「……これストーカーじゃないの?」
「ちげえよバカ。追跡だ」
「一緒じゃん……」


昇降口から名前の後ろ姿を見る男三人。一応隠れてはいるが、端から見ればかなり怪しい。今日行く予定だったバイキングは、慶次が補習のため延期になった。そして代わりとして名前のデートの相手とやらを確かめることになったのだ。あまり乗り気でなさそうにしている佐助も、内心では少し気になっていた。


「本当に彼氏なんじゃないの?」
「見栄張ってるだけだろ。アイツなんかにいる訳ねえ」
「失礼でござるぞ」
「そうだよ。名前ちゃん可愛いじゃん」
「………」


政宗は校門に立つ名前を睨み付ける。時間を確認した携帯を仕舞った名前は、不意に表情を明るくさせた。


「元親!」
「よ! 久しぶり」
「会いたかったよ」
「そりゃ嬉しいな」


現れたのは長身で左目に眼帯の男。派手な銀髪と、着崩した学ランの姿を見た佐助が眉を寄せて口を開く。


「……不良?」
「あの御仁が名前殿の……」
「ああいう男がタイプだったんだねえ」
「彼氏だって決まったわけじゃねえだろうが!」
「いや、そうでしょあれ」
「会いたかったと申しておりましたし」


高い位置にある男の顔を見上げながら名前はにこにこと笑っている。二人は少し談笑したあと、校門を離れていった。ただの友人にしては近い距離に、ほらね、と佐助が一人呟く。


「追うぞ」
「まだやんの!?」
「確証はまだねえ!」
「あれが確証になるのでは」
「もう認めなよ……」
「Shut up!」


幸村と佐助が数秒顔を見合わせる。ずかずかと大股で歩きだした政宗の後ろを幸村と、ため息を吐いた佐助が追いかけた。



******



「じゃあ最初よりは良くなったのか」
「うん」
「よかったな」
「ごめんね、話聞くって来てくれたのに」
「何言ってんだ。悩みは無いに越したことはねえだろ? 単純に名前に会いたかったしよ」
「ほんと? やっぱ元親は優しいなあ。誰かとは大違いだ……」
「ぷ、顔恐ェよ」


男が吹き出すように笑った。その様子を見た名前も笑みを零す。二人が入っていったのは駅前のカフェだった。学校帰りの学生たちで僅かに騒がしい店内には、コーヒーの芳ばしい香りが漂っている。


「政宗殿」
「……なんだよ」
「あれはどう見ても彼氏だって」
「絶対違え」
「だって名前ちゃん見てみなよ。あんな楽しそうに笑っちゃって」


そう言って佐助はストローでアイスコーヒーをかき混ぜる。席が離れているため会話は聞こえないが、楽しそうに話している様子は政宗たちの目にも写っていた。面白くなさそうな政宗の視線は、先ほどから名前たちに行きっ放しだ。そんな彼を見て、佐助は盛大にため息を吐く。


「あの男が本当に名前ちゃんの彼氏だったとして、アンタはどうしたいのさ」
「……わかんねえ」
「好きなの? 名前ちゃんのこと」
「違ェ」
「好きでもないのにこんなことしないっしょ」
「………」
「いつまでもそんなんじゃ、旦那のところには来てくんないぜ」


そう言った佐助を左目が睨み付ける。睨まれた彼はわざとらしく肩を竦めて見せた。困ったように二人を見ていた幸村が、不意に小さく声を漏らす。彼の視線を辿るようにして二人が目を向けると、そこには自分がストローで飲んでいたものを男に差し出す名前の姿が。


「あ、名前殿が」
「あらあら、間接ちゅーだよありゃ」


佐助がそう言い終わる前に、政宗は席を立っていた。驚きながら彼を呼ぶ幸村たちの声は、政宗には聞こえていないようである。男が名前の手からグラスを受け取ろうとする寸前で、彼女の腕が掴まれた。びっくりした名前と男の目が手の主を見上げる。


「え、伊達くん……?」
「伊達? おお、こいつが」
「うん」


政宗の鋭い隻眼が男を射抜く。それに気づきながらも、男は上から下までまじまじと政宗に視線を這わしていた。


「Come on」
「え? ちょ、ちょっと!」


名前の腕を引いて立ち上がらせる。そのまま彼女を引っ張るようにして外に出た。


「ちょ、なに!?」
「アイツ」
「は?」
「あんたの彼氏か」
「え、元親?」
「他に誰がいんだよ!」
「……何で怒ってんの?」
「質問に答えな」
「違うよ。元親は友達」
「彼氏じゃねえのか」
「うん」


