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【 研修旅行最終日 】


朝起きて歯を磨いていたら、俺の隣に立ってピアスをつけ始める高野。それから鏡に映る自分の顔をジッと見つめて、髪型をササッと整え始めた。

昨日もこんな光景を見た。鏡に写る高野はイケメンで、そんなイケメン顔を本人がじっくり見ているもんだから『実はナルシストなのか?』と高野のイメージが少し変わりそうになる。

けれども暫く観察を続けていたらどうやらそういうわけでは無さそうだ。


「あっ」

「ん?」


何かに気付いて、高野は手に水を付ける。その手でまた髪を触って押し付け始めた。


「寝癖?」

「うん、まだ残ってた。」


必死に寝癖を直している。イケメン顔を眺めていたのではなくて、こいつは“ダメなところ”を必死に直そうとしていたのだ。ナルシストとは真逆で、自分に自信が無さすぎる男。どう見てもイケメンなくせして、それがこいつの本性だ。

でもその後いじいじとピアスを触りながらやっぱりまた自分の顔を見ている。ほらな、やっぱナルシストみたいだ。何も知らない奴が高野のこの姿を見たら、そう思われても仕方ない。


「すげえ気合い入ってんな。」

「柚瑠とデートできるから。」

「…ああ、それでか。」


デートとか言うな。誰に聞かれてるか分かんねえだろうが。昨日トモと凪に高野との関係バレたっつって柚瑠のテンションがた落ちしてたんだぞ。お前柚瑠に嫌われても良いのかよ。目立つんだからちょっとは大人しくしろよ。


「柚瑠食べ歩きしたいんだって。」

「へえ。」

「楽しみ。」


聞いてもいないのにそんな話をして、隠しきれないわくわくした気持ちを顔に出しながら、高野は洗面所を出て行った。



「あーっタカと高野くんおはよー!!!」


7時を少し過ぎてから朝食の会場に向かっていると、数名の女子を引き連れた凪に出会した。

その瞬間にチラチラと女子から視線を向けられている相変わらずモテモテな高野だが、凪の姿を見た瞬間に高野は女子の表情も凍りそうなくらい冷たい態度で「お前今日もその恰好なわけ?」と凪の服装をディスった。


『その恰好』って…お前が大好きな柚瑠も沖縄来てからずっと凪と似たような恰好なんだが???

つまりバスパンにTシャツ姿なわけだが、寝間着のまま朝飯の時だけその服装で出てきただけの可能性もある。


フォローというわけではないが「朝飯食ったら着替えるだろ?」と俺は口を挟んでみるが、凪はあっけらかんとした顔で「え?このまま美ら海水族館行くけど?」と答えた。


「まじか。お前と柚瑠くらいだぞ、沖縄でバスパン穿いてるやつ。」


…………あ、分かった。だから高野、柚瑠と凪がなんかちょっとペアルックみたいで嫌なんだ。

そして凪も、俺の発言にピン!と閃いたかようにハッとした顔をして口に手を当てた。


「…なるほどね。」

「…俺お前嫌い。」


凪の反応に、高野はすぐにツンとした態度でそっぽ向いて朝食の会場の方へ歩き始めた。


「お前高野にめっちゃ嫌われてんじゃん。」

「…いいの。嫌われてるくらいが私には丁度良いの。」


自分に言い聞かせるように凪は仁王立ちで腕を組みながら「うんうん。」と頷いている。それはあれか?優しいと高野に惚れてしまうからか?


「まじで何しても可愛いよね、高野くん。」

「は?」

「あ、ほら、タカのこと待ってるよ。早く行ってあげて。」


先に行ったと思ったら朝飯の会場の入り口で立ち止まって振り返っている高野の姿を見て、凪がポンポンと俺の肩を叩いてきた。

俺が入り口まで歩いてきたら、高野は俺と一緒に中へ入っていく。

柚瑠もよく言ってるけど、凪まで高野のことを『可愛い』と言っていて、俺は理解に苦しむのだった。





昨日、柚瑠と真桜、二人に関する衝撃の事実を知った凪は、自分の目はただの節穴では無かったと自画自賛した。


自分の目がイカれていて二人がイチャイチャして見えるだけかと思ってたけどやっぱりイチャイチャしてんじゃねーか。と、内心凪は二人に向かって愛ある暴言を吐きまくっていた。


昨日は真桜にボロクソ言われてしまった凪。


『お前の思考はおかしい』『俺の許可なく勝手に柚瑠の気持ち想像してアテレコすんな』『俺の方が柚瑠のこと好きでいつも俺から柚瑠に迫ってる』


『はい。』『はい。』『すみませんでした。』『はい。』『もうしません。』…と、にやにやすることも許されない空気の中で真桜の不機嫌そうなイケメン顔を眺めながら謝ることしかできなかった凪。


『真桜、何喋ってるんだよ。』と柚瑠が口を挟んでくると、『あのバスパン女に文句言ってた。』と真桜は凪を指差した。


バッ…!バスパン女…、だと!?!?


確かに凪はこの高校生活で女を捨てていた。

捨ててはいたが、高野真桜の前では乙女なはずだった。

しかしいつの間にか、高野真桜の前ですら女を捨ててしまっていたらしい。挙句、自分のことをバスパン女呼ばわりされている。


『ふっ…、フッ、ククク…』


凪は笑わずにはいられなかった。


『おまっ、バスパン女て!!!』


見事なノリツッコミを入れた凪に真桜はドン引きだ。


『柚瑠、こいつイカれてる。』

『うん、凪は前からこういう奴だから。』

『柚瑠もうあっち行こ。』


女を捨て過ぎた結果、凪を見る真桜の目は地の底まで落ちてしまっていたのだった。


しかし凪は構わなかった。

何故なら、どんなに女の子らしく可愛い子が真桜を囲い、迫ったとしても、真桜の目には柚瑠しか映らない、柚瑠にしか興味がない、

…それは、凪にとってのユートピアだったからである。

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