冷たい風が勢い良く横を通り過ぎていく。箒の柄から感覚のない手を外し擦りあわせてみるが、大して温まりはしない。おまけに今の風で、集めた落ち葉たちが非情にも散らばっていき思わずため息を吐いた。


「なんでこんなことしなきゃいけないんだ……」


風に攫われていく呟き。伊達くんと言い争ってるの見られたこと以外に理由はないか、と一人すぐに結論を出す。今日伊達くんとの喧嘩の最中に、こわいと評判の先生がたまたま近くを通りかかってしまったのだ。お前らよくうるせえ喧嘩してるらしいな、と言われ、今までの分も含めてのこの校門掃除を言い渡された。そこまで広い範囲ではないが、如何せんこの季節故、寒さが一番厄介である。そして腹が立つのは、伊達が来ないことだ。昼休みが始まってもう数分経つが現れる気配がない。これはどう考えてもさぼりだ。最近私のなかで上がってきていた奴の評価がまた下がりそうである。待っていても仕方がない、早く終わらせてしまおうと箒の動きを早めたとき、黒い革靴が視界に入った。


「すまねえ、ちょっといいか」


反射的に顔を上げる。そこにいたのはオールバックで高そうなスーツを着た男性だった。上から見下ろされた状態のまま固まる。鋭い眼光、左頬にある謎の傷跡。直感的に思った。どこかの組が乗り込んで来たのか。反応を示さない私に対してか、彼は僅かに眉を寄せる。もし怒らせたら殴られそうだと、返事をするよりそんなことを考えている自分がいた。


「おい」
「は、はい!?」
「伊達政宗様のクラスがどこかわかるか」
「……え?」


唐突に彼の口から出てきたのは、最近関わりのあるあの男の名前だった。この学校に伊達政宗は彼しかいないだろう。只今掃除をさぼっている、奴ぐらいしか。名前に様がついていたのは聞き間違いだろうか。不意に上げられた彼の手には、小さな袋が握られている。


「今日政宗様が弁当をお忘れになったため、届けに来たんだが」
「伊達くんのご家族の方ですか……?」
「俺は政宗様の付き人だ」
「つ、付き人?」


聞き慣れない単語が耳に入り思わず聞き返した。そういえば佐助が前に、伊達くん家はすごいお金持ちだって言ってた気がする。別荘あるとか、伊達くんは将来次期社長だとか。日々の態度の悪さに上書きされて、すっかり忘れていた。あの情報は本当だったらしい。


「お前は政宗様の友人か?」
「友人というか、知り合いです。喧嘩ばっかで仲良くないので……」
「もしや……貴女が名前様ですか?」
「……え?」


男性はその鋭い目を見開く。私の名前を知っていること、更に様付けだったこと、そして急に敬語になったことに驚いて、思わず私の目まで円くなった。


「そ、そうですけど、なんで、」
「喧嘩というお言葉からの勝手な推測でしたが、そうでありましたか。申し訳ございません、名前様とはつゆ知らず……」
「い、いや、え?」
「政宗様の口から名前様の話を聞くようになってから、あの方の目に余っていた異性との交友関係がすっかりなくなりました。同時に貴女様へのお心が本気であることが伺えて……この小十郎、名前様には感謝しております」
「や、私何もしてないんですが……?」
「この先顔を合わせる機会も多いと思いますので、何卒よろしくお願い致します」
「え! や、こちらこそ!」


伊達くんと仲良くないからもう顔を合わせることはないんじゃないかと思ったのに、深々と頭を下げられたことに驚いて、変なことを口走ってしまった。私へのお心が本気ってなんだろう。実は私と仲良くなりたいとかか。いや、それはないか。


「それと、この弁当を政宗様に渡して頂けますか? 貴女様から渡されれば、政宗様もお喜びになるかと」
「いや、それはないかと思いますが……わかりました、渡しておきます」
「ありがとうございます」
「いえ」
「紹介が遅れましたが、自分は片倉小十郎と申します。以後、よしなに」


そう言って片倉さんは頬を緩める。浮かべられた薄い笑みを思わず凝視してしまった。



******



「伊達くん、なんで掃除来なかったの」
「あ、マジで忘れてた」
「私一人でやったんだよ!」
「悪かった。詫びする」
「別にいいよ。あとこれ、お弁当」
「アンタが作ってきたのか……?」
「いや違うよ。預かってきたの」
「……ああそうかよ」
「え、なに怒ってんの?」
「怒ってねえよ!」
「片倉小十郎さんって人が届けに来てくれたんだよ」
「小十郎? アイツわざわざ来たのか」
「校門で会って頼まれた」
「そうか。Thanks」
「どういたしまして。ねえ、それよりさ!」
「Ah?」
「片倉さん、かっこいいね!」
「……は?」
「なんか大人の魅力があってさ、最初恐かったけど笑顔がすごい素敵で、私きゅんと来ちゃったんだけど!」
「な……!?」
「また会ってみたいなあ」
「アンタ、小十郎に惚れたのか!」
「いや、そういう訳じゃ……」
「言っとくが小十郎はテメェみてえな餓鬼相手にしねえからな!」
「はあ!? そんなのわかんないじゃん!」
「ねえよ馬鹿! テメェは二度と小十郎には会わせねえ!」
「なんで!?」
「うるせえ!」



******



「まーた喧嘩してるよ、あの二人」
「だが仲が良さそうでござる」
「それは確かに。普通にいい感じだよね」


頬杖をつきながら、佐助は呆れたような笑みを浮かべる。彼の言葉に同意するように幸村は小さく頷いた。


「このままお二人が順調に行けば良いな」
「……うん、そうだね」
「どうかしたのか? 佐助」


どこかはっきりとしない返事をした佐助を見て、幸村は僅かに首を傾げる。笑みを消した佐助の目線の先は、教室前の廊下だった。多くの人が行き交うそこだが、佐助の意識は一点に集中されている。


「ただの俺様の勘なんだけどさ、」
「ああ」
「なんか、嫌な予感がするんだよね」
「嫌な予感?」
「うん、そう」


政宗と名前を遠巻きに見つめているのは、数人の女子生徒たち。彼女たちに視線を向けたまま発せられた佐助の呟きは、空気中に消えていった。


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -