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※futureよりももっと先の社会人になってからのおはなしです。閲覧にはご注意ください。
『ピンポンピンポンピンポンピンポン、』
「はいはいはいはいそんなに連打しなくてもすぐ開けるからちょっと待って。」
定時退社に成功し、家に帰って缶ビールとつまみを味わっていたところに、インターホンが連打される音が聞こえてきた。ソファーからよっこらせと立ち上がり、独り言を言いながら玄関へ向かい、ドアを開ける。
「腹減った!航飯作って!!!」
「おいおいあんた、俺はきみのお母さんかい?自分ちみたいに帰ってきて。」
「ビールいいなぁ、俺も飲むー。」
「一缶200円払ってもらうぞ。」
「は?高くね?」
そう言いながら、首元に締められていたネクタイを緩めて平然とした顔で家に上がり込んでくるのは、るいの弟、りとくんだった。
「兄貴は?」
「今日は飲み会らしい。」
「お、丁度いいな。うるさい兄貴がいない間に航ちょっち一杯やろうぜ。」
りとくんはそう言いながら冷蔵庫をゴソゴソ漁っている。だからお前、自分ちみたいに人んちの冷蔵庫を漁りやがるな。まあいいけど。
りとくんが勤める職場が電車で数駅のところにあるからって、腹が減れば退社後に現れる弟に、るいは「食費が嵩む」と今朝文句を言っていたところだ。
「チーズねえの?チーズ。」
「あるだろ、奥の方。」
「どこだよ。」
ガサガサ冷蔵庫を漁っているりとくんに見兼ねて横から手を出した。
「はい。」とチーズを渡してやると、満足そうにチーズを受け取り、ぷしゅっと缶ビールのプルタブを開けるりとくん。
「くっは〜!!!」
美味そうにビールを飲みながら声を上げるりとくんに笑いながら、俺も残りのビールを飲み干した。
首に引っかかっていたネクタイをシュッと外したりとくんは、ポイ、とソファーにネクタイを放り投げた。「ふぅ」と息を吐き、リラックスモードに入っている。
「今作ってやれるのはオムライスか焼き飯か焼きそばくらいだな。あ、カップラーメンならある。」
さっそく缶ビール片手にソファーで寛ぎ始めたりとくんに俺は冷蔵庫を覗き込みながら問いかける。
「んー、…焼きそば!」
「オッケー。ちょっと待っとれ。」
るいほどではないけど簡単なものなら自分で作れる。味に自信があるかと聞かれると微妙だけど、食べられないことはないと思う。
俺は、腹を空かせた弟のために冷蔵庫からキャベツや玉ねぎ、焼きそば麺を取り出して、せっせと調理を始めた。
数十分後には2缶目のビールを飲んでいるりとくんの元へほかほかと湯気が出ている焼きそばを持っていくと、「お〜、美味そう。」と嬉しそうに箸を持った。
「りとくん、ビール表にチェック入れとくな。」
俺はズルズルと焼きそばを勢い良く食べ始めたりとくんにそう話しかけると、「ふぁ?」と一瞬焼きそばを食べる手を止めて表に目を向けた。
カレンダーの隣に貼られたるいの字で書かれたビール表。これは、俺たちの家でビールを飲みまくるりとくんに呆れたお兄ちゃんが、弟にビール代を請求するために作られたビール本数チェック表だ。
「げっ、それまじで数えてんの?」
「数えてるよ。ちなみに今月はもう20本を突破したところだ。お前このまんまじゃおにいちゃんに怒られるぞ。」
「えー、航数ごまかしといてよ。」
「何言ってんだ、俺より稼いでるくせにビール代くらい払いなさい。」
俺はそう言いながらりとくんの頭にチョップを入れた。
見た目は相変わらずのイケメンで、学生時代に比べれば少々大人っぽくはなったものの、まだまだやんちゃっぽさの抜けきれない社会人のりとくんは、現在バリバリの営業マンだ。
頭が良く口がよく回るりとくんが、ほいほい契約を取る姿が目に浮かぶ。
「いやぁそれがさぁ、今月家賃とか払ってたらもう金欠なんだよ。」
「嘘つけ!半分貯蓄してんだろーが!」
これはりとくんが酔っ払っていた時に聞き出した話だが、りとくんは給料の半分を貯金に回しているらしい。
お兄ちゃん曰く『りとはああ見えて貯金好き』らしく、俺はそれを聞いた時そんなバカな…と思ったがどうやらこれがほんとうらしい。
「わかったわかった、払うから。」
観念したようにりとくんはそう言いながら、3本目の缶ビールを冷蔵庫から取り出した。
「おい!1日2本までだぞ!」
「えー…。航くんお願い。」
「ダメ。るいに口うるさく言われてんだろ。」
「チッ。飲み足りない…。」
缶ビールをりとくんの手から取り上げると、不満そうにしながらチーズをもぐもぐ食べ始めた。
焼きそばはものの数秒で食べ終えており、空になったお皿を片付ける。
「お腹膨れたか?ゆで卵あるぞ。」
「食べる!」
ってなんで俺りとくんのお世話してんだか。
賞味期限が切れる直前にゆで卵にしておいたものをりとくんに差し出すと、りとくんは嬉しそうにゆで卵に食いついた。よっぽどお腹が減っていたらしい。
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