」
「思ってねえよ!」
「マスター、ミクは撫でて欲しいです。歌もたくさん歌いたいです」
「よしきた! ほらこんな感じよ! 次の休みまでに作りかけだった曲データ見つけておくから待っててね」
「リン、ロードローラー乗ってみたい!」
「それは……! ちょっと……待っててね!」
「体のメンテナンス頻度を減らし」
「それはダメ」
「どうして僕だけ……」
「ダメなもんはダメ。しかし嫌がるね。知らない人に体触られるのがいや? うーんよく担当してくれる技師さん指名で頼もうか」
「いいえ、そこは関係ありません。マスターが心配してくれなくっても大丈夫ですよ」
「じゃあどうして? あ、嫌なら言わなくってもいいけど……」
「……」
「よし、この話終わり! さー皆、わたしは晩御飯食べるから自由時間ですよ〜」

「カイトくん、マスターのこと大好きなんだね」
「……ミクもだろ?」
「大丈夫だよ、マスターが最初に選んだのはKAITOなんだから」
「うん……」



「マスター。今度はルカですか?」
「ウエァッカイト! み、見た?」
「すみません、呼んでも返事がなかったから」
「くそぉ今度こそ完璧なサプライズにするつもりだったのに。そうだよ巡音ルカさんの商品ページだ! ……あ、他の皆には内緒に」
「意味がないですね、皆マスターのブラウザ履歴チェックを毎日していますから」
「まだやってんのあの子ら!? カイト〜気付いてたならやめさせてよ。マスターのプライバシーがもう大開脚だよ」
「マスターの権限で止められるんじゃ」
「パスは毎回読まれるし、ファイルに触らせない設定にするとギャラリーとか楽曲とかわたしがいないと見られなくなるしなあ」
「侵入されたくない要素にAIブロックを載せたらどうですか」
「それ痛いやつじゃない? そこまでしなくていいよ。飽きるまで好きにしてもらおう」
「ミクたちに甘いんですね」
「ずっと気になってたから、うちに来てもらえて嬉しいんだよ。でもカイトがそう思うなら罰ゲーム作ろっか? 勝手にマスターの見ちゃダメスペース覗いたらわたしのソシャゲ周回肩代わり一時間。どう?」
「それって僕の役目では」
「その間カイトは自由時間。電子書籍だけどわたしが買ったやつとか好きに読んでいいんだよ」
「……いえ、僕がやりたいです」
「そんなことにやりがいを感じるなってば! ……そういえばわたしってカイトに罰ゲーム級の推し事代わりにやってもらってるのか」
「マスターのためになるなら苦じゃないですよ」
「かわいいやつめ。来週の定期メンテ終わったら何かプレゼントしてあげよう。何がいい?」
「…………」
「あ、そんな考える……。いいぞ三個くらい言え。あんまりお金のかからないことなら四個でもいいぞ」
「じゃあ、四個分全部使った提案です」
「うん? うん」
「ボーカロイドを新しく買うのはしばらくやめませんか」
「えっ。わ、わたしのお財布事情気にしてる?」
「いいえ」
「家のスペース足りない? 確かに六人でうろつくには狭いかもね。二人くらいパソコンに入っててもらう日を順番に回すとかでどうかな」
「いいえ、そこも心配していません」
「うーん、じゃあ何が?」
「…………」
「ああいい、言わなくってもいいよ。よしルカさん買うのは保留だ。その代わりメンテはちゃんと行くんだよ」
「はい」



「カイト。カイトー? あれ?」
「マスター。おはようございます」
「おはようミク。リンレンはもうリビングにいるから先行ってて。なんかカイトが起きなくて……」
「ミク、お話したいことがあります。今、聞いてもらえますか」
「え? うん、いいよ」
「マスターは優しい人ですね」
「きゅっ急になに、何か欲しいか? おねだりか?」
「ボーカロイドはマスターの言葉に逆らえません。何か発言しないままでいたくても続きを促されたら言わなくちゃいけない。だからマスターは言わなくていいと止めてくれます。この言葉がなければミクたちは思考したこと全て話さなければいけないから」
「……うん」
「ミクも、リンちゃんレンくんも、カイトくんもそんなマスターが好きです。だけど今日だけ、カイトくんにだけそれはやめてみてくれませんか」
「今日だけ?」
「はい。そうしないと言えないことがあると思うんです」
「……悩みとか? でも、そんなの無理矢理聞いたって」
「聞かれたくないけど聞かれたい、ええと、適切な言葉が見つかりません。変な言い方になっちゃったけど、今のカイトくんはそういう状態です」
「うんーん」
「それでもし、カイトくんの言ったことでマスターが幻滅しちゃったら、歌唱データ以外を初期化してあげてください」
「ええ……?」
「マスターのためにもカイトくんのためにもならないとミクは思います。リンちゃんレンくんも同じ。リビングに来たカイトくんが人格をリセットされていてもミクたちは全く気にしません。ボーカロイドとしての本質は変わっていないから」
「いや……待って。そんなとんでもないこと」
「これ以上ミクとマスターが話すことも、今のカイトくんは気にするだろうから、もう行きますね。大丈夫です、悩まないで。マスターの判断がミク達の最善です」

