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【純の想いと柚瑠の憤り】


『姫井、なに見てんの?』


まだ俺が姫井の好きな人を知らなかった頃、休み時間に健太に用があるふりをして姫井のクラスに行くと、姫井は窓際に立ちグラウンドを見下ろしていた。


『…別に。』


姫井は俺の問いかけにそう言って、くるりと身体の向きを変え、窓に背を向ける。

それでも俺は姫井の視線の先が気になってしまい、姫井の横に立ってグラウンドを見下ろすと、2年の男子が体育の準備をしている風景が広がっていた。なんとなくただ窓の外を眺めてただけなのかな?って、その時は思っていた。


今考えると、あの時姫井が見ていたのは柚瑠先輩だったんだろうなぁ…と、思い返してみては苦い気持ちになる。


だからと言って、俺が柚瑠先輩のことを憎いとか煩わしいとか思ったことなんてない。 柚瑠先輩は後輩に優しいし、真面目でバスケも上手くて、寧ろ尊敬してるくらい。

悔しいけど、そんな柚瑠先輩を好きだというのは、姫井らしいなって思った。

なんとなく…、ほんとになんとなくだけど、姫井と柚瑠先輩は少し性格が似ている気がする。



「リサ最近柚瑠先輩にやたら絡みに行ってるの知ってるか?」

「え、ううん。」

「なんか女子が急にリサが柚瑠先輩と親しくし出したって喋ってんの聞いてさあ、目的なんだと思う?」

「…さあ。」


女バスと日頃からよく話している健太が、女子から聞いた話を俺にぺらぺらと話してくるのはいつものことだった。俺が姫井のことを好きだから、余計に話してきたがるんだと思う。


けれど先日、健太から“リサが俺のことを好き”なんて話を聞いてから、正直反応に困ってしまう。


だってそんなことを聞いてしまったら、リサの行動全部、姫井への嫌がらせに感じてしまう。この前姫井が部活中頭をぶつけたのだって、リサのプレーに問題があったらしい。わざとだとは言い切れないけど、俺にはどうしてもわざとに思えてしまう。

ひっそりと俺の中でリサへの不信感が積もっていき、俺はどういうつもりでリサが柚瑠先輩に親しくしているのかを、直接リサに聞いてみたくなった。


「リサ最近柚瑠先輩と仲良いの?」


休み時間、机の中に教科書やノートを片付けているリサの元へ行き、そんな問いかけをしてみると、「え?全然仲良くないよ?」と笑顔で返してきた。


「なんで?あ、でも最近よく喋るかも!千春の好きな人なのにやめた方がいいかな?」

「…いや、別に仲良くするのは良いと思うけど。」

「だよねぇ。柚瑠先輩話してみたら良い人だったし仲良くしたいんだよねー。」

「…ふうん。」


『仲良くしたい』…それは姫井が先輩に対して思ってることなのに…。急にそんなことを言い出したら、やっぱりそれは本心なのか?って疑ってしまうのは無理もないことだ。


そんな疑いを持った目でリサを見ていると、「でもさぁ…」と突然声のトーンを低くしてリサは話を続ける。


「…千春ってほんとに柚瑠先輩のこと好きなのかな?」


何を言い出すのかと思ったら。
そんな分かりきってることを何故俺に聞く?


意味が分からず無言でリサの次の言葉を待っていたら、ある意味衝撃的な発言がリサの口から飛び出した。


「高野先輩に近付くためなんじゃないかな?ほら、柚瑠先輩って高野先輩と仲良いし。」

「はぁ…?」

「だから千春策士だなーってみんなで話してたんだよね。」


笑いながら俺にそんな話をするリサは、頭の中姫井への悪意だらけだと思った。


なんでそういう考えになんの?

高野先輩に近付くために柚瑠先輩を好きなふりするって?

そんな考えが思い付くのは、リサ自身がそういう姑息な奴だからじゃねえの?


姫井はそんな姑息なことをわざわざするような奴じゃない。何事にもストレートで、曲がったことなんて嫌いだと思う。

それに見てたら嫌と言うほど分かる。姫井が顔を赤くして話しかける男なんて、柚瑠先輩くらいだ。


それなのに『高野先輩に近付くため』なんて…チームメイトのことをそんなふうによく言えるなあと不快感を抱いて、俺は冗談っぽくふっと笑って、リサに言い返した。


「それリサじゃねえの?最近柚瑠先輩と仲良くしだしたんだったら尚更。」


俺のその発言に、リサは「え…」と顔を引き攣らせた。


「…べつに私は、そんなつもりは…。」

「嘘嘘、冗談だって。」


そう言いながらポンポン、と軽くリサの肩を叩いて、俺はリサに背を向け会話を終わらせた。


それにしても、有る事無い事言いふらして、口が軽い健太の何倍もたちが悪い。影でこんな話ばかりされてしまう姫井があまりに可哀想だ。


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