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【柚瑠の敵は真桜の敵(終)】


「あ、柚瑠おつかれ!」

「…おつかれ。」

「………ん?…なんかあった?」


部活を終わらせた七宮が一人で歩いてきた姿を見て、真桜くんはすぐに声をかけた。

そして何故か七宮のことを気にするように、真桜くんは七宮の顔に両手を添えて七宮の顔を覗き込んだ。


「おいおい真桜、なにやってんだよ。ここ学校だぞ。近過ぎだって。」


タケくんがそう注意するものの、真桜くんは七宮から手を離さず、ジッと七宮の顔を見つめ続けている。

そんな真桜くんに、七宮はぐったりするように身体の力を抜き、真桜くんの胸元に頭を押し付けた。


「…はぁ。なんか今日つかれた。」

「…え、…大丈夫?」


真桜くんは両手で七宮の頭を抱えてよしよしと撫でる。…え、まじで七宮どうしたの?

あたしはそこでようやく、七宮の様子が変なことに気付いたのだった。


真桜くんの胸をそっと押し返して真桜くんから離れた七宮は、「…俺今日あの子に思いっきりキレちゃってさぁ。」とボソッと真桜くんにだけ聞いて欲しそうに口を開く。


「…あの子?B?」

「…ビー?誰それ。」

「ブスのB子。」

「ぶはっ!誰だよ!」


真桜くんの言葉を聞き、虚ろげだった七宮の表情には少し笑みが浮かんだ。


七宮が来てから数分遅れで、七宮と真桜くんが会話している後ろをぞろぞろと数人の男バス部員が通りかかる。


「あ、柚瑠まだいた。」

「柚瑠あんま気ぃ落としてんなよ〜。」

「柚瑠は間違ってねえから気にすんな〜。」


呑気な態度で励ますような声をかけながら通り過ぎていく男バス部員にも、ぎこちない笑みを浮かべて「うん、サンキュー。」と返事をしている。


「柚瑠、女バスの奴らもリサちゃんのああいうところには前から困ってたからきっぱり言ってもらえて助かったってよ。」


男バス部員の輪から抜け出し、七宮の元に歩み寄ってきたタカくんも、七宮にそんな声をかけているのを聞いて、真桜くんは尚更七宮を気にするようにジッと七宮の顔を見つめた。

そして、タカくんに説明を求めるように視線を移し、「B子柚瑠になにした?」と不機嫌そうに問いかける。


「んー…、姫井さんが柚瑠のこと好きだってこと、柚瑠にバラしてきたんだよな…?」


控え目に問いかけるタカくんに、七宮はなにも言わずに苦笑する。それは恐らくYESを意味する表情で、それを聞いた真桜くんは、これでもかというくらい眉間に深い皺を寄せ、不快感を露わにした。


「なんで?柚瑠にそんなこと話してどうすんの?柚瑠が困るだけだろ、それを聞かされた柚瑠に何て言って欲しかったんだよ。」


言った本人でもないタカくんが真桜くんにそう言われて困惑している。


「柚瑠と姫井さんの問題なのに…。あいつ関係ないくせに…。俺だって、聞きたいこといっぱいあんの我慢してんのに…。」


少し声を震わせて、不満げに話す真桜くんのその言葉に、ふっと七宮の目が驚くように見開いた。


「…あいつどこ?まだいる?」


居ても立っても居られない様子の真桜くんは、くるりと身体の向きを変え、タカくんに問いかける。


「え?あ…うん、多分。」

「あっおい!どこいくんだよ!真桜やめろ!お前まで口挟む問題じゃねえだろーが!!!」


タカくんの返事を聞き、いきなり走り出そうとした真桜くんを、七宮が慌てて手首を掴んで引き止めた。


「…だって。前々からムカついてたんだよ。」


七宮に怒られて子供みたいにムッと不機嫌そうな顔をする真桜くんに、七宮は困ったように黙り込む。


こんなふうに相手を憎んでいる真桜くんの気持ちなら、あたしが一番よくわかってるんじゃないかな。


今ではすっかり仲良くなったけど、あたしは真桜くんの嫌悪する気持ちを向けられたことのある数少ない人間の一人だ。


自分の好きな人を悪く言う奴が憎い。

自分の好きな人を苦しめる奴が憎い。

そのストレートな感情を真桜くんにぶつけられた相手は、ショックで暫く立ち直れないだろう。あたしは自分の苦い記憶を思い返しながら、そう考える。


そしてあたしは、一歩前に出た。


「真桜くんここはあたしに任せな。そいつシメてきてあげる。」

「…え、ちょっ…、吉川…?」

「女の相手するのは女の方がいいのよ。」



真桜くん、今なら真桜くんの気持ちがあたしにもよく分かるのよ。よく知りもしない奴が、七宮のことを悪く言って欲しくなかったよね。

あたしは七宮と仲良くなって、いろいろ考え方が変わって、かつての自分の性格のひどさを思い知ったのだ。

だから、その子だって自分の悪いところを自分で気付かなきゃ、一生変わることはない。


…でもね、真桜くんにはこの気持ちが分からないだろうけど、真桜くんに敵意を向けられたら、女の子は想像以上に傷付くのよ。


「ちょっと、吉川さんどうする気だよ?」

「あれ?タケくんも来ちゃったの?」

「いや、だって心配になるだろ…。」

「大丈夫、大丈夫。別に殴ったりはしないから。」


ただほんのちょっとだけ、あたしが真桜くんの気持ちを代弁してあげるだけ。


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