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※ 【 健弘の恋愛(健弘の困難は続く)】からの続きです
  柚瑠視点に移りますので未読でも問題はありません



席替えをした翌日、朝練を終えて教室に入ると、俺の席に座って顔を突っ伏している真桜の頭をよしよしと撫でている吉川の姿があった。


その隣の席には、チラチラと真桜に目を向けている美亜ちゃんが座っており、俺はこのわけのわからない状況ではあるがなんとなく真桜の心情を察する。


「真桜おはよ、どうしたんだよ。」


どうしたんだよって、わかってるくせにな。でもこの状況でかけてやれる言葉なんてそれくらいだ。


ゆっくりと真桜の顔が上がり、真桜はムッと唇を尖らせて俺を見上げてくる。


「真桜くんなんか今日ご機嫌斜めみたいなの〜。」

「そうみたいだな。」

「七宮よしよししたげて〜。」


おちゃらけるように真桜の頭を撫でながら俺にそう言ってくる吉川に便乗するように、俺もよしよしと真桜の頭を撫でた。

吉川の存在はかなりありがたく、女子が一人俺と真桜の間に入ることで俺と真桜がいくら接し合ったとしても俺らの関係が怪しまれることは多分あまり無い。


「もうすぐ授業始まるぞ、また後でな。」


ぽんぽん、と頭に手を置き、最後になでなで、と撫でてから手を離すと、真桜は俺の席から立ち上がり、「うん」と頷いて静かに教室を出て行った。


真桜と入れ違いに席に座ろうとしていた俺は、隣から「柚瑠くんおはよう!」とにっこりと可愛らしい笑みを浮かべた美亜ちゃんに声をかけられる。


「おう、おはよ。」

「朝練お疲れさま!」

「サンキュー、疲れたわ。」


朝練後にシャツを着替えたものの、着替え後も体内から流れてくる汗ですでにシャツの首元がじっとりしている。


鞄の中に入れていたうちわでパタパタと顔を扇ぎながら美亜ちゃんに返事をしていると、吉川にうちわを引ったくられた。


「びっみょ〜にあたしの方に風がきてうざいんだけど扇ぐならちゃんと扇いでくれない?」

「別にお前のために扇いでねえんだけど。」


そう言いながら吉川の手からうちわを取り戻し、もう一度うちわで扇ぎながら鞄の中から教科書を取り出した。


この席の場所で吉川とこんなやり取りをするのは高1の頃に戻ったみたいで、懐かしい気持ちになる。去年は斜め後ろに真桜が居たが、今は別のクラスだというのがちょっと寂しい。

俺ですら寂しいのだから、真桜の立場になって考えてみれば真桜はもっと寂しい気持ちになっているかもしれない。

いやでもお前のクラスにはタカが居るだろ。タカとちゃんと仲良くしてやれよ。って後で真桜に言ってやろう。



隣の席に美亜ちゃんが居るというのは、思った以上に気を使ってしまう。吉川と真桜の話をするのもなんとなく避けがちになってしまい、しょうもない言い合いのような会話ばかりになる。

何故気を使ってしまうかというと、俺の自意識過剰でなければやはり美亜ちゃんが俺のことを意識しているような気がするからだ。

意識されているということは、より敏感に俺と吉川の会話を聞いているはず。となればあまり怪しい会話をするわけにはいかない。


美亜ちゃんが席から動かない時の休み時間はなんとなく俺の方から席を離れたくなり、購買へ行こうと財布を持って椅子から立ち上がった。


教室を出ると、6組の教室の方からこちらに向かってくる真桜の姿を見つけて手を振る。真桜はその場で立ち止まり、俺が側まで歩み寄るとくるりと方向転換した。


「柚瑠なにあの子と隣の席になってんだよ。」


やっぱりその話か。って、俺の背中あたりのシャツをぎゅっと握りながら不満そうに口にする真桜に「あー…」と返事に困る。


「絶対柚瑠のこと好きじゃん。」


シャツが伸びるから掴むのはやめてほしいが、真桜は俺のシャツを握り続けながらさらに俺の方に顔まで近付けてきた。


横目で真桜を見ながら「近い」と小声で口にすると、真桜に「やだ」と言い返される。『やだ』じゃねえわ、近いんだよ。


下り階段に差し掛かり、真桜にシャツを掴まれ続けながら階段を降りる。


「目移りしたら泣くからな?」

「しないって。まじで顔近い。」

「俺が見てるとこであの子と仲良くしてたら教室でチューする。」


まったく冗談に聞こえないんだが。すでにこの場でキスしてきそうな雰囲気すらある真桜に「大丈夫だから」と返事をしている俺の横を、他学年らしき女子生徒2人がジロジロと俺たちの方を見ながら通り過ぎていった。


「高野先輩見れた!」とキャッキャとはしゃぐ声が聞こえて、今の子たちが下級生だということが分かる。

そんなことはどうでもいいが、これだけで分かる通り、真桜の行動は注目されやすい。


「ちょっとだけチューしたいな。」


背中のシャツは掴まれっぱなしで、俺の耳元ではそんなことを言っている真桜の横を、今度は同じ学年の男子生徒が通り過ぎていった。幸い真桜には興味のカケラも無さそうで、スタスタと階段を上っていく。

こんなところでキスなんかされて、誰かに見られたりしたら、関係を必死に隠している俺の努力が水の泡だ。いっそのこと男子トイレにでも引き摺り込んでチューしてやるか?とか考えるが、これも誰かに見られてしまうリスクを考えて却下する。


「今日部活終わったら真桜んち寄ってやるから我慢して。」


まあ結果俺にしてやれることなんかそれくらいで、俺がコソッとそう言うと真桜は嬉しそうな笑みを浮かべて俺のシャツから手を離した。あーあ、絶対シャツに皺いってそう。


「じゃあチュー以外もしちゃうかも。」


一瞬だけ俺の手に触れながら言ってきた真桜の発言は、聞こえなかったことにした。

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