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『正直満更でもないだろ。』って、ついぺらっと言ってしまった俺の発言に、柚瑠にすげえ不快そうに眉を顰められてしまった。
やべえ、失言しちまったかも。
姫井さんレベルの可愛い子に好かれて喜ばない男がいるわけが無い、と思っての特に深い意味は無い発言だった。
けれど俺のその発言が引き金となったみたいに、柚瑠は今まで俺が聞いたことがなかった本音をポロポロとこぼし始めた。
俺には気持ちが分かるはずもない、高野との付き合いをひた隠しにする柚瑠が抱えている、苦しみを表したような本音だ。
柚瑠の話を聞いていると、高野のことがほんとうに好きなことが分かる。高野のことめちゃくちゃ大事にしてるし、それにめちゃくちゃ可愛がってる。
柚瑠にとって姫井さんの気持ちは、もしかしたら重荷になっているのかもしれない。
そう考えたら、『満更でもないだろ。』って発言で柚瑠を怒らせてしまうのは無理もない。
友人へのちょっとした発言に、俺は柚瑠と別れた後、申し訳ないことしたなぁ…と少し反省した。
あのあと柚瑠は別にいつも通りだったけど、あのリサちゃんとかいう子のことでもなんか結構げんなりしてたのに、さらに俺まで余計なこと言ってしまったかも、ってただただ自分の発言に後悔した。
「姫井さんと柚瑠今どうなってんの?」
「え?別にどうもなってないんじゃね?」
「それ彼女にめっちゃ聞かれんだけど。」
「ああ、美亜ちゃんの協力してるからだろ?あの子まだ柚瑠のこと好きなん?」
「多分ワンチャンあったら告ると思うけど。」
「ワンチャンなくね?あいつまじで興味なさそうじゃん。てかいっつも高野といるし。」
「あの仲の良さなんなん?できてんの?」
柚瑠がいないところで柚瑠の話をしている男バス部員たちの会話に、俺は背筋が寒くなった。
勿論奴らは冗談を言っているつもりで笑いながら話しているが、こういう噂話をされるのは特に柚瑠が嫌がってることだ。
「うける。てか微妙にありそうじゃね?放課後いっつも高野の家行ってるよな?」
一人が俺を見てそう言った時、心臓がドキッとした。ありそう、っていうか、正にそうだ。
「あー、高野んちこっから5分だしな。溜まり場みたいになってる。」
「近すぎだろ!いいなぁ。」
「タケとか自分ちみたいにゲームやってるし。」
「ああ、富岡?お前らあのへんと仲良いよな。」
「俺去年同じクラスだったしな。」
淡々と返事をしていたら、柚瑠と高野の話題からは徐々に逸れていってくれた。二人の関係を疑ってた、とかじゃなく、多分まじで冗談で言ってたっぽい。男同士で付き合うことが、それほどこいつらにとったら“有り得ない”ことなんだろう。
冷やかされるのは目に見えてる。
だから柚瑠も、必死にひた隠しにするわけだ。
*
「あ〜!柚瑠先輩だぁ〜こんにちは〜。」
昼休みに外で遊ぶ前に柚瑠を購買に誘ってパンを買っていると、後からやって来たリサちゃんが今日もフレンドリーに柚瑠に声をかけてきた。最近柚瑠は顔を合わす度に声をかけられている。
「ん?…あぁ、こんにちは〜。」
無理に笑顔を作って挨拶を返す柚瑠に、リサちゃんは「何買ってるんですか〜?」と会話を続ける。
手にサンドイッチを持っている柚瑠を見て、俺の脳内では『見てわかんねえのかよ。』と高野の声で再生された。
「ん。」と少しめんどくさそうにサンドイッチを見せた柚瑠に、「あ〜、サンドイッチですか〜。」と言うやりとり。めんどくせえな。そのやり取りは必要か?
