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【 柚瑠の敵は真桜の敵(始) 】


帰りのホームルームが終わったあと、教室を出ようとしていたところでトモに声をかけられた。


「柚瑠ー!今日男バスも中練だよねー。一緒に行こー。」

「おー。」


特に断る理由も無く、トモと一緒に教室を出て廊下を歩く。

6組の教室を通り掛けに覗くと真桜とタカがほうきを持って喋っている姿を目にする。どうやら二人は掃除当番らしい。サボってないで掃除しろよ。


「真桜ー。」

「あっ柚瑠だ、部活がんばれ。」

「おーサンキュー。タカさっさと掃除しろー。」


真桜の名前を呼んで手を振ると、真桜が振り向き手を振り返してくれた。完全に真桜を贔屓してタカにだけ厳しい声をかけながら6組の教室の前を通る。

俺の隣では「高野くんかっこいっ!」と真桜を見てはしゃいでいるトモ。

真桜を見てトモがはしゃいでいるのはいつものことなので、はいはいそうだなと聞き流しながら6組の教室を通り過ぎて廊下を曲がる。


その直後、「あ、トモ先輩こんにちは〜!」と背後からトモに向かって呼びかけている声が聞こえてきた。

俺は自分が呼びかけられているわけでもないのに、思わずビクッとしてしまった。

『トモ先輩』と呼ぶ人間が“=女バス1年”だと分かっているからだ。いつの間にか自分の中で、女バスの1年に対して苦手意識が芽生えていたらしい。


「お〜、リサちゃんみっちゃんこんにちは〜。」


トモに声をかけてきたのは二人。顔を見てないからどんな子か分からないが、できれば顔を合わせたくなくて俺は無言で階段を降りる。先に行ってもいいだろうか……


「てかさ、うちのクラス女子で一番足速いのが私ってリレー終わったんじゃない?」


……と思っていたら、トモに先程のホームルームで決めた体育祭の出場種目についての話題を振られてしまった。


「トモ50メートルのタイム何秒なんだ?」

「7秒6。」

「え、速くね?終わってはいないだろ。」

「でも2組の陸部の子7秒ジャストらしいよ。」

「それは速すぎ。」


7秒ジャストって、俺のタイムとあんまり変わらなくて笑ってしまった。

俺の笑いに釣られるように、「でしょ?」と言いながらトモも笑い出したところで「先輩たちなんの話してるんですかー?」と後ろから声をかけられる。


この声って多分…、俺のこと性格悪いとか言ってた子じゃなかったか?


「ん?体育祭のリレーの話だよー。」

「トモ先輩リレー出るんですかぁ?」

「そうそう、私のタイムクラスの女子の中で1番らしくてさぁ。」

「えっすごいじゃないですかぁ!」


トモにそう話しかけながらも、その子がちらっと俺の方を見てくる視線を感じて、居心地がとてつもなく悪い。


「トモ先輩と柚瑠先輩、同じクラスでしたっけー?」


…うわ、これは俺にも話を振られてるのか…?と様子を窺うようにチラリと少し振り返ると、その子とばっちり目が合ってしまった。


思わず愛想笑いをしながら会釈してしまい、下級生相手にびびってる自分にドン引きだ。だって少し態度を誤っただけで影で何言われるか分からない。


けれどその愛想笑いが功を成したのか、その子は俺相手にも関わらずにっこりと愛想の良い笑みを俺に向けながら俺の真横にやって来て、「柚瑠先輩もリレー出るんですかー?」と友好的な態度で話しかけられてしまった。


「あ…、うん、俺はそんな速くねえけど…。」

「でも長距離は先輩いつも速いですよね!」

「んー、そうだな。長距離ならまだ得意な方かも。」


『いつも速い』って、え、なにが?外周の話?この子が俺の何を知ってるんだ?と思いつつ、素っ気ない態度にならないように心掛けながら返事をしていたらだんだん精神的に疲れてきてしまった。


