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研修旅行最終日の朝、誰よりも早く起きて洗面所を占領し、ヘアセットしている奴がいた。言わずもがな健弘である。


「ふぁ〜あ…おはよう健弘、早いな。」

「おう、おはよ。眠そうだな。」

「うん。お前は朝から張り切ってんな。」


歯ブラシを手に持ち、歯磨き粉を付けようとしていた俺の髪に手を伸ばして、健弘がファサファサと俺の髪を触ってきた。


朝っぱらから抵抗する元気もなく、何をしてるんだと鏡越しに健弘の手の動きを眺めていたら、どうやら健弘の手にはワックスがついていたようで俺の髪を勝手にセットしている。


「ちょいこっち向いて。」


シャカシャカと歯を磨きながら、言われた通りに健弘の方を向いたら、健弘はまじまじと俺の顔を見上げて今度は俺の前髪をセットし始めた。


「おっ、いいじゃ〜ん。」


満足げな健弘が俺の髪から手を離すと、ペッと歯磨き粉を吐き出して水で口の中を濯ぐ。


タオルで口元を拭きながら洗面所を出ると、服を着替えていた同じ部屋のクラスメイトに「なんか七宮の髪型がセットされてる」と笑いながら突っ込まれてしまった。

笑うなよ。健弘に勝手にやられただけなのに最終日で張り切ってる奴みたいになっている。


しかし、「こいつにやられた。」って髪型ばちばちにキメている健弘を指差しながら言えば、「え〜いいな〜俺もやってほしい。」ってそいつはちょっと羨ましそうにしていた。


同じ部屋の人全員の身支度が終わったのを確認すると、みんなで昨日と同じ朝食の会場へ足を運んだ。

朝から美ら海水族館へ行くためにそこそこ長い時間バスに乗っていなければいけないようなので、朝食の量はほどほどで我慢する。


昨日は白ご飯と味噌汁を食べたから今日はパンとスープにしようかと思い選んだパンを手に持って齧っていたら、真桜とタカがおぼんを持って歩いてくる姿が見えた。

口の中にパンが入っていたから、もぐもぐと口を動かしながら手を高く伸ばして振ってみる。

先に気付いてくれたのはタカで、そのあとタカに呼びかけられた真桜がこっちを向いてくれた。

その瞬間に、パッと満面に広がる真桜の笑顔。かわいいなぁ。このあとずっと真桜と居られると思うと早く水族館に行きたくなってきた。


「えっ柚瑠髪かっこいい!」

「俺がやってやったんだよ。」


すぐに真桜が俺の髪に反応し、べた褒めされてしまった。この場でそんなふうに褒めるのはやめてくれ。また誰かにイチャついてるとか思われたらどうするんだ。


俺は真桜の声に無反応で居ると、隣に座る健弘がドヤ顔で口を挟んでくる。そうだ、こいつが勝手にやったんだ。

健弘を横目にまたもぐ、と俺はパンに齧り付いたが、真桜はドヤ顔な健弘の言葉もスルーしてにこにこしながら俺を見つめてくるのだった。


3日目楽しみにしてたもんな。一緒に行った本屋で沖縄の観光本立ち読みしてここ行きたいこれ食べたいって少し予定なんかも立てたくらいだ。

今日の真桜は、顔を見ただけで朝からすごい元気いっぱいなのが伝わってくる。

「また後でな。」ってひらりと手を振りながら言うと、真桜は元気に「うん!」と頷き、タカと共に歩いて行った。



「うわっ…」

「……うわってお前…。」


朝食後、ホテルを出る準備をしてからクラスの集合場所へ行くと、今日初めて顔を合わせたトモがまるで嫌なものを見るような目で俺を見ながらそんな声を出してきた。


「髪の毛どうしたの。」

「ああ…これか。健弘にやられた。」


別に今日は真桜と一緒だから張り切ってるわけじゃねえぞ。…ってちょっと言い訳をしたい気持ちで答えると、トモはぶっきらぼうに「へ〜。」と言いながら俺を見上げてくるだけだった。


なんとなくトモの態度には棘を感じて「お前ちょっと冷たいぞ。」ってトモが持っているショルダーバッグの紐をグイッと引っ張りながら文句を言ったら、トモは急に笑顔になって、とぼけるように「え〜?」と聞き返してきた。


いつもトモは『高野くんかっこいいかっこいい』とはしゃいでいたから、そんなトモからしたら俺の存在は気に食わないのだろう。まあ、それは分かる。

でも、今まで普通に仲良くしてたのにいきなりそんな棘がある態度を見せるのはやめてくれ、さすがにちょっと凹むから。って、トモのご機嫌取りをするかのように無意識にトモの鞄を掴んだり頭に手を置いたりしながら話しかけていたら、それが逆に不自然だったようで今度は美亜ちゃんにチラチラと視線を向けられてしまった。


まるで墓穴を掘っているような自分の行動に気付き、そっとトモから手を離した。

トモの頭の高さが手を置きやすい位置にあるのが悪い。


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