12 トモの嘆き [ 44/50 ]

美亜、姫ちゃん、それから実はもう一人、同じクラスの子からも、私は柚瑠が気になるという相談を受けたことがある。


『七宮くんって彼女とかいる?』


彼女は居ない、好きな人も今は居なさそう、仲が良いなと思っていた吉川さん…改め星菜ちゃんもただ仲が良いだけの友人関係だった。


私が知ってる範囲で柚瑠のことを教えてあげていたが、蓋を開けてみると中身はとんでもない。


柚瑠は恋愛話に乗ってこないって男バスのみんな口を揃えて言うし、私も柚瑠はそういうの興味無いのだと思っていたけど、恋愛話に“乗ってこない”んじゃなくて、“乗れなかった”のだ。


実際は、“好きな人もいる”し、なんならこの感じだと柚瑠と高野くんは両想い。ということは、ちゃんと“付き合ってる人もいる”ということになる。

『イチャついてるように見える』と言っていた凪の発言も、まさにその通りだった。


ずっとクールに、ポーカーフェイスを装いながら、柚瑠は周りに好きな人を隠し続けていた。
私は、柚瑠の見方が一気に変わった。


柚瑠は、“人を欺くのが上手い”。

仮に浮気とかしたとしても柚瑠なら絶対にバレなさそうだ。


確かにそれは、周りに言えることではない。

言えることではないって分かるけど、私はその真実を知った時、ちょっとムカッとしてしまった。


『キャ〜高野くん見れた〜。』

『お前も手振ってやれよ。』


昨日、ガマに入った帰りに高野くんとすれ違った時、柚瑠とした会話を私は思い出した。


『お前も手振ってやれよ。』…って!!何をクールに言ってんだ!!あんた何様なんだ。彼氏様ってか!?

高野くんの姿を見れただけで喜んでいる私に、両想いのお前が言うなよ!って、私は言ってやりたくなった。


あーあ、美亜はまだ柚瑠のことが好きなのにな。

昨日ガマで柚瑠が優しくしてくれて嬉しかった、頼りになった、かっこよかった、って話していた美亜を思うと胸が痛い。

好きな人いるのなら優しくするのやめてあげてほしい。…いや、別に誑かすために優しくしているわけでは無いんだろうけど。

柚瑠がいつまでも好きな人いない風に装ってるからずっと諦めきれないし、期待だってしてしまうんだよ。


私の中で“良いやつ”だった柚瑠が、一気に“悪い男”に見えてきてしまった。


でも本当は私だってちゃんと分かっている。

“見えてきた”ってだけでほんとに悪い男だなんて思ってない。

この真実が簡単に話せることだったら、柚瑠だって好きな人をわざわざ周りに隠すこともしないはずだ。


分かっているから、別に本気でムカッとしているわけでは無くて、ちょっと八つ当たりするみたいに私は『柚瑠わっるい男だなぁ。』って言ってやったのだ。


でもその後はズボンが濡れてしまった私に「ズボン渇いた?」って心配してくれたり、「タオル使うか?」って聞いてくれたりする優しくて良い奴な柚瑠。

あ〜あ、これを素でやってるからうっかり柚瑠に惚れる子もいるんだよ。多分、これからも。“好きな人がいない柚瑠を”好きになる子が出てくるかもしれない。って考えたら、やっぱり私は、柚瑠が悪い男に見えてしまった。



「なんなんだよさっきからその冷ややかな目は。」

「あ〜あ、知らぬが仏って言葉がぴったりだわ。」


そんな言葉を持ち出してきた私の言いたいことが分かったのか、柚瑠は気まずそうな顔をして下を向いた。


ちょっと困ったようにぽりぽりと首筋を掻きながら、小さな声で「ごめん」と謝ってくる。なにに対しての謝罪だろう。

「なにが?」って聞いたら、柚瑠も自分でも分からないようで困惑しながら首を傾げた。

まあ私の態度がツンケンしてて悪かったから謝るしかなかったんだろう。私も大人気がなかったな。


「私も高野くんに好かれる人生歩んでみた〜い。」


これは、ちょっと空気を変えようと思って言った戯言だったけど、柚瑠はにこりとも笑わなかった。

後ろめたさとかあるのかな。それとも私の発言が不快だっただろうか。さっき凪に冷やかされるの嫌みたいなこと言ってたよね。別に冷やかしたつもりはまったくないんだけどな。


「おいおい、そこは羨ましいだろ〜くらい返しなよ。」

「…んん。」


柚瑠は返事に困ったようにただ相槌を打つだけ。調子が狂うな。いつもはわりとズバズバ言ってくる方なのに。もしかして『悪い男』とか言われたの気にしてる?


「柚瑠はちょっと図々しいくらいが丁度良いんじゃない?なんかさ、結構いろいろ考えすぎちゃう性格でしょ。」

「…えぇ?…あー…そうか?」


歯切れ悪い返事をしながら、そこで柚瑠は苦笑いにも近い表情だけどちょっと笑った。


「ちょっと前さ、姫ちゃんとリサちゃんが揉めてた時姫ちゃんが傷付かないように柚瑠結構気ぃ使ってたでしょ。姫ちゃんが多分七宮先輩に気を遣わせてるって話してたよ。」

「…あー…別に姫ちゃんに気を使ってたとかではなくて、俺は自分の話になるのが嫌だっただけだから…。」


柚瑠はボソボソと低い声でそう言って、下を向く。


『考えすぎちゃう性格』とは私が自分で言ってみたものの、同じバスケ部、同じクラスだけどこんな憔悴した感じの柚瑠を見たのは初めてで、実際私は全然柚瑠のことを知らなかったようで、ほんとにいろいろ考えすぎてるんだろうなぁと私は改めてそう思い直した。


随分柚瑠と話し込んでしまったが今はまだ海釣りの時間で、私はいまだに濡れたズボンを乾かしている最中だ。

チラッと凪の方を見れば、あの子はあの子で高野くんとなにやら真面目な顔をして話している。何の話をしてるんだ。


「まあ、秘密があると大変だね。結構周りに嘘ばっか重ねなきゃなんないでしょ。」

「…うん。」

「でもそれが必要な嘘なら仕方ないと思うよ。さっき悪い男とか言ってごめんね、本気で言ってるわけじゃないから許して。」

「…え、…あ、うん。」


相変わらず歯切れが悪い反応だ。
いい加減元に戻ってくれないかな、ほんとに調子狂うんだけど。


「もしかして私と凪に知られて結構ダメージ受けてる?」

「…いや、なんかそわそわする。」

「ふっ、なんじゃそりゃ。心配事増えた?」

「うん。」

「おい、はっきり頷くな!」


別に言いふらしたりする気はないけど、そういう心配だろうなぁ。と柚瑠の気持ちを察しながらベシッと柚瑠の背中を叩いたら、ようやく柚瑠の表情には明るい笑みが浮かんだ。


あーこれで私も美亜に隠し事ができちゃった。

たったそれだけのことで胸がちょっとだけ痛い。

それを柚瑠は周りのいろんな人にしてるんだから、もっと胸の痛みは大きいはずだ。


いつもご飯食べてばっかとか、眠そうとか、柚瑠はそんな平和なイメージだったのに。

そういう人でも、実は人に言えない悩みとかをたくさん抱えてるんだなぁ…と、私はしみじみと思うのだった。


トモの嘆き おわり


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