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「あ〜、みぃ〜つけたぁ〜。」


なんとなく部室に入り辛くて、みんなが帰るのを外で待っていたら、柚瑠先輩と仲が良いあのギャルの人がニヤリとした笑みを浮かべて私の前に突然現れた。

その後ろには、派手な髪色の男の人もゆっくり後ろから付いてきている。


「…え、…なんですか?」


怖くて声が震えながらも、チラリと目を合わせると、近くまで歩み寄ってきたその人の顔が急にスッと無表情になり、私は恐怖で目を逸らしたくなった。


「あんたさ〜、あんまりあたしの友達困らせんのやめてくんない?」

「…え、…誰のこと言ってるんですか…?」

「は?分かってんでしょ?あ、でも困らせてる自覚なんて無かったね。ごめんごめん。」


無表情だったかと思いきや、またコロッと笑みを見せてきて、何がしたいのかよく分からなくて恐怖を感じる。


「あんた知ってる?七宮があんたに性格悪いって言われて気にしてたの。ほんと良い奴。普段言われ慣れてないから気にしちゃうんだろうね〜、性悪女に言われたことなんて適当に聞き流して無視してりゃいいのに。」


黙って話を聞いていたら、『性悪女』なんて言葉が出てきた。もしかして私のことを言ってるの?こんなギャルを味方につけて、どっちが性悪??


「私がそう言ってしまったことは、悪かったと思ってます。でももう先輩とは仲良くしてたんでそれ今更あなたに責められても困るんですけど…。」


私の言葉にその人は、「へえ〜?仲良く、ねぇ。」と疑うような目で見てくる。


「その1回悪く言ったことが相手を苦しめてるとかは考えないの?仲良く、なんてあんたが勝手にその気になってるだけでしょ。」

「じゃあ仮にそうだとして、…私に何が言いたいんですか?性格悪いって言ってたことを今更謝らせたいんですか?」

「んーん。忠告しにきただけ。口は災いの元って言うでしょ?あんたもうちょっと自分の発言気をつけた方が良いんじゃない?」

「…先輩が私の何を知ってるんですか?」

「えー?全然知らないけどぉー。七宮のことを悪く言った時点であたしらの中ではあんたが性悪?あーあと、さっきあんたの話バスケ部から聞いたけど口がかなり軽いってことは分かったかなー。七宮にそれ言って一体何がしたかったんだか。」

「…別に、それは、私は良かれと思って…。」

「あー悪気は無かったってやつ?でも良くないことだったからあんたは咎められるんだよ。そろそろ自分の性格自覚した方がいいんじゃない?一生自分の首、自分で締めることになるよ。」


自分の性格…?

なにを分かったふうに…私がこの人に言われなきゃいけないんだ。自分の性格なんて、自分が一番……、




そこまで考えた時、ふと柚瑠先輩に言われたこと、それに純に言われたことが次々に頭の中で思い返された。


『人の気持ちをなんだと思ってるんだ?ぺらぺら喋って楽しいか?』

『もう二度と人の気持ちを弄ぶようなことすんな。』

『姫井にはちゃんと謝れよ。あいつは多分、自分の口からちゃんと告白したい性格だろ。』


そんな言われ方だと、まるで私が、人の気持ちを考えられない人みたいに…自己中な人間みたいに思えてしまう。


そんなことない…
…別に私は、悪いことなんか…


千春が憎くて、邪魔で、鬱陶しくて、

だからあんな真似したくせに。



自分を正当化したくても、とうに自分が悪いことをしているって、気付いていた。



『そろそろ自分の性格自覚した方がいいんじゃない?』


私が今、この人に指摘されているのは、この事だった。


言葉を失っていた私に、その人は一歩近付いた。



「…あのね、自分のしたことは自分に返ってくるんだよ…。痛い目会った後に気付いてももう遅いんだから、気を付けなね。」


突然その人は、私の背中を優しく叩き、優しい口調でそう言ってきた。その見た目に似合わないくらい優しかったからか、気付いたら私の目からはポロポロと涙が溢れてくる。



「ごめんな…さい…。」

「それはあんたが傷付けた子にちゃんと言いな。誠意を持って謝ることが大事だよ。」


最後に私の頭をポンポンと優しく撫でてから、それ以上は何も言わずに私に背を向け立ち去っていった。

怖い先輩が思いのほか私に優しく諭すように話すから、私は暫く涙が止まらなかった。


千春を傷付けてしまった後に気付いてももう遅いのに、自分が一人ぼっちになってようやく、自分の過ちに気付いてしまったのだった。





「…やばい、吉川さん…俺惚れ直したわ。」

「ん?」


惚れ直した?なにそれタケくん、あたしに惚れてるみたいな言い方しちゃって。



あの子の涙を見て、ちゃんとあたしの気持ちが伝わったかなと思ったところで、さっさと話を切り上げて立ち去ろうとしていると、あたしの隣でタケくんが少し目を潤ませている。

なんでタケくんがそんな顔してんの、って笑っていると、「めちゃくちゃ良い事言うじゃん、俺、めっちゃ刺さった。」と言ってタケくんは両手で胸を押さえた。


「そう言ってもらえるのはありがたいけど、全部七宮があたしに言ってくれた言葉なんだよね。」

「…え、柚瑠が?」

「そそ。あたしもさ〜、かつて人のこと悪くばっか言いまくってた頃があったわけよ。タケくんと仲良くなった時にはもうマシにはなってたのかな〜。」

「あ、…うん。全然。なんとも…」

「だからあたしにとって七宮は恩人?ずっと特別な存在かな。」

「なるほど…。」


タケくんは、あたしの話を聞いて少し静かになった。

すっかり暗くなった中庭を通りながら、ふたりで並んで歩いて駐輪場に向かう。


「あ、真桜くんたち待っててくれてる。」


自転車のカゴに鞄を入れ、その横に立っていた七宮が、戻ってきたあたしとタケくんに心配そうな目を向けてきた。


「…吉川なにして来たんだよ?」

「安心しろ、柚瑠。お嬢のおかげで万事解決だ。」

「…はあ?ほんとかよ。」


七宮が疑うような目であたしを見てくるが、タケくんがずっと「大丈夫だって」とあたしの代わりに言い続けてくれていた。


そして真桜くんも、何か言いたそうな目でジッとあたしに視線を向けてくる。


「真桜くんの言いたいことは全部言ってやったつもりだよ。」

「…まじ?」

「うん。だからもう、あの子を敵視するのは終わり。真桜くんまで性格悪い人みたいに見えちゃって七宮に嫌がられるよ。」

「…んー…、分かった。」


真桜くんはまだ少し納得してなさそうだったけど、あたしの言葉に渋々コクリと頷いた。


真桜くんは、七宮を困らせたり傷付ける人なら男も女も関係ない。あの女バスの子がいくら自業自得なことをしたとしても、真桜くんに責められる姿を想像すると、あたしはまるで自分の古傷が痛むような気持ちになる。


『なんで自分が、こんなに高野真桜に責められなきゃいけないの?』なんて不思議に思ってしまう子が出てきてしまうところだった。

だからこれからはみんな、不用意に七宮を敵に回してはいけない。

これは、あたしからの忠告だよ。


柚瑠の敵は真桜の敵 おわり


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