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まさかの態度を柚瑠先輩に取られてしまい、恥をかかされ、私は羞恥心で冷静さを失いながらもなんとか女バスの友人の元に歩み寄ると、友人は周囲を気にしながら私に先程のことを聞いてきた。


「ちょっとリサ!柚瑠先輩に何言ったの!?」

「えー、…別に何も大したこと言ってないんだけど…。」

「でも先輩すごいキレてたじゃん!!」

「…千春と先輩が良い感じに見えたから『千春のこと好きですか〜?』みたいな感じのこと聞いただけなんだけど。てかこっちは千春が先輩のこと好きだって教えてあげてる方なのになんであそこまで言われなきゃいけないの?普通それ聞いたら喜ぶでしょ。」

「えっ…勝手に言うのは良くないと思うけど…。」


友達は私が言ったことには同調してくれず、私を見て顔を引き攣らせた。

そして、ジロジロとこっちに視線を向けてくる千春に気付き、友達は焦ったように「あっ練習もうすぐ始まる!」と言いながらさっさと私から離れていった。


それからすぐに部活が始まり、私はぽつんと一人置いてけぼりのような状況の中で淡々と練習をこなすしかない。


私そんなに悪いこと言った?寧ろ親切心で言ってるのだから感謝してくれてもいいのに。

思い返せば思い返すほど、柚瑠先輩に腹が立ってくる。


そして極め付けに、休憩中友達から何かを聞いたのか、千春が突然泣き出した。


タオルで顔を押さえて、ヒックヒックと嗚咽を漏らし、先輩に頭を撫でられている。


純が男バスのコートから心配そうに千春のことを見ている視線に気付いた。

けれどすぐに顔からタオルを離して、赤くなった目で千春は私のことを睨みつけてきた。


心底私のことを、軽蔑したような目だった。


淡々と部活をこなすしかなくて、練習内容はあんまり覚えてない。



練習が終わって体育館を出ると、純と健太が女バスの友達とコソコソと隅っこで喋っている。


チラ、と純が私を見る気配を感じて、私は自分が悪く思われる前に何か言い訳をしたくて、自ら純たちの方に歩み寄った。


「リサ、柚瑠先輩に何か言ったんだろ?」


話を切り出したのは健太で、「別に大したこと言ってない。」と返事をする。


「姫井さっき泣いてただろ。なに言った?」


今度は純が、ちょっと怒ったような態度で私にそう問い詰めてきた。


「千春が柚瑠先輩と仲良さそうに喋ってたから、先輩に千春のこと好きか聞いてみただけ。普通それで泣く?」

「それだけじゃないだろ、姫井が柚瑠先輩のこと好きだって言ったんじゃねえの?」


純に責められる中で、私はなんとか自分の体裁を保とうと必死に言葉を探し始める。


「…言ったかも、だけど…、でもそれは千春の協力をしようと思って…、」

「協力?お前が?実は高野先輩に近付くためじゃない?とか言って姫井の気持ち疑ってたお前がか?どう見ても冷やかしで言ってたんだろ?」


キツい口調で純にそう言われてしまい、私はもう何も言えなくなった。


「うわーやらかしたなーお前。柚瑠先輩もそりゃキレるわー。あの先輩そういうの一番嫌ってるよ。俺も注意されたことあるし。」

「…ああ、あの時か。まあとにかく、姫井にはちゃんと謝れよ。あいつは多分、自分の口からちゃんと告白したい性格だろ。」

「お〜純さすが。姫井のこと分かってんねえ〜。」

「うるせーな、健太だって口軽いから人のこと言えねえぞ。」

「俺は口止めされたら絶対言わん。」


純と健太は言いたいこと言ったあと、私を置いてさっさと立ち去って行った。


ああ、終わった。純にまで軽蔑したような目を向けられてしまった。最悪だ…。


私は純に言われたことがショックすぎて、自分が可哀想で、自分の非なんて、これっぽっちも認めたくなかった。





柚瑠先輩は練習中、他の先輩に何を聞かれても何も答えず、居心地悪そうにするだけだった。


リサと話を終えた俺と健太が部室に行くと、丁度柚瑠先輩が部室から出てきたところで、柚瑠先輩は足早に帰ろうとしている。


「あ、柚瑠先輩お疲れっす!女子から話聞きましたよ。」


空気を読めない健太がズカズカと先輩に話しかけ、柚瑠先輩は虚げな目を健太に向ける。


「柚瑠先輩が怒るのも無理ないっすよ〜。あいついっつも姫井に喧嘩売ってるっぽかったし。」


お調子者な健太のくだけた態度が案外良かったのか、柚瑠先輩は少しだけ健太に笑みを見せた。


「お前もな。」

「うっ…そうっすけど!」


痛いところを突かれて言葉を詰まらせている健太にも先輩はまた軽く笑った後、スッと先輩の目が俺に向けられた。


「姫ちゃんさっき泣いてただろ。純が慰めてやれよ。」

「えっ…」


柚瑠先輩はそう言って、ポンポンと俺の肩を叩いてくる。


「みんないるところででかい声出して、目立つの分かっててリサちゃんのこと責めて、…何があったのかくらい姫ちゃんの耳にも入るよな。

申し訳ないことしたけど、俺の口からは謝れそうにないから。」


柚瑠先輩が姫井に対して申し訳なさそうにしながら話すその言葉が、どういう意味を表しているのかを、俺はなんとなく察してしまった。

つまり、姫井の気持ちには応えられない。

先輩が、そんなふうに言ってる気がした。

だから俺に『慰めろ』なんて言ったのだ。


「姫井のことだから、明日にはころっと立ち直ってまた先輩に話しかけに行くかもしれませんよ。」

「そうか?…まあそうだったらそれでいいけど。」


俺は姫井のことを分かったふうに言ってみたものの、正直姫井がどうするかは分からない。

すぐに直接告白しに行くかもしれないし、少し様子見してから告白するかもしれない。それともまったく気にしてないふりをしてまた普通に話しかけに行ってるかもしれない。


姫井が今何を思ってるのか俺には分からないけれど、もしも先輩が姫井の気持ちに応えてやれないのだとしたら、俺は先輩に言われたように慰めてやるとか、相談に乗ってやるとか、今自分が姫井にしてやれることを全力でやってやりたい。


そして俺だって、いつかは自分の口からちゃんと、姫井に自分の気持ちを伝えたい。

姫井が今は柚瑠先輩を好きだとしても、俺はまだまだ諦めない。


純の想いと柚瑠の憤り おわり


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