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『柚瑠先輩が速いって千春が話してましたよー。』

『…ちはる?』

『あっ、姫井千春です!先輩よく千春と喋ってますよね。』

『…あぁ、姫ちゃんか。んー、そんなには…』


リサちゃんと柚瑠が珍しく穏やかな雰囲気で会話をしていたから、口を挟まずに様子を窺っていたら、突然リサちゃんの口から姫ちゃんの名前が聞こえてきて、私は咄嗟にリサちゃんを呼び付けた。


「何ですか?」とキョトンとした顔で私の隣に来たリサちゃんに、「…あんまりそういう話をするのは、…ね?」とみなまで言わずとも察して欲しくてそこまで言えば、「え?別に良くないですか?」と言われてしまった。


「ううん…、良くはないかな…。」


ほんとはこういうことも柚瑠がいるところでコソコソ話すのも良くないことだと思いつつ、リサちゃんが柚瑠に余計なことを言わないように阻止したかった。

この子はほっといたら何を仕出かすか分からないから。


その後柚瑠が「じゃあな」と私たちに一声かけて男バスの部室へ向かっていったあと、「なんか柚瑠先輩この前喋った時より優しそうな感じじゃなかった?」と喋っている後輩たち。


「リサちゃん柚瑠が眠い時に話しかけちゃったんじゃない?」

「あはは!もしかしたらそうかもですね!」


以前柚瑠のことを性格悪いとか冷たいとか言っていた後輩の早すぎる手のひら返しに、呆れて何も言えなかった。


相変わらずリサちゃんと姫ちゃんの間には確執があり、良くない雰囲気は続いている。二人とも気が強いものの、リサちゃんには陰険なところもあってか表向きではリサちゃんの味方をしている子が多い。

私たち2年は勿論姫ちゃんの味方だけど、それをリサちゃんに悟られてしまうのもまた少し厄介で、できるだけ中立の立場を装っている。


「おーい、そこ走って。練習始めるよー。」


準備もろくにせずにぺちゃくちゃと楽しそうに喋っていたリサちゃんたちに女バスのキャプテンが呼びかけると、リサちゃんからは「はーい!」と機嫌が良さそうな返事が返ってきた。


早くに体育館に来て準備をしてくれており、キャプテンの指示にも素早く従っている姫ちゃんは、苛立ったような態度でキツイ視線をリサちゃんに送っている。ちゃんとしている人間からすれば、苛立ってしまうのも無理はない。



「そういや私さっき柚瑠先輩と喋ったよ。なんかこの前喋った時より全然愛想良くてびっくりした!」

「リサ結構喋ってたよね。先輩リレー出るとか言ってなかった?」

「言ってた言ってた!短距離自信無さそうだったけど!私先輩のクラス応援しよー。」


休憩中に隣で男バスが練習している様子を眺めながら、あれだけ柚瑠のことを悪く言っていたらしいリサちゃんが、姫ちゃんにも聞こえる声で柚瑠と喋ったことを自慢げに話している。

柚瑠のことなんて興味もないくせに。これはさすがに姫ちゃんに喧嘩売っているのでは?

けれど姫ちゃんは聞こえているはずの声をまったく聞こえていないかのように知らんぷりして、ゴクゴクとスポドリを飲んでいる。

リサちゃんは姫ちゃんに嫉妬でもさせたかったのか、その思惑が外れてムッとした顔で姫ちゃんを睨み付けていた。



「あっち〜腹減ったなぁ。柚瑠なんか食って帰らねえ?」

「おう、いいよ。俺も腹減った。」

「最近発売したバーガー食いたい。」

「あの400円以上するやつか?」

「そう、それ。」

「美味そうだけど高すぎだろ。」

「でも一回食ってみたくね?」

「んー、まあな。」


練習が終わって部室に行こうとしている腹を空かせた大食いコンビが、さっそく食べ物の話をしている。


「あたし昨日食べたよ。普通に美味しくてハマりそうだからタカ食べない方がいいんじゃない?」

「まじ?」


たまたまタカの横を通りかかった女バスの友人が、タカと柚瑠の会話に口を挟んだ。


「確かにハマったらやばそうだな。1個400円のバーガー毎日食い出したら10日で4000円だぞ。親に怒られるわ。」


笑い混じりにそんな真面目なことを言ってる柚瑠の話を聞いていた私も、思わず釣られて笑ってしまう。


「え〜!でもやっぱ1回は食ってみてえよ!!」

「俺もこの前食ったぞ!クソ美味かったわ!」

「まじかよ!!!」

「1回は食っとけ食っとけ!!」


タカの声に引き寄せられるように、近くに居た男バス部員も一緒にバーガーの話題で盛り上がり始めた。


「うわー、タカの話聞いてたら私もお腹減ってきちゃったなぁ。」

「分かる。あたしも。」

「トモ先輩も食べて帰りますか?」

「うわっびっくりした!姫ちゃんいつの間に…」


いつの間にか私の隣に居た姫ちゃんが、にっこりと可愛く笑いながら私に話しかけてきた。


「ずっと先輩の近くに居ましたよ。」

「あー、うん。そうかそうか。姫ちゃん可愛いねえよしよし。」


近くで柚瑠のことを見てたんだな。と悟りながら、可愛い可愛い姫ちゃんの頭をぐりぐりと撫でて可愛がる。


美亜の好きな人と同じの姫ちゃんの恋の応援を心からはしてあげられないけれど、可愛い後輩と仲良くしたいのは当たり前のことだ。


柚瑠と同じクラスでそこそこ仲が良い方の私はまんまと姫ちゃんに利用されてそうな気もするが、「それじゃあ一緒に食べて帰ろっか。」と私が提案すると、「行きたいです!」と嬉しそうに頷く姫ちゃん。


「それじゃあ私も400円のバーガー食べようかな。」とか言いながら、姫ちゃんと姫ちゃんと仲良しな女バスの後輩と、そしてもう一人、お腹を空かせた女バス2年の友人の計4人で、恐らくこの後柚瑠とタカが行くであろうファーストフード店に行くことになった。


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