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午後からの海釣り体験では、浅瀬に入るために穿いていた長ズボンの裾を膝下まで捲り上げた。

同じく俺の横で裾を捲り上げているタカは、「俺もバスパン穿いてくれば良かった…」と邪魔くさそうにしながらぶつぶつぼやいている。

一人一本貸し出される釣竿を持ち、マリンシューズを履いて浅瀬に入る準備をしている人々の光景を見渡し、俺は柚瑠の姿を探す。


すぐに少し離れた場所で同じ班の人たちと話している柚瑠の姿を見つけて、ゆっくりと柚瑠の方へ歩み寄った。


柚瑠は足首が見えている膝下丈のバスパンを穿いていたけど、ズボンが濡れないように警戒しているのかさらに太腿あたりまで裾を捲り上げようとしていた。


「あ〜クソッ、裾落ちてくる。」


けれど捲り上げた裾がスルリと落ちてくるため、手こずっていた柚瑠の目の前まで辿り着き、俺は柚瑠の腰に手を伸ばした。


「腰ゴム折って短くしたら?」


いきなり俺が現れて腰を触ったもんだから、柚瑠が驚いて声を上げる。


「ぅおいっ!!!」


それでも俺は手を離さず、柚瑠が穿いているバスパンの腰ゴム部分を持ってクルクルと数回折ってみると「自分でやるって」と恥ずかしそうにされてしまった。


「…だってこっち来てから全然柚瑠に触れねーんだもん…。」


ボソッと小声で不満を口にすると、柚瑠はふっと優しい笑みを浮かべながらチラリと目を合わせてくる。


ああキスしたいキスしたいキスしたい。


しかしそんな欲望は勿論こんなところで叶えられるはずもなく。グッと我慢していると、柚瑠の手が俺の髪に伸びてきた。


「俺だって同じこと思ってるよ。」


周りには聞こえないような小さな声でそう言いながら、クシャッと俺の髪を撫でてくれた柚瑠。すぐにその手は離れていったけど、その瞬間一気に気持ちが満たされた。





「ダーンダーダダーンダーダダーンダーダダーン!ダァーンダーダダァーンダーダダァーダーダダァァァー!」


海釣り体験の準備中、ダースベイダーのテーマ曲を口ずさみながら凪が釣り竿を片手にこっちに向かって歩いてきた。テンションたっか。

バスパンの裾を捲り上げ、両足の太腿あたりに二箇所、ヘアゴムでバスパンの裾を縛っていて生足を剥き出しにしている。さらにTシャツの袖も肩まで捲り上げ、やる気満々の凪のスタイルに私は笑いながら目を向ける。

しかし凪は私の方を見る事なく、視線をどこかまっすぐ一直線に向けたまま私の隣で立ち止まり、ダースベイダーのテーマ曲を歌うのをやめた。


凪の視線の先を追うように目を動かすと、そこには柚瑠と高野くんがいた。

それも高野くんが柚瑠の腰を掴んで何かしているよく分からない状況だった。


「あれはなにをしているんだい?」


凪の眉間には深い皺が寄っていた。


「…さあ?腰ゴムんとこ折ってる?」


すぐに柚瑠は高野くんの手から逃げるように一歩下がった。何を話しているのかまでは分からないけど二人は何か会話をしながら見つめ合っている。


「柚瑠が全然構ってくれねえから……。

あとでな?あ・と・で。今晩楽しみにしとけよ。」


息を吐くように凪が二人のアテレコをしているのはいつものことだ。近くでそれを聞いていた星菜ちゃんと富岡くんにまたクスッと笑われている。

私は凪と一緒に柚瑠と高野くんの方をずっと見ていたら、柚瑠は一瞬だけ高野くんの髪を撫でた。その行動には、アテレコしたくなる凪の気持ちも少し分かる気がする。


「今日のゆずまおも健在じゃん?」


凪の眉間にはまだ深い皺が寄っていた。それは多分、顰め面をしておかないとニヤニヤと顔がにやけてしまうからだ。


「一瞬まおゆずの可能性感じて焦っちゃったけど。」

「凪ちゃんまおゆずじゃダメなの?」


星菜ちゃんは凪の発言にそんな疑問を口にした。そもそも私はまおゆずとかゆずまおとか何が違うのかよく分からないのに星菜ちゃんすごい。


「ダメっていうか私の中でもうイメージ固まっちゃってるんだよね。タカと一緒にいる時はツンデレでタカまおって感じだし高野くん右固定ってやつ?」

「…へ〜、なるほど。なんかよくわかんないけど…。」


凪の返事に星菜ちゃんは首を傾げながら「ふふふ…」と笑っていた。


周りの人たちが浅瀬に足を付け始めた頃、柚瑠も高野くんと一緒に浅瀬に入り始める。それにつられるように、私たちも浅瀬へゆっくりと足を付ける。


「真桜転けるなよ。」という高野くんを気遣う柚瑠の生の声が聞こえてきて、凪が「キ〜タキタキタキタァ!!!」とうるさすぎる声を出した。


そして「ぶふっ…」と星菜ちゃんが吹き出した瞬間、柚瑠と高野くんの視線がこちらに向けられてしまった。あーあ、もう凪のバカ。


途端にスッ、と釣り竿を海に向け、何事も無かったかのように真顔になり知らんぷりをする凪だが柚瑠にはもうバレバレのようだ。


「おい凪ッ!!!!!」


キッ、と凪を睨みつけて凪を怒鳴りつけてきた柚瑠に、凪は「うん??柚瑠どしたぁ??」とにっこり笑顔を柚瑠に向ける。


もう柚瑠と高野くんのことを私たちが窺っていたことは完全にバレていて、柚瑠が怒ってくるのもしょうがないことだけど、柚瑠が怒っているその隣では高野くんまでムッとした顔をして凪のことを睨み付けていた。


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