番外編:トウヤの秘密 [ 54/101 ]

番外編:トウヤの秘密


「トウヤくん…悲報。片桐さんに彼氏できた。」


同じバイト先で二つ年上の、一応俺の後輩にあたるかなりイケメンで顔が良い男、浅見一星が低いテンションで俺にそう話しかけてきた。


「え…、そうなんですか。」

「俺の弟の友達だって。弟から昨日聞いた。」

「……あらま。残念会します?」


俺の提案に一星くんは無言でコクリと頷いた。おおっ…やったぁ…。これで一緒にご飯食べに行けるかな…。


片桐さんがバイトで入ってきてから一星くんはずっと彼女のことが気になっていた。でも俺は、そんな一星くんのことを、実は去年の今頃彼がバイトに入ってきてからずっと気になっていた。

最初のイメージは、とりあえず顔が良い。同じ男なのにずっと見ていたいくらい顔が良い。でも、その次のイメージで俺の心が鷲掴まれた。

話すことが苦手なのか、まったく目が合わず会話が続かない。目を合わそうとするとおろおろしながら目を逸らされ、やっと話したかと思ったらその声はボソッと無愛想。

でもレジで困っていたところを助けると、下を向きながらも『ありがとうございます』としっかりお礼を言ってくれた。

この時俺は、もっと彼と会話ができるようになったらいいのにって思い、『敬語じゃなくてもいいですよ、俺の方が年下なんで気軽に話しかけてください』って言えば、ほんの少しだけ口元を緩ませ、『ありがとう』って、タメ口で話してくれたのが嬉しかった。


それからと言うもの、俺は一星くんとの仲を深めようと彼にたくさん話しかける。そうしているうちに徐々に彼も俺と話すことに慣れてきてくれたのか、目も合うようになった。


1年も経てば、随分話せるようにはなってきたと思う。でもそれはバイトの仕事中の時だけで、バイトが終わったらすぐに帰ってしまい、雑談とか、私生活の事を聞いたりとかは全然できずに居たのだった。


そうしているうちに新年度になり、片桐さんがバイトに入ってきた。可愛くて、明るくて、ハキハキ喋れるしっかりした人で、彼女は一星くんとすぐに打ち解けていた。

だから俺は、気付いた時にはモヤモヤ、ドロドロ、嫉妬のような気持ちを抱いている。俺は1年かけてじっくり仲良くなってきていたのに、片桐さんはこうもあっさりと…。


『可愛い子が入ってきましたね。』

『うん。可愛い。』


一星くんはそう言って、よく片桐さんを目で追っていた。好きなのかな、って思ったけど、それを聞く勇気はなかった。

男の俺がこんな嫉妬心を抱いているのも嫌で、おかしくて、俺も一星くんの気持ちに合わせるように片桐さんのことを『可愛い』って言うようになった。

そうすることで、俺と一星くんの仲は何故かもっと深まった。多分俺は一星くんの中で“同士”のような存在なんだろうなって思う。


…やだなぁ。二人がもし付き合ったらやだなぁ。その時はもうバイト辞めようかなぁ…。元々3年になったら辞めようかなって思ってたし。と考えながらバイト中にも関わらずぼんやりしていたら、『トウヤくんぼーっとしてるけど大丈夫?』と片桐さんに心配されてしまった。


『あっ…すみません。大丈夫です。考え事してました。』

『…考え事?』


不思議そうに俺を見る片桐さんに、つい俺は頭の中で“悪いこと”を考えてしまった。


『…一星くんって好きな人いるんですかねぇ。』

『一星さん?…んー、どうやろ。まだそんな話は聞いたことないなぁ。なんで?気になってるん?』


片桐さんは俺の発言にそう返し、クスッと笑ってきた。


『えっ…あっ…いや……』


咄嗟に顔が熱くなってしまい、今の俺はきっと赤い顔をしているからかさらにクスクスと笑われてしまった。


『私の弟もな、一星さんの弟にデレデレしてるで。家でかっこいいかっこいい言うていっつもベタ褒めしてんねん。』

『えっ、弟さんもそんなにかっこいいんですか?』

『うん!めっちゃかっこいい!!弟もちょっといろいろ疑うレベルでデレデレしてる。』

『ふふっ…そうなんですね。なんか弟さんの気持ち分かります。一星くん見てたら自分もちょっと危ういです。…俺が一星くん好きになったら変ですかね?』


一星さんのことは俺が好きだから、片桐さんは好きにならないで。人が良さそうな片桐さんなら、俺に気を遣ってくれるかもしれない。


そんな悪い気持ちを抱きながら片桐さんに問いかけたら、片桐さんはキョトンとした表情を浮かべていた。

…やっぱり、変なこと聞いてしまっただろうか。

後から襲ってくる不安に片桐さんの返事を聞くのが少し怖くなっていたら、彼女はまたクスッと笑って答えてくれた。


『良いやん良いやん、変なわけないやん。……ていうか私の弟なんかひょっとしたらアレまじで好きになってるかもしれんし。』


俺に変なわけないと言ってくれたあと、片桐さんはボソッと低い声で弟さんを疑うような事を言っている。


『そうなんですか?』

『うん、だって私が一星さんの弟に絡んだらキレ方が尋常じゃなかったもん。聞いたら怒られそうやから何も聞かへんけど。』


片桐さんはそう言って、口を手でモゴッと押さえていた。


その日から俺と片桐さんは、そんな秘密の話を共有する仲になったのだった。


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