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「あれ〜?びっくりした先輩たちだぁ。」


2個目のバーガーを食べようとしていたところで、また俺の背後から俺たちの方に向けられた女子の声が聞こえてきた。

次から次へと今度は誰だ?と思いながらバーガーに齧り付いていたが、…いや待てよ?この声には聞き覚えがありすぎる。

俺はそれに気付いた瞬間、振り向きたくない衝動に駆られてしまい、関わりたく無い、早くここを通り過ぎてくれ、と願いながらガブガブとバーガーを齧る。


しかしこの子を前にして、そんなに事が上手く進むわけが無かった。


「おー、みっちゃんとリサちゃんもそれ食べに来たのー?」

「はい!なんかさっきその話しで盛り上がってたの聞いて食べたくなっちゃいました!」

「あはは、私もー。」

「ですよねー。先輩たち楽しそう!私たちも混ぜてくださいよ〜!」


みっちゃんと呼ばれた子とトモがバーガーについての話をし始め、その次に俺と真桜の背後に立っていたリサと呼ばれている子がそんなことを口にした。


でも混ぜてくださいって言われてもな。

俺たちの両隣のテーブルはもう他の客で埋まってるし、まさかソファー席を詰めろとでも言う気か?などと思っていたら、今まで俺の隣で静かにポテトを食っていた真桜が、睨み付けるような目をチラ、とその子に向けながら、やたら不機嫌そうな低い声で言葉を発した。


「…座るとこねえの見たらわかんだろ。」


まるで聞き間違いかと思ってしまうほど冷淡な態度でサラッと吐いた真桜の発言に、俺やトモ、それに俺の隣に座る女バスの友人の顔が引き攣るようにピシッと固まる。


おい真桜!?!?お前こいつにそんなこと言ったらすぐ性悪認定されるぞ!!!!!と、心の中で悲鳴を上げる。

案の定その子は、驚き固まるように黙って真桜のことを見下ろした。まさか真桜にそんな態度を取られるとは思いもしなかったのだろう。


焦った俺は咄嗟に振り返り、「ごめんごめん!」と今日二度目のその子に向けての愛想笑いを浮かべながら謝罪の言葉を口にする。

真桜のことを悪く言われるのは、自分が悪く言われるよりももっと嫌だ。


「あっ!てか俺らが向こう行く?女バスで固まって座りたいよな?」


焦りでベラベラと口が勝手に動いて、良い人ぶってそう言ってるけど、ただ俺がこの場から逃げたいだけだ。


けれどリサちゃんと呼ばれた子は、「あ、大丈夫です。柚瑠先輩に気を使わせてしまってすみません。」とにこりと愛想が良い笑みを見せながら逆に謝ってきた。


そしてその子が俺の後ろを通過し、歩き出したと思ったら、姫ちゃんに向かって一言、「千春、良かったね。」と笑顔で言いながら去って行った。

何が“良かった”のかは、なんとなく分かってしまったような、でも俺が分からなくて良いことのような気がする。

姫ちゃんはリサと呼ばれる子の言葉にはまったく反応せず、無言でそっぽ向いていた。


なんだか微妙な空気になってしまった俺たちのテーブルで、トモたちも暫く何も喋れずに居る中、真桜が去っていったあの子にまで微妙に聞こえてしまいそうなボリュームでぺらっと口を開いた。


「あいつ性格悪そうだよな。」

「おい真桜っ!やめろって聞こえるだろ!?」


だから頼むから、めんどくさそうなあの子に喧嘩を売るのはやめろよ!という思いで真桜に言うが、真桜は無言でミルクティーのストローを咥えてフンとそっぽ向いてしまった。


「なんだなんだ?高野様が急に女子に喧嘩売ってやがる。」

「まじでヒヤヒヤするから勘弁してくれよ…。俺あの子苦手なんだよ…。」


はぁ…とため息混じりに俺がボソッとぼやいた直後、姫ちゃんがジッと俺の方へ何か言いたそうに視線を向けてきた。

そして、「あの、七宮先輩…、」と徐に声をかけられる。


「…ん?」

「この前リサが言ってたことなら、先輩が気にする必要ないですから。」


俺をまっすぐ見てそう言ってくれる姫ちゃんの言葉に、そう言えば以前体育館での部活前に、あの子に性格が悪いと言われていた時、姫ちゃんにも聞かれてしまっていたのを思い出した。