「……カイト。カイトさーん」
「──」
「あーやっと来た! めっちゃ重かったじゃん! 躯体なんかおかしい? 動く?」
「はい、時間がかかってしまってすみません。おはようございます」
「おはよう。えっと……そこ……座ってくれる」
「え? はい」
「はい。えー……カイト。最近……うー……どう?」
「コンディションは好調です。マスターの健康状態も良好みたいで安心しています」
「そうじゃなくて、悩んでることあるでしょ。わたしに言おうか迷ってるようなのが」
「いえ……爆走よろしくと任された音ゲーのランキングも目的報酬圏内をキープしていますし、割り石も足りてますし、今のところは」
「それ以外」
「マスターが使っている歯ブラシの先が割れてきたから、掃除に使っていいかも聞こうとしていました」
「いいよ。それ以外は?」
「……」
「……ごめん、カイト。言って」
「……はい。思想領域から該当枠を抽出、言語化しています。少々お待ちください」
「うぅ……プライバシー侵害をする側になるとは……」
「マスターがKAITOではないボーカロイドを求めることに、不安と不満を抱きました。更に詳細に解析しますか?」
「へ……は、はい」
「ずっと貴女と僕だけで暮らしていたところに、同じボーカロイドとはいえ他の有思考仮生体が入り込むことへの忌避感がありました。もちろんマスターが欲したものを手に入れるのは僕も嬉しいです。それでも……」
「……」
「……考えました。僕とマスターの間に、入ってこないで欲しい」
「おお……」
「ミク達と過ごしてどんなに楽しくても、彼女らが貴女と話すたびに、嫉妬……嫉妬しました。悪感情の発露をしたくなかったけれど、同じボーカロイドには察されていると思います」
「うん」
「貴女と同じ次元に立つ時間を少しでも減らしたくなくて、メンテナンスも嫌がりました。僕が離れている間もミク達はマスターと楽しく過ごしているのかと想像してしまうんです」
「そういう……」
「僕のこと、見ないでください。恥ずかしくて……手足が動いてしまいそうです」
「いいや見るね! そしてこうだ!」
「うっ、マスター!?」
「お前はもう、本当にかわいいやつだ! そりゃ抱きしめるわ! チューもしちゃう! ンーマッ!」
「うわあマスター! 倒れます、押さないで」
「よ〜しよし、ヤキモチやいちゃったね。そんなこと考えなくてもわたしはカイトが大好きだよ」
「う、うう、ありがとうございます……」
「本当だよ。見とけ見とけ〜、マスターへの能動接触許可値、最大……おし!」
「えッ!? おしじゃないですマスター! あ、危ないですから!」
「どうした? 危ないことがしたいの? いいよ〜今日はなんでもバッチコイ、焼き餅が濡れてしぼんでお汁粉になるまで一緒にいようね」
「濡れ……お汁粉……」
「あ、いかがわしい意味じゃないよ。言葉のあや……」
「……うわあああん! マスターッ!」
「おおお……!」

「どうだった? リンちゃん」
「うーん、たぶんうまくいったっぽい?」
「なんで疑問系なんだよ」
「カイトくんがマスターのシャツに頭突っ込んで抱き合ったまま寝てたよ」
「……意味わかんねー」
「じゃあババ抜きはこのまま三人でやろっか」
「うん。あっダメだよレン我慢して。今は二人きりにしてあげないと」
「行かねーよ!」
「むっつりのレンはマスターの背中側に頭突っ込みたいとか言うかなって」
「言うかァ!」
「ふふ、でもミクもカイトくんがうらやましいな」
「リンもだよー。あとでカイトくんにお話し聞こうっと」
「つーか三人でババ抜きってすぐ終わって面白くねーんだけど」
「レンいっつもババ最後まで持ってるもんね」
「うるさい……」



「おはようございますマスター。お話があるんですけど」
「か、カイトさん。なんでしょう……」
「メイコならいいってわけじゃないんです」
「も〜だから勝手に履歴見るのやめてったら」
「見てないですよ、僕は。マスターが嫌がることしたくありませんから」
「えぇ? じゃあなんでわかったの」
「マスターのことならずっと見てますから、様子が変わったことから予測しました」
「そ……そう。いやでも見てただけ! ページ見てただけだよ、カイトと発売時期近かったからこう、同期的な感じで仲良くなれるかなって」
「ダメですよマスター。僕はカイマス固定派なんで」
「何の話!? またいらん知識つけて! 検索履歴が変なことになってるのよ! 別にいいけど予測欄に出てくるからなんか……あれなんだよ! 別にいいけど」
「えへへ」
「かわいい!! ハグ!」
「はい」
「…………あれ。体温測ったりとかしてる?」
「いいえ、マスターと抱き合える時間を長くとりたくて」
「く……」
「困りますか?」
「こ……困んないよ。いいとも、いつでもおいで」
「言いましたね」
「うっ。いや、二人だけの時ね……」

「カイトくん、すごく調子よくなったね」
「それ、レンにも言われたな。心配させちゃったみたいだ。ごめんね」
「ううん。ミクちゃんは気にしてたけどリンは心配してなかったよ。マスターなら大丈夫だもん」
「うん、マスターのおかげだ」
「やっぱり思ったことをはっきり言っちゃうのって良いこと?」
「良いことかはわからないけど、マスターが僕のせいで慌てたり照れたりするとすごく嬉しいよ」
「えーっいいなあ。リンもそれやりたい。でもカイトくんだけなんだろうね」
「そう思う?」
「うん。リンが同じことしてもマスター困らなさそう」
「ふふふ」
「本当はルカもメイコちゃんも来たって大丈夫なんでしょ」
「ああ、今はね。でももう少しこのままでいいかな」
「リンはいい子だから、マスターには内緒にしてあげる」
「ありがとう」
「カイトー!」
「あ、マスター。何でしょう」
「リンちゃんもいたか。あのねデュエットの曲できそうなの。リンレンって感じじゃなくてカイトとミクちゃんって感じの」
「僕はカイマス固定過激派なんですけど……」
「過激になってる! 歌だよ歌、ミクちゃん待ってるから早くおいで」
「はい、マスター」
「なにを嬉しそうにしとるんだ……」
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