※いじめ表現あり



「あれ?」


放課後の混雑する昇降口で、名前は自分の靴箱を見ながら瞬きを繰り返した。そんな彼女を見て共にいた友人のかすがは首を傾げる。


「どうした?」
「ローファーがない」
「前のように仕舞い忘れたんじゃないのか?」
「今日はちゃんと入れたよ」


床を見渡すが名前のものらしきローファーはない。共に下駄箱の上や他クラスの場所も探したが、見当たらなかった。


「あ」
「あったか?」
「これ……」


紙屑や枯れ葉が詰まるゴミ箱。その中で異質な存在のーローファーは、他でもなく探していた名前のものだった。名前が手を入れそれを掴み上げる。黒色の革は砂で白く汚れていた。数秒無言で手元を見つめていた名前は、横のかすがに視線をやる。


「……ゴミと間違えられた?」
「……普通ローファーを捨てないだろう」
「うーん、まあいいか。見つかったし」
「いいのか……」


朝より汚くなったそれに持ち主の彼女は足を入れる。さして気にした様子もない名前と違い、かすがは思案顔だった。翌日の朝、自分の席に座り机の中の物を取り出した名前は、盛大に眉を寄せることとなる。


「なにこれ……」


置いていた教科書やノートには、昨日まではなかった文字が。ペンで殴り書きされていた暴言はなかなかに酷いものだった。おまけに全て所々破れ、上履きで踏まれた跡がある。一通り目を通してからそれを机の中に戻した名前の口からは、大きなため息が漏れた。



******



「ねえ、ちょっと来てくれない?」


放課後の名前しかいない教室で、彼女はそう声をかけられた。同じように残っている幸村と佐助は、職員室に出向いており今はいない。親しげな笑みを浮かべる女子数人は、彼女の友人というわけではなかった。不自然に長い睫毛は、彼女たちの目を嫌に黒く隠している。名前は返事も頷きもせず、無表情のまま席を立った。女生徒たちに付いてやって来たのは人気のない女子トイレ。扉を閉めた途端表情を無くした彼女たちの豹変ぶりには、名前は少なからず驚くことになる。


「どういうつもり?」
「あんなに色々してやったのに、まだ懲りないわけ? なんでされてるか、わかってないわけじゃないでしょ」


さっきまでとはうって変わった低い声。彼女たちの冷めた目には僅かに目を円くする名前が写る。名前がされていた嫌がらせは、昨日のローファーの一件と今日の教科書類への落書きだけではなかった。少し前からずっと同じようなことを繰り返しされていたのだ。ただ彼女はそれを誰にも言わず、バレないように上手く隠していた。動揺を見せればやった相手の思う壺だと思ったのだ。口を開かない名前を見て苛ついたのか、女生徒の一人が個室の扉を強く蹴った。その音が無駄に大きく狭い室内に反響する。


「なんでお前なんかが政宗と仲良くしてんのかって聞いてんだよ!」
「どうせお前が私たちと関わるのやめろって言ったんだろ」
「あんな喧嘩して、政宗の気引こうとしてんのバレバレなんだよ。バカじゃねえの?」
「真田くんと猿飛くんともいつも一緒にいて、どんだけ男好きなわけ?」
「ブスが調子乗ってんじゃねえよ!死ね!」


肩を力任せに押された名前の身体は、冷たいトイレの壁にぶつかった。痛みというよりその行為に対し名前は顔を顰める。一方的に激しく言い立てられることは不本意だったが、頭に血が上っている彼女たちに何を言っても火に油を注ぐだけだと、名前に反抗する気は起きなかった。嫌がらせの理由は政宗関連だと名前本人もわかっていた。だが名前は特に彼との接し方を変えたりはしなかったのだ。会話は喧嘩に発展することもある色気のないものだけであり、下心を持って政宗と関わっていないことは端から見てもすぐにわかると彼女は思っていたのだ。だがその推測はどうやら間違いだったらしい。ふと女生徒の一人がおもむろにブレザーのポケットに手を入れた。そこからおもむろに取り出されたのは、黒と金のカバーに包まれたスマートフォン。カバーにはひびが入り、端が欠けている。最初名前はその女生徒の私物だと思ったが、それにどこか見覚えがあることに気づく。無言と無表情を貫き通すつもりだった名前の目が、それの持ち主がわかったことにより見開かれた。


「それ、かすがの……?」
「そう。アンタの仲良しの。ちょっと借りてきちゃった。勝手にだけど」
「な、なんでよ! かすがは関係ないじゃん!」
「アイツもちょっと男にモテるからって気取りやがって。ほら、返すからアンタから渡しとけば?」


女生徒はそう言って、一番近い個室の便器の中にそれを落とした。


「な……」


固いもの同士がぶつかりあう音がする。焦って拾い上げた名前を女生徒たちは嘲笑った。


「うわ、汚ねー!」
「お前ら……最低だ!」
「なにキレてんのコイツ。キモッ」
「最低なのはお前だろ!」
「お前が政宗に近づくからアイツにも被害がいったんだよ! お前のせいだ!」
「もう二度と政宗に近づくんじゃねえぞブス」


最後にそう良い捨てて、彼女たちはトイレを出ていった。嵐が去ったような静けさが訪れる。どこからか聞こえる水漏れの音だけが名前の耳に届いていた。


******


「真田、アイツもう帰ったのか?」
「名前殿ならばまだいらっしゃると思いますぞ。鞄が置いてある故」
「そうか」
「一緒に帰られるのでござるか?」
「これから声かける」
「ずいぶんましな関係になったねえ」


帰り支度をしていた幸村たちの教室に顔を覗かせたのは政宗だった。佐助の発言に彼は満更でもなさそうに頬を緩める。今の彼女なら嫌がりながらもなんだかんだで一緒に帰るのだろうと幸村と佐助は考えていた。ふいに後ろの扉から姿を表した名前に、三人が顔を向ける。


「おかえりー」
「どこに行っておられたので?」
「ちょっとトイレにね」


小さく笑った名前は、自分の席で支度を進めていく。彼女に近づく政宗には気づいていないのか、名前は彼を見ることしなかった。


「なあ、途中まで一緒に帰ろうぜ」
「………」
「おい、シカトか」
「あーあ残念、伊達の旦那」
「うるせえ! なあ、」
「触んな」


政宗が掴もうとした名前の腕は、彼が触れる前に引かれていく。だがそれより政宗たちを驚かせたのは名前の声だった。死ねと言う政宗に彼女が一番腹を立てていたときよりも更に数段冷ややかなそれに、幸村と佐助も笑みを消した。名前は何も言わず、荷物をまとめた鞄を持ち彼らに背を向け歩き出す。出ていこうとする彼女の腕を、政宗が咄嗟に掴んだ。


「おい、」
「触んなよ!」


名前は勢いよく政宗の手を振り払う。男は片方だけの目を見開いた後、整った眉の間に皺を刻んだ。


「……どうした」
「お前といると良いことない。もう限界」
「なに……」
「女好きのクソ野郎が。二度と私に話しかけんな」


彼女のその様子と吐き捨てられた言葉に、その場にいた三人とも驚きを隠せなかった。この教室内だけ異様に静かに感じられるのは、名前のいつもとは違う雰囲気のせいなのか。政宗を鋭く睨み付ける彼女の目は、軽蔑と嫌悪を晒し出していた。


「お前なんか、大嫌いだ」


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