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室井 祥哉(むろい しょうや)、高校1年の春。

中等部からそのまま高等部へ上がり、初日のうちにさっさと入部するつもりをしていた陸上部に顔を出した。中等部の頃から陸上をやっていたため、高等部の陸上部顧問の先生も俺のことを知ってくれていて中学の時よりも本格的に陸上生活が始まろうとしていたが、予定外だった生徒会との兼部が決まったのはその後のことだ。


外部から受験し、特待生として入学してきた同じクラスの瀬戸 隆はその容姿から一際目立っており、入学初日からすでに注目されていた。

周りの生徒から話しかけられまくっていて、かなり迷惑そうに顔を顰めていたのが印象的。

俺は瀬戸隆と席が離れていたし、自分から話しかけない限りまあ同じクラスだとしても瀬戸隆と話すことはそうないだろうと思っていたが、驚くことに話しかけてきたのは向こうからだ。


「なぁ室井…だっけ?担任これいつまでに提出って言ってた?」


休み時間、プリント片手に俺の席までやって来た瀬戸隆からの問いかけに「一週間以内つってたかな。」って答えたら、「サンキュー」と一言礼を言ってから席に戻っていく。

何故近くの席の奴に聞かないでわざわざ俺のところに?って不思議に思いながらも多分気まぐれだったんだろうとすぐにどうでもよくなった。


しかしまたしても瀬戸隆は、わざわざ俺のところまでやって来て疑問点を問いかける。


「なぁ室井、明日の健康診断の時って体操服着るんだっけ?」

「体操服登校って担任言ってたぞ?」

「まじ?あっぶねー、サンキュー。」


近くにクラスメイトはたくさんいるのにわざわざ俺のところに来て、普通に会話して、普通に席に戻っていく。またしても『なんで俺?』と思ってしまうのは普通の反応だろう。


そして翌日の健康診断の日、体操服のジャージに身を包んだ瀬戸隆がまた俺の元へやって来て、自ら俺に話しかけてきた。


「なぁ室井ー、俺校舎全然わかってねえから一緒に行かね?」

「別にいいぞ。俺もまだあんま分かってねえけど。」


身長体重や視力検査、心電図などの検査でまだ不慣れな校舎内を転々と移動しなければならないため、その日は瀬戸隆を引き連れて校舎内を歩き回る。

『あの人が瀬戸くんだって』とか『噂通りかっこいい』とか言われていて、瀬戸隆は常に周囲からの注目を浴びっぱなしだ。


「なぁ、瀬戸っていろんな奴に話しかけられてたけどなんで声かけてきたの俺なんだ?」


校舎を二人で歩きながら不思議でしょうがなかったことを聞いてみると、瀬戸隆は俺の疑問にサラッと答える。


「一人で居たから。」

「ああ、なるほど。」


返ってきたその一言ですぐに納得していると、瀬戸隆は愚痴を言うように言葉を続ける。


「男に集団で話しかけられんのとかまじむさ苦しすぎ。別にチヤホヤされても嬉しくねえし。室井みたいな感じの友達一人いれば十分だわ。」


ん?俺みたいな感じの友達?

瀬戸隆から見た俺がどういう人間だったのかは自分では分かんねえけど、俺は早くも瀬戸隆から友達認定されているようだ。


「てか室井の名前なんだっけ?……祥哉?」


俺の手にある健康診断の紙を覗きながら名前を確認され頷くと、「俺瀬戸隆な。隆でいいぞ。」って今更自己紹介される。


「分かった。じゃあ隆。」


隆のペースでトントンと会話は進み、高等部へ上がり早くも俺は学園中の注目の人物と名前を呼び合う仲になった。

『瀬戸くんって室井とだけ話すよな』とクラスメイトにも不思議そうな顔をされるようになり、俺だって隆本人に理由を聞いたもののやっぱりまだ少し不思議に思う。

本当に隆は他に友達を作る気無さそうに俺にばかり話しかけてきて、他の奴にはツンと無愛想な態度だ。


「祥哉!お前朝何時に飯食ってんだよ!お前の姿食堂で見かけたことねえぞ!」

「7時頃だけど。」

「は?早くね?せめて7時半にしろよ。俺一人で食堂行くの嫌なんだけど。」

「じゃあ隆が俺に合わせろよ。」


隆と一緒にいる時間が増えていくとすぐに隆がわりと身勝手で自己中心な性格だということが分かった。一人で行動するならそれでも良いと思うけど、俺まで振り回されるのは頂けない。

隆の要求には頷かずにそう返事をすると、隆は「え〜」と渋るような態度を見せるが、翌日になると眠そうな顔をして隆は朝7時に食堂へ顔を出した。よっぽど一人で飯食うのが嫌だったのかもしれない。


「おお、隆来たんだ。」

「祥哉が7時に来いっつったんだろ。」

「別に来いとは言ってねえよ。」


自己中なやつかと思っていたら、人に合わせることもできるらしい。眠そうな顔をしながらも隆が朝7時に飯を食う俺に合わせてきたことが自分の中で結構好印象だったようで、そこから俺も隆を“友達”だと思うようになっていった。


けれどその次の日になるともう隆は朝7時に食堂に来なくなり、「やっぱ7時は早過ぎだろ!」と俺に文句を言ってくる。


「俺今日起きたらもう7時過ぎてたぞ!!」

「そんなん知らんよ、アラームかけろよ。」

「お前食堂行く時俺んとこ起こしに来いよ!」

「なんで俺が。めんどくせえよ。」

「食堂行く時俺の部屋通るだろーが!」

「は?隆の部屋どこだよ。通らねえよ。」


教室で俺に向かってギャーギャーうるさく喋ってくる隆に俺は適当に返事をしているが、そんな中でクラスメイトは一切俺たちに話しかけてくることは無かった。


多分、話しかけても隆が周りと親しくする気は無いと悟ったのだろう。


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