4. るいと航の年末年始 [ 156/163 ]

※ S&E futureとfutureUのあいだのおはなし

〜 大学1年 冬 〜


航のバイト先はスーパーということもあり、年末年始は特に忙しそうだ。航のバイト中、家で一人でいてもつまらない俺は、買い出し目的もあるがふらりと航のバイト先へと行ってみる。

夜ご飯何にしようかな。航くんはどこかな。

あったかいものが食べたいなぁ。航くんはどこだろう?

食材を探すフリをして、キョロキョロと辺りを見渡しバイト中の航の姿を探しまくる。

でも全然姿が見当たらなくて、わざと時間を潰すように綺麗な野菜をじっくり選んでいたら、近くで品出しの作業をしていた女性店員にやたらにこやかな表情でこっちを見ながら「いらっしゃいませ〜」と挨拶された。

…俺もしかして不審な動きしてたかな?万引きなんてしませんよ…。と大量の玉ねぎの山の中から選び抜いた玉ねぎをカゴの中に入れる。

そそくさとその場を離れて、肉の売り場に移動する。ここでもキョロキョロと航の姿を探していたから、かなり怪しい動きをしてしまっていたのか、肉のパックに割引きシールを貼っていた女性店員に俺の方をがっつり見られながら「いらっしゃいませ〜!」と挨拶された。

みんな忙しいのに客ににこにこ笑顔向けて大変だな…って思いながら、ぺこりと小さくお辞儀する。するとその女性店員に、小さく「キャッ」と声を出されてしまった。…今のは一体なんの『キャ』だ?


あんまり怪しい動きはしないようにしようと「あ、卵買わなきゃ、卵。」って卵売り場を探すフリをしながら辺りを見渡す。それにしても航くんいねえなぁ…。

勿論、卵の場所など把握済みなため自然に足を卵売り場に運んでいたら、バックルームへと繋がる扉が突然バッと勢い良く開き、「いらっしゃませー」とぶっきらぼうな声で言いながら航が姿を現した。

店の裏に居たのだから、そりゃ店内を探しても見つけられなかったわけだ。

「あっ」と声を出しながら航の方を見ていたら、俺の事に気付いてジッとこっちを見つめながらもスタスタと目的の方向へ歩いていってしまう航。

航くんは何をしてるんだろう?と航の後を追いながらバイトに励む航を観察していたら、店内に『新春』や『迎春』などと書かれた広告の紙を貼りまくっていた。

航の手により、一気に年末の雰囲気がお正月を迎える雰囲気に変わっていく。


「もうお正月かぁ…。」と呟きながら航の背後からじわじわと近寄っていったら、くるりと振り向いた航が「裏で王子来てたっておばちゃんたちに騒がれてたぞ。」って勤務中にも関わらず話しかけてくれた。


「航くんのバイト姿見納めに来たよ。」

「来んでいいわ。家でこたつにでも入ってあったまってなさい。」

「…航くんが居なきゃ暇なんだよ。」

「こっちは王子の手も借りたいくらい忙しいんだわ。ちょっとこれ持ってて。」


航はそう言って広告の束を俺に持たせて、両手を伸ばして上の方に広告を貼っていた。


「はい、ありがとう。」とまた俺から広告の束を受け取り、スタスタと歩いては立ち止まり、広告を貼っている。


そろそろ邪魔になるだろうし買い物して帰るかぁ…。と思っていたら、「あっ!」と俺の方へ振り向いた航が「るい卵買っといて!」って言ってくるから、俺はニッとドヤ顔しながらすでにもうカゴに入れていた卵のパックを航に見せつける。

すると航もニッと笑い、「さすが。」って言いながらグッと親指を立てて、そのまま俺に背を向けてスタスタと歩いていった。

ずっと航くんの働いてる姿を見てたいくらいだけど、俺がいたら気が散るだろうからさっさと買い物をして帰宅した。





「友岡くん今手空いてる〜!?」

「あ、はい。空いてますよ。」

「これ年末用のポップと入れ替えで貼ってきて〜!それ終わったらまた別でしてほしいことあるから声かけてくれる!?」

「分かりました。」


大学生になってバイトをするようになって初めて迎える年末年始が、今までバイトをしていて一番忙しいように感じた。

とにかく上司に余裕がない。『あれもしなきゃ!これもしなきゃ!』とアタフタしている。それなのに店にはクレームの電話がかかってきたりする。大変そうだなぁ…と俺は任された仕事をしようとしていたら、店内からバックルームに引っ込んできたパートのおばちゃんがウキウキで「王子来てたよ〜!」とほかのパートさんに話していた。

え?王子来てんの?って思いながら店内に出たらほんとに王子が居て、“何か”を探すようにキョロキョロしていた。“何か”っていうか、絶対俺のこと探してるだろ。

可哀想なくらい仕事に追われてる上司の前で呑気に王子とお喋りもしていられないため、手を止めないように店内にポップを貼っていく。


こうして慌しく年末のバイトが終わっていったが、年始のバイトも同じように忙しかった。


三ヶ日が終わると今度は俺が店内に貼りまくったポップを全て剥がさなければならない。それに乱れた商品棚の陳列をしたり、どさどさと入荷していた商品の品出しもしなければならない。

バイトとは言えめちゃくちゃやる事が多い。しかし上司なんてクレーム対応で大忙しだ。お客さんに怒鳴られてて可哀想だなぁ…などと哀れに思いながら黙々と品出しをしていたら、スッと俺の隣に客が立ち、俺が並べていた商品をひとつ手に取った。


「あ、すみません。いらっしゃいま……、ってお前かよ。」


お客さんの邪魔にならないように少し横にずれながら客の顔を見ると、それは先程家で『いってらっしゃい、バイト頑張ってね。』って俺がバイトへ行くのを見送ってくれたるいで、にこにこしながら俺が出したばかりの商品をカゴに入れた。


「え?それお前食べんの?俺は食べねえよ?」

「なんとなく。航くんが出してた商品だから。」

「買わなくていいから戻しときなさい。」


サッとカゴの中から商品を手に取り、棚に戻すと、るいは「ふふっ」と笑っている。


勤務中に王子とお喋りしてサボってると思われても困るから、手を動かしながら「航くんがいないとつまんなーい。」とぐちぐち言ってくるるいに適当に返事をしていたら、俺の背後をスーッと通っていこうとしていた従業員が突然ギュンと振り向き、「あけましておめでとうございますぅ!」と両手を合わせて45度のお辞儀をしながら新年の挨拶をしてきた。

見ればその従業員は俺ともよく喋る仲良しなパートさんで、俺がるいと仲が良いということも知ってる人だ。

突然新年の挨拶をされて困惑気味に「あ…どうも…」と会釈するるいに、「今年もお待ちしておりますね!」とにこやかに言ってから去っていった。


「…びっくりした、従業員さんに挨拶されると思わなかった…。」

「ここの人お前のファンばっかだからな。」

「そ、そうなんだ…、まあ…バイト頑張ってね…。」

「おう。」


パートさんの勢いに押されて少し引き気味になっていたるいは、顔を引き攣らせながら帰っていった。

そしてその後さっきのパートさんと顔を合わせると、「新年早々王子に挨拶できてよかったわ〜」と言って仕事が忙しいはずなのにイキイキしており、他の従業員に羨ましがられていた。


周りのパートさんは皆口を揃えて『王子に会えたらその日は吉日』なんて言ってるから、じゃあ俺毎日吉日じゃん。って、クスッと抑えられない笑みを漏らしながらバイトに励んだ。


るいと航の年末年始 おわり


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