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「あ、侑里や、おはよう。」

「おお、香月おはよ。……ん?香月?」


翌日の朝、駐輪場にチャリを止めて校舎に入ろうとしていたら、だらだらと憂鬱そうな顔をした侑里が歩いてきた。いつもはうるさすぎるくらい元気に侑里の方から挨拶してくれるのに、今日は声を掛けても元気な返事が返ってこない。

気怠げに片手を挙げながら「おう…」と返されただけで、光星もそんな侑里を見ながら不思議そうに首を傾げている。


「侑里どうしたん?お腹でも痛いんか?」

「…めんどくさいことになった。」

「「めんどくさいこと??」」


光星と共に侑里にそう聞き返すが、侑里は言いたくなさそうに顔を顰めたままだらだらと俺の隣を歩き始める。あまりに憂鬱そうな顔をしているから、ちょっと心配になってきてしまった。


「なんかよく分からんけど無理しんときや?」


侑里の顔を覗き込みながらそう声をかけると、侑里は憂鬱そうな顔のままジッと俺の目を見つめてくる。


「…永菜には絶対話さんといてくれる?」

「え、うん。言わへんけど。なんの話?姉ちゃん関係あるん?」

「そういうわけではないねんけどな。……元カノに昨日学校来られてん…。」


言いたくなさそうに侑里がそんな発言をした瞬間、俺は顎が外れそうなくらい口を開けて、バッと光星の方を振り向いてしまった。

そして光星も、目をまんまるく見開いて俺と目を合わせる。


「お前それほんまに言うてるん?」

「こんな嘘わざわざ俺がつくわけないやん…。」

「おっ、おまっ、…ほんまに言うてるん?」

「え?…なに?その反応。」


『昨日学校来られた』って、こんな偶然ある?

昨日校門に居た美人JKを見た後、『誰か待ってんのかな』とか光星と話してたけど、…まっ、まさか待ってたのって侑里か…!?


「とぅるんとぅるんしてる綺麗な茶髪に、紺色の制服のミニスカ穿いためっちゃスタイル良くて顔可愛い美人JK?」

「え?なんで知ってるん?見たん?」

「ほっ…、ほんまに言うてるんかお前…!昨日校門横におった美人JKは侑里の元カノやったんか…!?」


侑里は俺のその声を聞き、さらに憂鬱そうな顔をしてうんうんと頷く。


「俺も練習後学校出たらおったからびっくりしてプロテイン吐きそうになったわ…。飲みながら帰ってた俺が悪いけども…。あぁ〜…思い出しただけで胃がムカムカしてきたな…。も〜最悪や…気分悪い…。」


話していたら本当に気分が悪くなってきたのか、自分の胸をなでなでと撫でて、ぶつぶつぼやきながらスポーツクラスの教室の方に歩いて行った侑里の後ろ姿を見送る。


「…うわ、アレ元カノなん?やばすぎん…?」

「香月に会いに来てたってことは元カノは香月とより戻したいのか?」

「そういや姉ちゃんも言うてたわ。元カノが決勝戦の試合見にきてキャーキャー言うてたらしい。」

「元カノ香月に未練たらたらじゃねえか。」


光星とそんな話をしながら教室に入り席に着く。椅子に座ってからも光星の方を向いて、侑里の元カノの話を続けた。


「なんで別れたんやろなぁ?あんな可愛い彼女と。」

「…まぁ、昨日も男二人連れてたし…軽い感じだったとかじゃねえの?別れた後も後輩に手出してたとか香月この前言ってなかったっけ。」

「あー…なんかそんなん言うてたかもなぁ。」


侑里から元カノの話を初めて聞いた時、とにかく話をしたくなさそうな態度が印象的だった。試合を見に来られたのも相当嫌そうにしてたけど、まさか学校にまで来られるなんて。


「侑里多分顔で惚れたんやろなぁ。今みたいにあの子に熱烈アプローチしてた姿が想像付くわ。」

「それで付き合えたのがさすがだよな。それも、相手の方が未練あるっていうパターン。」

「熱しやすく冷めやすいんちゃうやろなぁ?もし侑里が姉ちゃんと付き合ったとして、その後はもうどうでも良くなったみたいな態度取られたら俺普通にブチギレるで?」

「えっ…そんなことはさすがに……、大丈夫だろ…?」


俺の言葉にそう返す光星だが、その表情は少し自信無さそうにも見える。


「まあでも、サッカー一筋8年の侑里くんやからな。普通に考えてそこは大丈夫か。」って、疑うのはやめてやろう。


よっぽど元カノのことが嫌いなのか、侑里はその日ずっと憂鬱そうな表情を浮かべていた。元気のない侑里はつまらなくて、俺と光星の気分もなんとなく下がり気味だ。


休み時間の侑里は自分の席で静かにスマホを見ていたから、不機嫌そうな顔をして何を見ているのか、とそっと背後から侑里のスマホ画面を覗き込めば、そこには昨日俺が見た美人JKのSNSにアップしたような写真が表示されている。


「おお…、やっぱ元カノ可愛いなぁ。」


俺が突然そう口を開いた瞬間、侑里は驚いてびくっとしながらスマホ画面を胸に押し付ける。


「…違うぞ?俺はそんなん思って見てたんちゃうからな?」


不機嫌そうな顔で侑里にそう言われ、もう一度画面に視線を落としたかと思ったら、侑里は「ここ」と画面のある一部分を指差した。


何だろうと疑問に思いながら侑里に指差されたところを見ると、誰かが【 かわいい! 】とコメントしている文字が書かれている。


それがどうした?って首を傾げたら、侑里はまた不機嫌そうに口を開いた。


「これ俺の先輩のアカウント。」

「高校の?」

「そう。ほんまやめて欲しいねんけど、俺の知り合いと関わり持つの。」


侑里はそう言いながら、スマホをポケットにしまい、背凭れにぐったり背を預けた。


「意図的?」

「多分な。俺2日前この先輩にSNSやってへんのか聞かれたし。」

「…うわぁ、元カノが先輩と繋がったのは侑里に繋がるためなんや。」

「こうやって周りの男を使うよう事するところも嫌いやねん。」

「なんかちょっと察したわ…。元カノ女王様気質なんやな…。」


そりゃこれだけ可愛かったら言うこと聞く男は多そうやなぁ…と、侑里が見ていた元カノの写真を思い返しながら、俺は苦笑いが漏れてしまった。


「ああぁ〜っもう嫌や…思い出したくない…!俺はもう好きじゃないもん…!!永菜ちゃぁあああん!!!俺の好きな人は永菜ちゃんやもん!!!」


休み時間のスポーツクラスの教室で、侑里のそんなでかい声が響き渡る。髪をぐしゃぐしゃに掻きむしりながら、頭を抱えて机に突っ伏した。

周囲に居た人たちが、ビクッとしながら荒ぶる侑里に目を向ける。

…侑里くん、…まあまあちょっと落ち着いて。って、俺は侑里の背を撫でながら慰めの言葉をかけてやるが、しばらく侑里の頭は上がることは無かった。


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