「ですよねー、柚瑠先輩が速いって千春が話してましたよー。」

「…ちはる?」

「あっ、姫井千春です!先輩よく千春と喋ってますよね?」

「…あぁ、姫ちゃんか。んー、そんなには…」


いきなり姫ちゃんの話を振られたかと思ったら、その直後トモが「リサちゃん!!」とその子の名前を呼びながら手招きした。


リサちゃんと呼ばれた子は、「はい?」とトモの方を見ながらトモの横に移動する。コソコソとトモになにか言われているようで、俺はなんとなくどういうやり取りをしているのか見当がついてしまった。


居心地が悪い空気の中ようやく1階の廊下に差し掛かり、男バスの部室が見えてくると一応「じゃあな」とトモたちに声をかけてから、俺は逃げるように駆け足で部室に向かった。



部室に鞄を置いてすぐ体育館に顔を出すと、1番に飛び込んできてしまったのはバスケのゴールを出すためにくるくるとハンドルを回している姫ちゃんの姿だった。


まるで意識しているように自分から姫ちゃんのことを見てしまったことに内心焦りながら、すぐに目を逸らそうとしたが、間に合わずに姫ちゃんと目が合ってしまった。

すると、にこりと可愛らしい笑みを浮かべながら姫ちゃんに頭を下げられ、さすがに無視をするわけにはいかないので、少しだけ笑みを浮かべながら俺も軽く頭を下げ返す。

困ったな。できる限り姫ちゃんとの接触は避けようと思っていた矢先に。

それだけでは終わらず、くるくるくる、と手早くゴールを出し終えた姫ちゃんが駆け足で俺の方に向かってきた。


「七宮先輩こんにちは!」

「おー、こんにちは。」

「今日隣ですね!」

「そうみたいだな。あ、それもう片付ける?借りて良い?」

「あっはい!どうぞ!」


男バスの方のゴールがまだ出ていなかったことを確認して、姫ちゃんが持つハンドルを借りた俺は、お礼を言ってすぐに姫ちゃんに背を向け、男バスのコートのゴール下へ足を進めた。


「あー姫井だー。来るのはっやー。」

「は?うざい顔向けてくんな!あんた先輩に準備やらせてないでお前が早く行けよ!」


ゴール下に着き、さっそくゴールを出そうとしていたら、男バスの後輩のからかうような声と姫ちゃんの激昂しているような声が聞こえてきた。

どう見ても可愛い子にちょっかいをかけたい男子にしか見えない後輩。

そして後輩は姫ちゃんにバシッと背中を叩かれ、「うっせー!今やろうとしてたんだよ!」と言い返しながら俺の元にヘロヘロと走ってきた。


別に部活の準備が後輩の役目だとは思っていないけど、本音は少しくらい先輩より早く動いて準備しろと思っている。


「ククッ…お前、女子に言われる前にはよ動けよー。」


姫ちゃんに注意されていたことをイジりながら後輩にゴール出しを代わってもらうと、「絶対あいつ先輩の前だから猫かぶってるだけっすよ!?」と言い訳しながらくるくるとハンドルを回し始めた。

うん。それは言われなくても分かっている。明らかに男バスの1年と俺とじゃ態度が違うことくらい。

でもそれわざわざ俺に言うのはバカだろ。おまけに声がデカくて体育館に少し響いてしまっている。

これじゃあ姫ちゃんに聞こえてしまうのも当然で、ちらっと横目に姫ちゃんの様子を窺うと、姫ちゃんは真っ赤な顔をしながら後輩のことを睨み付けていた。


「おい、お前睨まれてるぞ。」


俺は後輩にどういう返事をするのが無難か悩んでしまい、結局笑いでごまかすようにトントンと後輩の肩を叩きながら姫ちゃんを指差すと、後輩はハッとした顔をして口を押さえた。もう遅いわ。


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