「先輩が優しくて良い人なのは、話せばすぐに分かることです。高野先輩の言う通りですよ、性格悪いのはあっちなんで。」


少し恥ずかしそうに頬を赤くしているのに、はっきりした口調で俺にそんなことを言ってくれる姫ちゃん。

あーもう、隣に真桜がいるっていうのに、俺は姫ちゃんからの言葉が素直に嬉しくて、俺まで恥ずかしくなってきて、顔が赤くなってそうで、顔を伏せながらこくっと頷いた。


「…ん…、サンキュー。」

「あれ〜?柚瑠照れてんの〜?」

「は?照れてねえわ!うるせえな!!」


クソッ、トモのやつ余計なことを。

さらにジワジワと顔が赤くなってそうな俺は、真桜のジッと突き刺さるような目線を隣から感じて、暫く横を向けなかった。



タカが全部食べ終わったのを確認すると、俺は早急にそろそろ帰ろうと促した。すると、女バスのみんなまで「それじゃあ私たちももう帰ろうか」と席から立ち上がり、みんなで店内から出ることに。


チャリのカゴに鞄を入れていると、姫ちゃんがチャリを押しながら歩み寄ってくる。


「七宮先輩は家どっちですか?」

「あー…俺はあっちだけど、」


でもこの流れなら、同じ方向の場合一緒に帰ることになりそうだ。

俺の隣でチャリに跨っている真桜からの視線を感じて横を見ると、サッと視線を逸らされた。


「あ、でもちょっとだけ真桜んち寄って帰るからこっちだ。」

「じゃあ逆ですね。おつかれ様でした!」

「うん、おつかれ。」


本当は寄って帰る気は無かったけど、咄嗟に嘘をつくと、姫ちゃんはお辞儀をしながらチャリをUターンさせる。


でもその後、姫ちゃんの視線がチラッと真桜の方に向けられた。


一瞬だけかと思いきや、なかなか真桜から逸れない視線。


ん…?どうした?と俺は姫ちゃんから真桜の方に視線を移すと、真桜がジッと静かに姫ちゃんのことを見つめている。


…おい、まさか姫ちゃんにまで喧嘩売る気じゃないだろうな…?とまた内心ヒヤヒヤしていたら、真桜は何故かいきなりふっと笑みを見せた。


「あいつ明日は俺のこと性格悪いって言ってるかな。」


突然口にした真桜の発言に、今度は姫ちゃんがクスッと声に出して笑った。


「言われてるかもしれませんね。高野先輩も気にする必要ないですよ。」

「うん、全然気にしてない。」

「ですよね。それじゃあ、お疲れ様でした!」


姫ちゃんは、真桜にもぺこりと頭を下げて、チャリを押しながら俺たちから背を向けた。


姫ちゃんが俺のことを好きなのだとしたら、真桜とはライバル関係になってしまうのに、真桜は俺が想像していたような不安や嫉妬する態度は見せず、「なんか、さっぱりしてて良い子だな。」と姫ちゃんのことを褒めている。


俺としては驚きの態度だったけど、俺が思ってたよりも真桜は不安な気持ちにはなってなかったってことかな。


「うん、姫ちゃん良い子だよな。」

「……でも柚瑠が好きなのは?」

「真桜。」


真桜の問いかけに即答すると、真桜は満足そうににっこりと笑った。

それでいいんだよ。真桜はもっと自分が俺に好かれているって自信を持っていてほしい。いくら姫ちゃんが可愛くて良い子でも、俺が好きなのは真桜なのだから。


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