「お、伊達の旦那ー」


慣れ親しんだ地元を歩いていた足を止めた。こんな風に俺を呼ぶ奴は一人しかいない。振り返った先にいた、おーい、と手を振る予想通りのオレンジ頭に腕を上げてみせた。


「こんなところで会うとはねー」
「地元なんだから普通だろ」
「まあそうだけど。なに、デート後?」
「まあそんなところだ」
「モテる男は大変だねえ」


猿に誘われ来たのはファミレス。いつもは真田と三人だからコイツと二人なんざ珍しい。ストローでアイスティーを吸い込む猿を見たあと、癖で頬杖をついた。


「そりゃアンタもだろうが」
「いやいや、そんなことないって」
「……最近遊んでねえっつうのはマジなんだな」
「んー、まあね。俺様怒られちゃったから」
「Ah? 怒られた?」
「そう。名前ちゃんにね」


そう言って苦笑する猿。意味もなくぐるぐるとアイスコーヒーをかき混ぜていた手を思わず止めた。名前とはアイツのことだ。今一番気に食わないあの女。最近顔を合わせる度に罵声を浴びせ合っているように思う。負かしてやろうと声をかけるが、しぶとく応戦してくるのだ。


「……あの女に?」
「うん」
「なんかあったのか」
「いろんな娘と遊んでたのを、名前ちゃんにたまたま見られてたことがあってさ。おまけに俺様がこっぴどくフってたところまで。その娘が帰ったあとに、いきなり現れた名前ちゃんにキレられたんだ」
「なんて?」
「こんな最低野郎だとは思わなかった、くたばれカス、とか」
「……それ言われて大人しくやめたのか」
「うん。泣きそうな顔で言われたら、この娘俺様に気があったから怒ってんのかってなっただろうけど、名前ちゃんはあまりにも冷めた目で見てきたから」
「で?」
「思わず呆気に取られちゃってさ。次の日学校行ったら、名前ちゃん俺様のこと完全シカトだったけど、もうしないって謝って仲直りしたってわけよ」
「……あの女の説教がそんなに効いたってか」
「まあね。遊ぶのも飽きてきてたし、名前ちゃんと絶交になっちゃうのも惜しい気がしたからね」


驚いた。猿がアイツにキレられたことも、あの猿がそれを聞いて大人しくなったことも。コイツが他人の言うことを真に受けるとは。


「……惚れてんのか? あの女に」
「なんでそうなんの。可愛いし面白い娘だけどそういう風に見たことないよ。いい友達ってヤツ?」
「ふうん」
「だからそんな恐い顔しないでよ」
「は? してねえだろ」
「してる」
「嫌いだからだろうな」
「まあそれでもいいけど」


そう言って妙に楽しそうに笑う。意味わかんねえ。訝し気な表情になっているだろうことが自分でもわかった。


「前から聞きたかったんだけど、旦那は名前ちゃんの何がそんなに嫌なのさ」
「わかんねえ。けどなんか腹立つ」
「アンタが女の子相手にあんなこと言うの初めて見たよ」
「俺も今までなかった。アイツは言いたくなるほどムカつくんだよ」
「自分に靡かないから?」
「それもあるな」


たぶんそれが理由だろうというのはわかる。なんせ俺に魅力がねえと言ってきやがった。まあそのあとからは暴言を吐いてるわけだがら靡かないのは普通と言えば普通だが。他の女なら泣くなりして媚びて来そうなところをアイツはいつもキレてきやがる。それも気にくわないのだ。


「他の娘にするみたいに優しくすれば、名前ちゃんの態度も変わるんじゃない?」
「アイツにはそうする気にならねえ」
「だからなんでよ」
「わかんねえっつの。もう生理的な問題じゃねえの?」


最近は最初よりもあの女を見ていて苛々する。姿を見たら何か言ってやらないと気が済まないくらいだ。何かしていてもアイツの顔が頭の中にチラついて嫌な気分になる。マジで腹が立つ。それを伝えると猿は苦笑を零していた。


少ししてからファミレスを出た。たらたらと二人で歩いているところで数メートル先に見つけたのは、ここで見るとは思っていなかったあの女の姿。信号待ちらしく足を止めている。


「あれ? 名前ちゃんだ」


そう呟いた猿の声が聞こえたかのように、アイツが不意にこちらを向いた。


「あ! 佐助だ!」


そう言ってパッと笑顔を見せた奴は、俺に気づいた途端あからさまに嫌そうな顔をした。ふざけんな。


「どうしたの? 地元ここら辺じゃないよね?」
「うん。ちょっと用事でね」
「ちなみに俺様は伊達の旦那とお茶してたんだ」
「……あ、そうなんだ」
「んだよ、その顔は」
「別に。あ、佐助、幸村と家近いんだっけ?」
「うん、近いよ」
「今日貸し忘れちゃったんだけど、このCD幸村に渡しといてもらってもいい?」
「いいよ。任せといて」
「ありがと。じゃあこのお菓子お礼ってことで、はい」
「お、ありがとー」


笑いながら猿と話すあの女。なんかうぜえ。苛々する。


「行こうぜ、猿」
「うん。じゃあまた明日、名前ちゃん」
「じゃあな、ブス」
「うるさい、クソ野郎」
「クソはテメェだ!」
「私はクソじゃねえよカス!」
「ちょっとやめなよ!」
「死ね!」
「死ねって言うな!」


一際大きな声に、動かしかけていた足を止めた。止めようとしていた猿も俺と同じように目を円くする。俺を睨み付ける姿は、今までの中でも本気で怒っているようだった。


「ブスは認めるけど、死ねなんか軽々しく言うな!」


馬鹿野郎! そう吐き捨てて信号を渡って行った。大股で去って行く後ろ姿を猿と二人、思わずぽかんとしたまま見つめる。


「なにあんなキレてんだ。本気で言ってる訳じゃねえじゃねえか」
「そうだってわかってても嫌なんだろうね」
「Ah?」
「名前ちゃん、中学のときに事故で人が亡くなったの見たことあるんだって。だから死ねって言葉嫌なんだと思う」


だから言うのやめてあげて。猿は困ったように笑いながらそう言ってから歩き出した。知るわけねえだろ、そんなこと。仕方ねえじゃねえか。


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