浅く息を吐いた政宗は、節くれだった手で茶色の髪を掻き上げた。そんな彼を見て名前は怪訝そうな顔をする。


「彼氏でもねえ男とストロー共有するなんざ、アンタやっぱ阿婆擦れだな」
「違えよ。元親は特別なの!」
「………」
「なに」
「なんだよ、特別って」
「小さい頃から一緒だから、そういうの気にしないくらい仲良いんです」
「……そうかよ」
「なんなの。てか何で伊達くんここにいるの?」
「バイキングなしになったから、真田たちと来たんだよ。アンタに会ったのは偶々だからな」
「幸村たちも来てるんだ」
「アイツ、なんで俺のこと知ってんだ」
「ああ、私が合わない人がいて喧嘩になるって相談してたから」
「……俺のことか」
「他に誰がいるの」
「うぜえ……」
「でも今はましになったって言ったけどね」


そう言ったあと政宗を見て、名前は小さく笑みを浮かべた。バツが悪そうに視線を逸らした男の頬は少し赤い。


「政宗」
「え?」
「俺のこと、政宗って呼べ」
「え、やだよ」
「テメ……!」
「何で急に」
「……アイツも、真田も猿も名前ならいいじゃねえか」


ぶすりと不機嫌な顔を隠しもしない政宗を見て、名前は驚いたように瞬きを繰り返す。握っていた名前の腕は離され、政宗の方は何も言わず店内に戻っていくため踵を返した。


「伊達くん」
「………」
「政宗くん」
「……なんだよ」
「伊達くんでも返事しろよ」
「断る」
「彼氏いるっぽい言い方したのはごめん。ちょっと見栄張った」
「そんなことだろうと思ったぜ」
「でもデートはデートだからね」
「……彼氏でもねえ奴と出かけるのはdateとは言わねえ」
「気持ち的に」
「キモい」
「うざ……」
「おお、ここにいたか」


二人が声のした方を向く。そこにはさっきまで名前と共にいた男が。首から下がるシルバーネックレスが陽の光を反射してきらきらと輝いていた。


「元親。あ! もしかしてお金払ってくれちゃった?」
「ああ、気にすんなよ」
「ありがとう、あとで返すね」
「別にいいよ」


白い犬歯を見せて男は笑う。笑い返す名前と自分を睨む政宗という対照的な表情の二人が隣に並んでいるのを見ていた男だったが、突然何か思い出したように声を漏らした。


「名前の鞄、中に置いてきちまった」
「えー忘れないでよ」
「ごめん、取ってくるわ!」
「いいよ。元親ここで待っててね」
「おう。わりィな」


中に入っていく名前を見送った男が、政宗に向き直った。再びまじまじと自分を見る男に、政宗は不快そうに眉を寄せる。それぞれ一つの目でお互いを見ていた二人だったが、男の方が笑みを浮かべたことによりその時間は終了した。


「俺と名前はそういうんじゃねえからさ」
「だからなんだよ。聞いてねえよ」
「安心してくれってこった」
「………」
「ちなみに名前は優しい奴が好きらしいぞ」
「アイツのことなら知ってるっつうappealか!」
「別にそんなつもりじゃねえって」
「幼なじみだがなんだか知らねえが、俺だって、」
「お待たせ」


続くはずだった政宗の言葉は、店内から出てきた名前に遮られる。笑う男と舌打ちをしてそっぽを向く政宗を見て、名前は少し不思議そうに首を傾げた。


「じゃあ行こうか、元親」
「おう。じゃあな」
「また明日」
「……ああ」


笑顔で挨拶をされたことが予想外で驚いたのか、政宗はぷいと横に視線を逸らす。何でもないふりをしているが内心で照れていることは、名前の隣の男にはバレていた。店を離れたあと歩を進めながら男は斜め下にある名前の頭を見下ろした。


「アイツ、随分男前じゃん」
「ああ、顔はいいよね。顔は」
「中身もそこまで悪い奴じゃなさそうだけどな」
「まあ最初よりはイメージ良くなったけど……」
「どうよ、彼氏候補に」
「は!? 冗談でしょ!?」
「なかなかお似合いだと思うぜ、名前と」
「ちょ、やめてよ……!」


あからさまに名前は嫌そうな顔をする。政宗とそういう関係になることなど、これっぽっちも考えてはいないようだ。こりゃアイツが相当頑張らないとな、と内心で呟いた男は、夕陽に染まる道の上で一人楽しそうな笑みを零した。


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -