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今年の体育祭は、去年の騎馬戦で懲りてしまい、騎馬戦以外の種目を選ぼうと初めから決めていた。
柚瑠がタケたちと騎馬戦に出るみたいだから、尚更選ばなくて正解だった。柚瑠が出ている種目を見るのが、俺の楽しみだ。
別に騎馬戦以外ならなんでもいいや、と適当に人気が無かった障害物競争を選んだ俺は、全員参加の100メートル走が終わってすぐに召集がかかり、障害物競走の待機場所に向かう。
「あ、」と声がして振り向くと、水色のTシャツを着た姫井さんが俺の方を見ていて、目が合いぺこりとお辞儀された。
「高野先輩こんにちは!同じ青組ですね。」
「こんにちは。ほんとだ、一緒だな。」
どうやら彼女も障害物競走に出るようだ。
姫井さんの隣で立ち止まり、挨拶を返していると、やたらチクチクと周囲からの視線を感じる。
可愛らしい容姿に、礼儀正しい女の子。彼女に好意を寄せる男子はきっと多いのだろう。そんな子が、柚瑠のことを好きなんて。
俺の中に不安な気持ちが無いとは言えないが、それ以上に、俺と同じ人を好きなこの子のことを、俺は『同志だ』と喜ぶ気持ちの方が今は強かった。
きっと柚瑠が、俺のことを好きだと言ってくれるから、安心と余裕の気持ちを持ててそんなふうに言えるんだろうな。
グラウンドで3年生が走っている光景を眺めながらそう思っていると、隣から「あの、…先輩?」と姫井さんから控えめな態度でまた話しかけられる。
チラリと姫井さんを見下ろすと、彼女は少し間を開けて、俺に相談をするように言ってきた。
「あたし、七宮先輩に告白しようか迷ってます。」
その言葉を聞き、まあ…そうだろうな。と思いながら相槌を打つ。この子の気持ちは柚瑠にもう知られている。
「高野先輩は、どう思いますか?」
この時俺は気付かなかった。
姫井さんが俺の表情を、観察するようにジッと見つめていた視線に。
俺は返事にやや悩み、「姫井さんのしたいようにすればいいと思う。」と答えると、姫井さんはクスリと小さく笑った。
「そうですよね。当たり前のことを聞いてすみません。」
「…ううん、いいけど。」
「でも、七宮先輩のご迷惑になるなら、しないほうが良いんじゃないかと思って。」
そう言って、ふっと地面を見つめた彼女の表情は少し切なげだ。なんでそんな顔をするんだろう、と思っていると、姫井さんはまた俺をチラリと見上げて口を開く。
「七宮先輩、好きな人居ますよね。」
そう言って、俺を見てにこりと笑った姫井さんに、俺はまるで全て見透かされているような気になり、言葉を失った。
「…え、なんで…、」
「あんまり根拠はないんですけど、人を見る時の目って結構感情が出やすいと思いませんか?高野先輩を見る時の目は、いつも柔らかで、嬉しそうですよ。」
まさかの姫井さんから唐突にそんな話を聞いた俺は、顔中が熱くなってしまい、慌ててそれを隠すように口に手を当てた。
そんな俺にも不思議がるような態度は見せることなく笑っている姫井さんには、多分もう見抜かれているんだろうなと気付く。
「…告白は、やめときます。七宮先輩を好きな気持ちは、バスケ部の先輩として尊敬してるのもあるので、これからも先輩後輩として仲良くしたいと思ってます。」
そう話す姫井さんの言葉に、さっきは『迷ってます』なんて言いながら、あれは俺の反応を見ていたのか?なんて思ってしまった。
姫井さんと話していると、気付けば3年生の100メートル走も残り僅かで、周りにはわらわらと障害物競走の出場者たちが集まってきている。
俺は相変わらず姫井さんの言葉に返事ができずに相槌を打つくらいしかできないでいた時、突然ススッと俺と肩が付きそうなくらい近付いてきた姫井さんが、コソッと内緒話をするように小さな声で言ってきた。
「高野先輩結構分かりやすいんで、気をつけてくださいね。」
そう口にしたのを最後に、姫井さんは俺を見上げてにっこりと笑ったあと、ぺこりと会釈して1年の待機列の方に向かって行った。
『高野先輩結構分かりやすいんで』
姫井さんが残していった言葉が、俺の頭の中でこだまする。まさかそこまで関わりすら無かった1年の子にまだ言われてしまうとは…。
相当俺は柚瑠への気持ちがダダ漏れなんだろうなぁ…と、障害物競走の列に並びながら一人で苦笑した。
いつの間にか100メートル走は終わっていて、グラウンドには平均台やネット、ハードルやバットなどが置かれていたり、係の生徒が持っている棒にパンが吊るされていたりする。
そう言えば障害物競走の内容をまったく知らなかったけど、結構やる事が多いなと思い、今更ながらにちょっと嫌になってきてしまった。
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