健弘の困難は続く [ 57/100 ]

研修旅行の班が無事決まり、次に席替えの班ごとの場所を決めるために班長になったやつが前に出てジャンケンをしている。


「七宮負けたら怒るからねー、あたし窓際希望だからー。」

「あ、ごめん今負けた。」

「こらぁ!!!!!」


班長になった柚瑠が吉川さんの声に振り返ってジャンケンに負けたことを伝えると、バシバシと机を叩きながら怒り狂う吉川さん。


ジャンケンに勝った班から6つに分けられている場所のうち好きなところを選んでいき、4番目に選ぶ順番が回ってきた柚瑠は、吉川さんご希望の前方廊下側の窓際の席がある場所を選び、吉川さんはにっこりと笑みを浮かべ、機嫌を取り戻した。


「これでよろしいっすか?」

「よろしいでぇ〜っす。」

「柚瑠お嬢のご機嫌損ねさせずに済んだな。」

「まじそれな。」


茶化すように柚瑠と吉川さんの会話に加わった俺の言葉に柚瑠が同意すると、吉川さんが「誰がお嬢って!?」と俺の肩を叩いてきた。


「ハハッ、ごめん冗談冗談。」


俺はこのチャンスを逃すまいと、吉川さんの髪を撫でながら謝る。すると吉川さんはすぐに大人しくなり、吉川さんの頭から手を離して吉川さんの顔色を窺うように目を見つめると、吉川さんは俺からサッと目を逸らした。


「お前ら席どこにする?」

「柚瑠くんはどこがいい?」

「俺どこでもいいよ。」


俺と吉川さんがやり取りをしている間に、柚瑠は同じ班のやつらと会話を始めている。


「あたしここ〜。」


さっさと窓際の前から一番目の席に座った吉川さんに、「あれ?一番前で良いんだ?」と声をかけると、吉川さんはにっこりと笑って「うん」と頷く。一番前は絶対拒否すると思ったから意外すぎる。


「七宮ここにしなよ〜。」


そして吉川さんは、横を向いて座りながら、後ろの席の机をバシバシと叩いた。


「あーうん。じゃあ俺ここ良い?」

「私はいいよー、じゃあ私と美亜前後で座ろっか。」

「うん、そうだね〜。」


柚瑠が吉川さんの後ろに座るとなると、俺の席は二列目の一番前の席一択だ。

何も言わずに椅子を引き、席に座ると、俺の後ろには女子二人のうちの一人、“美亜ちゃん”が座った。ちゃっかり柚瑠の隣の席に座ったこの子はやっぱりまだ柚瑠に気があるのか?

柚瑠の後ろの席にはもう一人の男子が座り、彼も柚瑠の後ろの席でなんとなく安心したような表情を浮かべている。


「懐かし〜、高1の時と同じ席順じゃ〜ん。」

「お前うるさいから俺まで注意されて嫌なんだけど。」

「あ!そういや柚瑠去年もここの席座ってたときあったな!!」

「そうそう。」


二人の会話に俺はハッと1年の時のことを思い出した。そうか、あの時の柚瑠の前の席も、吉川さんだったんだな。嬉しそうに横を向いて座る吉川さんに、俺は少し悔しくなる。

いやでも俺が頑張るのはこれからだ。
今日から隣の席だぜ?話す機会も、仲良くなるチャンスもいくらでもある。忘れちゃいけない、柚瑠には真桜が居る。これは己との闘いなのだ。



翌日から学校に登校すると、一番前という場所的には最悪な席だが、隣には吉川さんが座っている最高の席に座ることができ、より学校生活が楽しくなってきた。


登校してきて俺と一緒に4組の教室に入ってきた真桜は、「席替えした」と言って入り口の間近にある一番前の席に座った俺に「柚瑠の席は?」と聞いて俺の目の前で佇んでいる。


「そこ。」と斜め後ろの席を指差すと、低い声でボソッと「ちっか。」と言いながら少し不満げに柚瑠の席に腰掛ける。

真桜は俺と柚瑠の席が近いのが羨ましくて、気に食わないんだろうな。同じ班なんてもっと羨ましいだろうな。


我が物顔で柚瑠の席に座っている真桜にチラチラと視線を向けながら、その隣の席にそっと鞄を置き、椅子を引いた人物の気配に気付き真桜が横を向くと、真桜はその瞬間僅かに目を見開いた。


「美亜ちゃん…。」

「えっ?あっ、はい…!?」


真桜にボソッと自分の名前を口にされた“美亜ちゃん”は、驚きアタフタしながら真桜に返事をする。美亜ちゃんの頬が少し赤くなっていて、さすがはイケメンモテ男の真桜。そのイケメンぷりは今日も健在だなと感心する。


「…あ、ごめん。なんでもない。」


その後真桜はぶっきらぼうにそう言って、美亜ちゃんから目を逸らした。なんとなくさっきより不機嫌そうに見える。恐らく柚瑠に気があるかもしれない美亜ちゃんが柚瑠の隣の席なのが嫌なのだ。


「あ、真桜くんおっはーやっぱそこ座ってると思った〜。」

「なんなのお前ら、なんでみんな席近いの?」

「え?だって研修旅行の班決めで決まった席だもん。」


不機嫌そうに真桜がスマホをいじりだした時、真桜の目の前には吉川さんが現れ、真桜はとうとうがっつりと嫌そうに眉を顰めた。


「研修旅行…?」


そう言って、またチラッと横を見た真桜は、「はあ…。」と大きなため息を吐きながら机に突っ伏した。…ああ、美亜ちゃんと柚瑠が同じ班ってことに気付いてしまったのか。


「え?なに?真桜くんどうしたのよ。」

「…いいなぁ…、同じ班…。」


ボソッとそう言った真桜に、吉川さんは犬を撫で回すように両手でわしゃわしゃと真桜の髪を撫でる。


「大丈夫大丈夫、自由時間あるでしょ。」

「…うん。」


しょんぼりしている真桜を吉川さんが励ましている光景は、傍から見れば怪しすぎる。柚瑠と吉川さんの関係も怪しいが、こいつらもなかなかだ。


柚瑠も真桜もどっちも俺の敵では無いのに、敵ではないとはっきり分かっていながらも、吉川さんがあまりに二人と親しげだから、俺はこのカップルが少し憎らしくなってきた。


柚瑠のことを意識してライバル視していたものの、俺の最大の敵はもしや、このカップルかもしれない。


健弘の困難は続く おわり

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