俺がパンを買い終えたのを確認した柚瑠が、「じゃあな。」と軽くリサちゃんに手を振り背を向ける。
なんとなく俺はリサちゃんの様子を横目に窺い続けていたら、さっきまで笑顔だった顔がスッと冷めた表情に変わる瞬間を目にしてしまった。
「うわ、こっえ…。」
「…どうした?」
「…急に冷めた顔になった。」
廊下を歩きながらパンの袋を開け、コソコソと柚瑠にそう話すと、柚瑠も「…あの子まじめんどいな。」と不満を漏らして顔を引き攣らせている。
いつもならすぐにパンを食べ終えてグラウンドでバレーボールをしている奴らに合流するけど、会話をしながらだらだらとパンを食べていたため、どちらからともなく校舎を出たところで足を止めた。
「まじで姫井さんへの当て付けで柚瑠と仲良くしてるっぽいな。もういっそのこと相手にしなくていいんじゃね?」
「でも影でねちねち言われるぞ?性格悪いとか冷たいとか。」
「柚瑠別にそういうの気にしない方だろ。」
「いや、モロにこっちみて悪口言われてたらさすがに気にするって。」
「相手にしてなかったらどうせそのうち興味失せるんじゃね?」
「まあな。けどそれだったら適当に愛想良くしといて飽きられるの待つ方が無難じゃね?」
「まあな。クソめんどそうだけど。」
柚瑠とあれこれ談義しながら残りのパンを口に詰め込んだところで、校舎沿いを歩いていた姫井さんが友達と一緒にこっちに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
「「七宮先輩とタカ先輩こんにちは!」」
友達と二人揃って柚瑠だけでなく俺にまで挨拶をしてくれた二人に、俺の中での二人の好感度が上がる。当たり前のことだがきちんと挨拶をしてくれる後輩は印象が良い。
「おー、こんにちは。」
「こんにちはー。」
柚瑠の後に続いて俺も挨拶を返したところで、姫井さんが「今日はバレーボールしないんですか?」とチラッとグラウンドに目を向ける。
「あーするする。パン食ってたわ。」
柚瑠はそう言いながらグシャッとサンドイッチのビニールを丸めて、ズボンのポケットに突っ込んだ。
もうすでに姫井さんの気持ちに柚瑠が気付いていると分かった上で二人のやり取りを観察するが、柚瑠の受け答えはかなりナチュラルだ。
素っ気なくもないし、かと言って、期待を持たせるような親しさもあまり無い。
「喉渇いたし水飲んでから行こうぜ。」と俺に声をかけてきたあと、柚瑠はすぐに姫井さんから背を向ける。
「柚瑠、なんかまじごめんな、この前言ったこと。」
「は?なんだっけ?」
「…満更でもない、とか。」
「ああそれか。なんだよ、まさか気にしてたのか?」
「…いや、まあ。軽く。」
柚瑠のナチュラルな姫井さんへの受け答えは、リサちゃんへの愛想笑い以上に神経を使ってる気がして、柚瑠は気苦労が絶えないなと感じてしまい、謝らずにはいられなかったのだ。
しかし柚瑠はそんな俺を見ながら、「意外とタカは気にしいだよな。」と言ってククッと笑っている。
「いや、気にしいってか普通に柚瑠の気に障ること言ったなーと思って。」
「まあぶっちゃけ“満更でもない”の前に“なんで俺?”って思う方が強いからな。真桜の時も同じこと思ったけど。」
「それは俺もだわ。高野っていつどこで柚瑠に惚れたんだ?」
「いや、それが俺もよくわかんねえんだよ。それだけがずっと謎。」
いつのまにか柚瑠との会話はすぐに高野の話題になる。
さっきより口角を上げて高野のことを話す柚瑠の表情は、楽しそうで、嬉しそうだ。
俺はずっと、高野の方が柚瑠にベタ惚れだと思っていたけど、俺の思い違いだったらしい。
案外柚瑠の方が高野以上に、高野のことを考えている。
柚瑠の苦悩とタカの理解 おわり
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