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「…はぁ。」

「どうしたんすか?溜め息吐いて。」

「おぉ、純早いな。」

「先輩こそ。」


ホームルームが終わってすぐに部室に来たら、柚瑠先輩が部室のベンチに座って溜め息を吐いているところに遭遇した。


「…部活だるいなと思って。」

「先輩もそんなこと思う時あるんすね。」

「あるよ。今日は外周が良かったなぁ。」


柚瑠先輩はそう話しながら、ペットボトルに入ったお茶を飲んだあとベンチから立ち上がった。


「珍しいっすねぇ。外周は嫌いなやつの方が多そうな感じしますけど。俺は中練の方が嬉しいっす。」

「まあそうなんだけどな。なんか淡々と走ってたい気分。」

「あーなるほど。そういう時はあるかもっすね。」


先輩とそんな話をしながら、部室を出て体育館の中に入った。まだ男バス部員は俺と柚瑠先輩だけで、片面のコートは今日は女バスが使うらしく、女バス部員が数名居る中に姫井の姿もあることに気付いた。


柚瑠先輩はさっさとコートを二つに分けるための仕切りのネットを張り始める。早くも姫井の視線が、そんな柚瑠先輩に向いていることには気付いていた。


いつ話しかけに行こうか迷っているようにチラチラと視線を向ける。いつものことだ。もう慣れてきた。柚瑠先輩もやっぱり姫井のことが気になってんのかな…。


いつも柚瑠先輩の気持ちを気にしながら、姫井を尻目に練習の準備をする。


「七宮先輩こんにちは!早いですね。」

「おー、姫ちゃんもな。」

「ホームルーム終わって走ってきました!」

「えらいな。男バスの後輩も見習ってほしいわ。」

「あたし言ってやりますよ。健太とか同じクラスなんで。」

「あ、そうなんだ。健太はまだだな。」

「えぇ?掃除当番ではなかったと思うんですけど。」

「さてはどっかで油売ってるな。」


ネットを張り終え、体育館倉庫に向かって行こうとしていた柚瑠先輩の元へ姫井は笑顔で歩み寄り、先輩の横に並んで話しかけた。

倉庫の中に入って行った二人からは、楽しそうな話し声が聞こえてくる。


柚瑠先輩に片想いしている姫井は、俺たち同学年の男子には見せない可愛らしい顔をして、イキイキしていて、嬉しそうだ。

柚瑠先輩だってきっと、同じような気持ちなんだろうなぁ…と、俺は勝手に思っていた。



しかし、それから数分後、俺が少し見ていなかった隙に、状況は一変する。



穏やかな時間が流れていたはずの体育館にて。

バスケ部員が徐々に集い始め、練習が始まるのを、がやがやと賑やかに喋りながら待っていた時だった。



『だからなんだよ!!!』



突然、柚瑠先輩の、怒号のような声が体育館に響き渡ったのだ。


普段優しくて穏やかな柚瑠先輩からは聞いたこともないような、怒気を感じさせる声だった。


一斉に柚瑠先輩はバスケ部員からの注目を浴びる中、対峙している相手になにやら話しかけている。


ひどく不愉快そうな表情で相手を見下ろす。


柚瑠先輩に嫌悪感を露わにされながら、

キツい視線を送られている…

あの後ろ姿は多分、リサだ。





だから体育館練習が、女バスと被るのは嫌だったんだ。


「柚瑠先輩〜こんにちは〜!」


姫ちゃんと少しばかり雑談をしていたら、それを見ていたリサちゃんが姫ちゃんと俺が会話を終わらせたあとににやにやとした笑みを浮かべながら声をかけてきた。


あーあ、また出やがったな。と心の中でうんざりしながらも、なんとか態度には出さないように心掛けながら返事をする。

すると、リサちゃんはススス、と俺の真横に近付いてきて、内緒話をするように俺の耳の近くで口を開いた。


「千春となんか良い感じじゃないですかぁ〜?」


…は?良い感じ?
ただ少し会話をしていただけなのに。

いちいちそんなことを言ってこられるのは相手にするのも面倒で、何も反応せずリサちゃんを無言で見下ろしていると、さらにリサちゃんは話を続ける。


「もしかして柚瑠先輩も、千春のこと好きですかぁ?」

「……は?」


柚瑠先輩、“も”?

その言い方はちょっと問題あるんじゃねえのか?

それともわざと意味深な言い方をして突っ込まれるのを待ってる?

この子が口を開くたびに、だんだん核心に迫るような聞き方をしている気がする。こういう子は大抵面白おかしく、平気で人が大事にしている気持ちをベラベラと他人に口にする。

俺が最も嫌いなことだ。
仮に自分の、…真桜の事が好きな気持ちを、知らない所で誰かがベラベラと話していることを考えただけでも吐き気がする。


このまま俺がこの子と関わりを持てば持つほど、俺の気持ちにまでズカズカと踏み込んで来られそうで怖い。

タカも『相手にしなくていい』って言ってたし、やっぱりそうするべきだろうか…なんて。



考えてる頃にはもう手遅れだった。



「あっ気付きませんか?千春、柚瑠先輩のこと好きですよ?」



やたら楽しそうに、にこにこと笑って話すリサちゃんの言葉に、俺は今まで積もり積もっていた不愉快だった思いが一気に弾け出るように、ブチッと頭に血が上って、我を忘れてリサちゃんに向かって声を荒げた。


「だからなんだよ!!!」


俺の声にリサちゃんはビクッとして、一瞬で顔を強張らせた。体育館には俺の声が響き渡り、周囲の人間が一斉に振り向く。

それに気付きながらも、俺の口は止められなかった。



「それは姫ちゃんから俺に伝えてくれって言われたことなのか?それを聞かされた俺は、誰に返事をすればいいんだよ?本人か?」


こんな問いかけには、勿論返答を求めているわけではない。しかしリサちゃんは、「えっ、いや、あの…」と言葉を詰まらせる。


「人の気持ちをなんだと思ってるんだ?ぺらぺら喋って楽しいか?」


まあ楽しいから喋ってるんだろう。
この子はとんだご都合主義だ。


軽蔑するような目を隠しもせずに向け続けた。

もうこの子にどう思われようと一気にどうでも良くなった。また性格が悪いだのなんだの言われるからと気を使っていた自分がバカみたいだ。

精々大声で俺の悪口を言えば良い、なんとでも言ってくれ。言われるだけのことをしている自覚はある。

…ああ、いつもだったらもうちょっと我慢できたのにな。なにもここまで責めるような口調で言う必要は無かったかもしれない。


けれど、俺の虫の居所が悪すぎた。

わざわざ俺に話しかけてまで姫ちゃんの気持ちをバラす必要なんかねえだろ。俺とこの子は仲良しでもなんでもないのに。


「今のは聞かなかったことにするから、もう二度と人の気持ちを弄ぶようなことすんな。」


気付けば体育館内では、手を止めてこっちを見ているバスケ部員がほとんどだった。

俺が下級生の女子に向かって責め立てるような空気になっていたことに気付き、居心地が悪くなって下を向きながらリサちゃんの横を通り過ぎる。


言いたいことを言ったものの、勿論気分はスッキリするはずもなく。


「柚瑠どうした?」と近くにいた男バス部員に控え目に問いかけられたが、返す言葉は見当たらなかった。


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