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「柚瑠先輩おつかれ様でーす!」

「あーうん、おつかれー。」


部活後体育館から部室に向かって歩いていると、前から歩いてきたリサちゃんに声をかけられた。


俺が返事をした後、隣にいたタカがリサちゃんが去っていったのを確認して、「俺には挨拶ねえの?」と自分を指差している。

ここは笑いたいところだが、「…無くていいと思う。」と苦笑した。あの子に関わるとろくなことが無さそうだ。


あのファーストフード店で会った日以降、あの子はやたら俺にフレンドリーに接してくる。同じテンションで返すのがしんどくて、話した後は顔が引き攣ってしまう。


「この前高野に冷たい態度取られて、それを柚瑠が庇ったから優しくしてもらえてると思ってんのかな?」

「さあ…わからん。裏で真桜のこと悪く言ってなきゃいいけど…。」

「寧ろ高野があのブスとか言ってあの子の悪口言ってたぞ。」

「はぁ?まじで?それやめさせろよ。」

「柚瑠が言わなきゃ聞かねえって。」


そう言えば真桜は1年の時、吉川にもキツイことを言っていたのをふと思い出した。気に入らない相手には女子相手でも容赦なさすぎる。

普段は物静かな分、いきなりキツイ態度を取られたらびっくりしてしまうだろうな。


「つーか俺高野にデブとか言われたことあるけどあいつ普通に口悪くね?しかも俺デブじゃねえし。」

「食いすぎって言いたいだけだろ。相手がタカだからからかってるんだって。」

「どうせあいつ俺のことただの大食いだと思ってんだぜ。飯食ってる時の目まじ引いてんもん。」

「ふふっ…それは否定できんわ。」


あいつあいつ、ってタカだって真桜のこと結構罵ってるけどな。俺としては、二人が仲良くなった証拠だと思う。


リサちゃんの話からいつのまにか真桜の話になり、俺はタカが言う真桜の話がおもしろくて笑いながら鞄を取りに行くために部室に入ると、すでに部室の中には後輩が何人か喋りながらシャツを着替えたり帰る準備をしていた。


「そういや今日女子から聞いたけど、リサってお前のこと好きらしいぞ。」

「えぇ…、俺…?」

「でもお前姫井のこと好きじゃん?だからリサが姫井のこと敵視してるって女子がコソコソ喋ってんの聞いた。」


うわ…、こいつえぐい話してるな。

まさかのリサちゃんの好きな人を本人にバラしている瞬間のような会話を耳にしてしまい、『おいおい…』と後輩に呆れた目を向けてしまった。

俺と同じくタカにも聞こえたようで、タカはどうでも良さそうに俺の隣でフッと小さく笑っている。


リサちゃんの好きな人の話なんてどうでも良いのは俺だって同じだったけど、人の好きな人を勝手にばらす奴の神経は理解できない。


「おい健太、そういう話は勝手にベラベラ喋るなよ。」

「うわっ柚瑠先輩…!居たんすか!」

「そりゃ居るわ!」


背後から軽く注意したつもりが、まさか後ろに俺が居るとは思わなかったようで、後輩の健太は飛び跳ねるように振り向いた。


「やっべ、俺今何の話してたっけ?」

「…え、リサが俺のこと好きって話…?」

「あっそれだ!」


健太は俺の顔を見て焦るようにボケたことを口にしている。横にいたもう一人の後輩、純(じゅん)に自分が言っていたことを聞いているがそろそろ勘弁してやれ。


「お前なぁ。純が困ってるだろーが。」


ピン!と健太の額にデコピンしながらそう言うと、健太は「いてっ!」と声を上げながら額を押さえた。


「いてえっすよ〜せんぱぁい!!」


痛がっている健太の隣で、純が俺の顔を見て何故か「はぁ…。」とため息を吐いている。


「なんだよ?」

「…そういうとこっすよね…。」

「はあ?なにが?」


健太に軽く注意しただけで、純にため息を吐かれるようなことだったか?と首を傾げると、純は「…あ、いえ…。見習いたいと思います…。」としょんぼりとした態度で俺から目を逸らした。


「こいつ傷心してるんすよ…わかってやってくださいね…。」


健太はそんな純の肩を、わざとらしく泣き真似しながらポンポンと叩いた。お前は少しやんちゃすぎだ。


純が落ち込んでいる理由はいまいちよく分からなかったが、その後健太がコソコソと純に「姫井の好みがよく分かるな。」と耳打ちしている内容が聞こえてしまい、察してしまった。


そうだ、純は前から姫ちゃんのことが好きそうだなと感じていたけど、やっぱりそうだったんだな。


…なるほどなぁ。リサちゃん、純、姫ちゃん…バスケ部1年の恋愛やたらもつれてるな。

こりゃ周りは面白くて仕方ないんだろうな。

健太なんかいつも姫ちゃんにニヤニヤした顔で絡みに行ってたし。


「はぁ…。なんかいろいろ察したわ。」


鞄を持って部室を出た後にぼやいた俺の独り言に対して、「え?」とタカが反応する。


「リサちゃんって姫ちゃんへの当て付けに俺に絡んできてんじゃねえの?」

「…あ、…やっぱさすがにもう気付いてるよな。」

「え?なにが?」

「…姫井さんの好きな人。」

「…あ、うん。」


あ、そうだった。姫ちゃんの気持ちに気付いてないフリをしているのを忘れて普通にタカに喋ってしまった。


タカの言葉に呆気なく頷くと、タカは無言で苦笑している。


今日は中庭のベンチに真桜たちの姿は無く、タカと二人で駐輪場へ行き、まっすぐ家に帰宅する。


「ぶっちゃけ柚瑠どう思ってんの?」


チャリを漕ぎながらタカから問いかけられ、「姫ちゃんのこと?」と聞き返した。


「うん。正直満更でもないだろ。」

「はあ?お前俺が可愛い子に好かれて喜んでるとでも思ってんのかよ。」

「…や、…ごめん言ってみただけだって。…怒んなよ。」


口調と顔が怒っているように見えたのか、タカがすぐに謝ってきた。別に怒ってるわけではないけど、“満更でもない”というのは悪いけどNOだ。


「姫ちゃんみたいな子が俺を好きだったら周りが興味津々で俺の気持ち聞いてきたりするだろ。そういうのは勘弁してほしいんだよ。」

「…ごめん。」


…あぁ、お前も今『どう思ってんの?』って聞いてきたもんな。まあタカだから許してやるよ。


「俺は真桜とのこと誰にも言うつもりないし、誰かに好きな人とか聞かれても“いない”って嘘つくし、もし姫ちゃんが告白してきてくれたとしても“ごめん”って理由も言えずに断るしかないし、そういうの結構しんどいんだよ。」


俺は今まで知らず知らずのうちに溜まっていた苦悩を吐き出すかのように、ベラベラとタカに話してしまった。しかしタカは、静かに相槌を打って話を聞いてくれている。


「…姫ちゃんは確かに俺には勿体無いくらい可愛くて良い子だけどさ、俺今はほんとに、そんな子でも眼中にないくらい真桜のこと好きなんだよ。」

「高野が聞いたら泣いて喜びそうだな。」


俺の言葉にフッと小さく笑ったタカに、俺もクスリと笑い返した。


「可愛いよな。あいつなんであんな可愛いんだろ。」

「それはちょっと理解できねーけど。」

「なんでだよ。すげー可愛いだろーが。」

「そう思うのは多分柚瑠だけだと思う。」

「はあ〜???」


いつの間にか人には言えない惚気話も口にしていて、タカは始終首を傾げながらも、相槌を打ちながら俺の話を聞いてくれていた。


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